表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/10

第8話:『子供の領分(キッズ・リミット)』

 山内レンジ(10)は、小学五年生。

彼の悩みは、クラスで流行っている『モンスター・バトラーズ(モンバト)』のレアカードを持っていないことだ。

親は厳しく、お小遣いは月500円。パックを買っても、出るのは雑魚カードばかり。

キラキラ光る「SRスーパーレア」を持っていないのは、班の中でレンジだけだった。

「あーあ、道にお金落ちてないかな」

小石を蹴りながら下校するレンジ。


 自宅のマンションの集合ポスト。鍵を開けて親の郵便物を取るのが彼の日課だ。

その中に、自分宛ての黒い封筒を見つけた。

『山内レンジ様』

開けると、緑色のカードと黒い手紙。


【ミッション】

20,000円あげるよ。

今日の 夜12じまでにSuicaに入っている20,000を使いきってね。

できたら、明日も20,000円あげるよ。


レンジは目を丸くした。

二万円!?

お小遣い40ヶ月分だ。

 

レンジは半信半疑で、近くのコンビニに走った。

恐る恐る、一番欲しかった『モンバト』のパックを一つ、レジに置いた。

「Suicaで」

 ピピッ!

買えた。

レシートを見る。


【残高:19,700円】


「すっげえええええ!!」

レンジは店内で叫びそうになるのを必死でこらえた。

本物だ。魔法のカードだ。

これがあれば、モンバトも、お菓子も、ジュースも、買い放題だ!


その日の放課後、レンジは公園の「神」になった。

レンジの手には、夢にまで見た**『モンバト』の未開封ボックス(30パック入り)**が抱えられていた。一箱9,000円。小学生には手が出ない「大人買い」だ。

さらに、ポテトチップス、チョコ、グミ、ジュースを袋いっぱいに買い込んでいた。


公園にいた友達を集め、目の前でパックをバリバリと開ける。

「出た! SR『ドラゴン・カイザー』だ!」

「すげえ! レンジ、マジかよ!」

「みんな! 今日は祝いだ! お菓子もジュースも俺のおごりだ!」

「マジかよレンジ! すげー!」

「これ新作のグミじゃん!」

みんながレンジを崇める。

いつもはレアカードを自慢していたタカシでさえ

「レンジ、そのダブったカード、一枚くれない?」と媚びてくる。

最高だ。これが「力」だ。


 だが、問題が起きた。

「減らない」のだ。

パックを買い(300円)、ボックスを買い(9,000円)、お菓子を配りまくり(4,700円分)、自分でもお腹一杯食べたが、まだ6,000円も残っている。

小学生がコンビニで豪遊しても、限界がある。


「レンジ、もう帰る時間だよ」


夕方のチャイムが鳴る。

友達は帰っていった。

レンジは大量のお菓子のゴミと、開封した大量のカード(ゴミの山)と共に、公園に残された。

家にこれを持って帰ったら、ママに絶対に怒られる。


「あんた、このお金どうしたの!?」


と問い詰められ、せっかく当てたSRカードも没収されるだろう。


それは嫌だ。


 レンジは公園の木の下の土管の中に、残ったお菓子とカードを隠した。

「あと6,000円……夜に使えばいいや」

レンジは一度、家に帰ることにした。


夜。


レンジは自分の部屋で、布団をかぶって震えていた。時刻は22時30分。

両親はリビングでテレビを見ている。もうすぐ寝るはずだ。

 

残高6,000円。

これを使い切れば、明日もまた二万円がもらえる。

明日は最新のゲームソフトを買おう。そうすればクラスのヒーローだ。絶対に使い切らなきゃいけない。


23時。


両親の寝室の電気が消えた。

チャンスだ。

レンジはパジャマの上にパーカーを羽織り、そっと窓を開けた。

一階の部屋でよかった。

音を立てないように庭に出て、道路へ出る。


 夜の街は、昼間とは違って見えた。

街灯が不気味に伸び、風が冷たい。

怖い。

でも、コンビニまでは歩いて5分だ。

あそこで6,000円分の何かを買えば、ミッションクリアだ。

レンジは早足で歩いた。

何を買おう。

またカード? いや、家に持ち帰れない。

そうだ、一番高いアイスを10個くらい買って、その場で全部食べようか。

それとも、高い雑誌を買って捨ててしまおうか。

 

コンビニの明かりが見えた。

レンジはホッとして、入り口に向かった。

 

自動ドアが開く。

「いらっしゃいませー」

店員の声。

レンジは雑誌コーナーへ向かおうとした。

その時だった。

「ねえ、きみ」

背後から、低い声がした。

 

ビクッとして振り返る。

そこには、制服を着たお巡りさんが二人、立っていた。

「……え、あ、はい」

レンジは凍りついた。

「こんな時間に一人かい?」

警官が腕時計を見る。

23時5分。

「小学生でしょ? お家はどこ?」

「あ、あの、すぐそこです。ちょっと、買い物に……」

「お母さんは? 知ってるの?」

「……し、知りません。内緒で……」

警官の目が鋭くなった。

深夜徘徊。補導対象だ。

「ダメだぞ、こんな時間に子供だけで出歩いちゃ。悪い大人に連れて行かれるぞ」

「でも、買い物……」

「買い物なんて明日でいいだろ。ほら、おじさんと一緒に交番に行こう。お家に電話してあげるから」

警官の手が、レンジの肩に置かれる。

その手は大きくて、重かった。


「いやだ! 買わなきゃいけないんだ!」


レンジは叫んだ。

 あと55分。

ここで買い物をしないと、明日の二万円が消える。

僕のヒーロー生活が終わってしまう。

「何を買うんだ? お金持ってるのか?」

警官が怪しむ。

「持ってる! Suicaに6,000円あるんだ!」

 

それが決定打だった。

小学生が、深夜に6,000円もの大金を持って買いもの。

これは「家出」か「盗み」を疑われる案件だ。

「よし、詳しい話は交番で聞こうな。おいで」

「いやだ! 離して!」

レンジは暴れたが、大人の力には勝てない。

そのまま、パトカーに乗せられてしまった。

駅前交番。

パイプ椅子に座らされたレンジは、泣きじゃくっていた。

 

「名前は? 学校は?」

 お巡りさんが優しく、でも事務的に聞いてくる。

 

壁の時計を見る。

 23時50分。

 

もうすぐ終わる。

ポケットの中のSuica。

ここには自販機もない。売店もない。

ただ、お巡りさんと机があるだけだ。

 

「お金……使わなきゃ……」

 レンジはボソッと呟いた。

「なんのお金だ? お父さんのカードか?」

「ちがう! 僕のだ! 魔法のカードなんだ!」

「はいはい。あとでお父さんに返そうね」

 お巡りさんは信じてくれない。


電話の音が鳴る。

 「あ、もしもし。山内さんのお宅ですか? ええ、息子さんを保護しておりまして……」

ママだ。

ママにバレた。

怒られる。

そして何より、魔法が解ける。

 

23時59分。

 

レンジはSuicaを握りしめた。

あと6,000円。

お菓子なら30個。カードなら20パック。

昼間なら、王様になれた金額。

でも、夜の子供には、ジュース一本すら買う権利がない。

 00:00:00

 交番の奥で、日付が変わるニュースの音が聞こえた。

 レンジの手の中で、Suicaがほんの少し熱を持った気がした。

 そして、冷たくなった。

 

魔法は消えた。

残ったのは、ただのプラスチックの板と、これから親に叱られるという恐怖だけ。

交番の窓の外。

黒いトレンチコートの女が立っていた。

 

彼女は、ガラス越しに泣いている少年を見つめ、静かに手帳を開いた。

 『被験者No.113 山内レンジ。脱落。』

 『敗因:未成年保護育成条例(補導)による行動制限』

 「子供には、まだ早すぎたお年玉だったわね」

 女はそう呟くと、傘をさして闇の中に消えていった。

 直後、交番のドアが勢いよく開き、鬼の形相をした母親が飛び込んできた。

「レンジ!! あんた何やってんの!!」

 レンジの号泣が、深夜の交番に響き渡った。


(第8話 完)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ