第4話 セリアの宣言
第4話 セリアの宣言
王宮の小広間。
窓から差す朝の光が白布のテーブルクロスを照らし、金の器に紅茶の香りが漂っていた。
十数人の重臣と貴族が席につき、末姫――セリア姫の登場を待っている。
(や、やばい……これが“人前に出る初仕事”か……!)
黄色のドレスは裾が広がり、歩くたびに太腿へ布が絡みつく。
少し気を抜けば、胸元の宝飾が上下して視線を誘ってしまう。
《シンヤ、姿勢を崩さないで。胸を張って》
(おい、胸張ったら余計に揺れるんだよ……!)
《~~っ!》
ぎりぎりのところで姿勢を立て直す。
すると会場の一部から「おや、末姫も所作が板についてきたか」と小声が洩れた。
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列席者の視線を浴びながら席につく。
目の前には、宰相オルフェン侯爵と騎士団長ラウレンツ伯爵。
冷たい目がこちらを計っている。
「ご機嫌麗しゅうございます、姫様」
オルフェンが恭しく頭を下げる。
(……だ、誰だっけ!? やべえ名前飛んだ!)
《オルフェン侯爵です!》
「お、お久しぶりです、オルフェン侯爵」
間一髪でセリアが助け舟を出してくれた。
その直後、侍女リディアがそっと差し出した紅茶を受け取る。
しかし――手が震える。
(やっべ、こぼれる!)
《落ち着いて……はい、共鳴を》
ふわりと力が重なる。
まるで背後から支えられているように、手が自然に安定した。
なんとか紅茶を口に運ぶと、会場の空気がわずかに和らいだ。
(ふぅ……マジで二人三脚じゃなきゃ無理ゲーだ……)
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その時、重い靴音が響いた。
黒髪に鋭い瞳を持つ青年――姫の婚約者であるヴィクトール・ヴァレンシュタインが歩み出る。
漆黒の礼服に身を包み、恭しく一礼した。
「姫様。最近は国政に興味を持たれているとか」
声は柔らかいが、目はいやらしく値踏みするように光っていた。
「ですが――女の役目は結婚し、子を成すこと。殊にあなたのような血筋を継ぐ者ならば。
……私となら、それは最も確かな未来となるでしょう」
胸元から足先まで舐めるような視線に、背筋がぞわりとした。
周囲の一部から「なるほど」と生温い笑いが漏れる。
(こ、こいつ……視線がいやらしすぎる! 完全に女の身体を品定めしてる目だぞ!?)
《……彼は私の婚約者候補です。ぜったいに嫌です……!》
胸の奥でセリアがぷるぷる震えている。
「姫様」
宰相オルフェンが立ち上がり、冷静な声で話を切り替えた。
「もし国を救うおつもりなら、まずどこに手を打たれますか?
帝国との対立、共和国への依存、瘴気による荒廃……問題は山積しております。さて、いかがなさいますか?」
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広間に重苦しい沈黙が落ちる。
セリアは胸の奥で震える声を洩らした。
《……答えられません。わたしにはまだ……》
口をつぐむ俺の前に、またもヴィクトールが声を響かせる。
「まずは魔物退治でしょう。瘴気が広がる限り、人は飢え、土地は死ぬ。
ゆえに我が剣で魔物を討ち払うことこそ、王国を救う第一歩。
姫様にできることは……せいぜい祈ることくらいでしょう」
嘲るような響きに、周囲がうなずく。
胸の奥でセリアが《やめて、シンヤ……抑えて》と囁くのを振り切り、俺は立ち上がった。
「……いいや、それだけじゃ国は救えない!」
広間がざわめく。
「帝国との緊張、共和国依存の経済、瘴気による土地の荒廃……。
だが最も深刻なのは食料供給だ!
人が飢えれば戦えないし、産業も育たない。
まずはそこを立て直さなければならないんだ!」
強く言い切ると、空気が一変した。
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ラウレンツ伯爵は椅子を軋ませ、低く唸る。
「末姫ごときが国政を語るか。剣なくして国は守れん。
貴様の言葉など戯言にすぎん!」
苛烈な否定に、再びざわめきが広がる。
だがオルフェンは静かに指先を口元へ添え、目を細めた。
「……なるほど。筋は通っておりますな」
(えっ、意外と褒められた!?)
《……オルフェンが、関心を……?》
しかし次に放たれた言葉は冷酷だった。
「とはいえ、言うだけならば容易い。
食料供給の改善……姫様がそれを解決してみせるというのなら、ぜひ拝見いたしましょう」
挑発ではなく、試すような声音。
逃げ場を与えない重圧に、背筋が冷たくなる。
(……やばい。これ、本当にやらなきゃならない流れだ……!)
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その横で、ヴィクトールが余裕の笑みを浮かべたまま視線を這わせてくる。
谷間、肩、脚の曲線。ぞくりと震えが走った。
(やめろ……いやらしい視線……!)
《……お願い、見ないで……》
セリアの声が涙声に揺れる。
「では、その“成果”……楽しみにしていますよ」
挑戦状のように言い放つ彼の声に、広間の空気が凍りついた。
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俺は拳を握りしめ、まっすぐに言葉を吐き出す。
「俺は――成果を上げてみせる!
そうすれば結婚相手は、私自身で決める!」
広間がざわめいた。
宰相は目を細め、騎士団長は嘲笑し、ヴィクトールは笑みを浮かべたまま。
だが胸の奥で、セリアが小さく囁いた。
《……ありがとう、シンヤ。あなたが言ってくれて……少し救われました。……でも、王女の発言に“男らしさ”が混じってましたよ……ふふ……でも、すっきりしました》
夕陽が差し込む広間で、その声は確かに響いた。
新たな戦いの幕開けを告げるように。