第1話 召喚されたのは俺!?
第1話 召喚されたのは俺!?
王都フローディアの外縁には、黒い瘴気が渦を巻いていた。
村は次々と呑まれ、夜ごと魔物が溢れ出す。民は城門へ逃げ込み、街は混乱に満ちていた。
だが王宮の会議は、誰が責任を負うかで揉め続け、結論は出ない。
本来、勇者召喚の儀には王家の血が必要とされる。
依代となった者はその身を犠牲にし、勇者の魂を宿す。
だが、継承順位の高い王族たちは誰ひとりその役を負おうとはしなかった。
誰もが沈黙する中――第三王女セリアだけが、自らの身を差し出すことを選んだ。内密に。
彼女は顧みられぬ存在だった。
だからこそ、誰にも知られぬまま決行するしかなかった。
もし表沙汰になれば「王位を狙う策略だ」と誤解され、地位はさらに脅かされるだろう。
真実を知るのは、侍女リディアと宮廷魔導師グラントの二人だけ。
声も身体も奪われ、誰にも気づかれぬ存在となろうとも――セリアは迷わなかった。
国を救うために、彼女は祈りを胸に秘め、儀式に臨んだ。
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石床に刻まれた巨大な魔法陣が、青白い光を脈動させていた。
荘厳な神殿の空気は澄み切り、焚かれた香の甘い匂いが漂う。
フードを被った魔導師グラントが呪文を唱えると、杖の宝石が淡く光り、鐘のような音を響かせる。
その中心で跪くのは第三王女セリア。白いドレスを広げ、祈りを胸に秘めていた。
やがて赤橙の魔法紋が彼女の肌に浮かび、胸元から腕、腰、脚へと走っていく。
生き物のように這う光は彼女を包み込み、眩い閃光を放った。
――異界の魂が呼び寄せられた。
「……っ!」
目を開いた瞬間、白光に焼かれた。
気づけば、冷たい石造りの天井が視界に広がっている。
(な、なんだここ!? さっきまで下校してただけだろ!?)
慌てて上体を起こしたとき、胸のあたりで柔らかいものがふるりと震えた。
衣装の奥で重みがずれ、遅れて布越しに弾む圧が伝わってくる。
「……は?」
視線を落とすと、白いドレスの胸元に煌びやかな宝飾。
丸みを帯びた布地が持ち上がり、思わず呼吸が止まる。
喉から洩れた声は、高く澄んだ鈴の音。
男のものではない。
――女の声だった。
(おい……これ……俺……女になってる……!?)
震える手で頬をなぞれば、つるりと滑らかな感触。
顎は小さく、指先が髪を梳くと絹糸のようにさらさらと流れる。
――そして胸。
思わず指先で確かめる。
むにゅり、と押し返される柔らかさ。
逃げ場のない重量感が掌にのしかかり、布越しに熱が滲む。
「う、うわ……っ」
慌てて押さえ込むほど、谷間の奥から熱と脈動が跳ね返ってくる。
背筋にぞわりとした悪寒とも快感ともつかない震えが走り、思わず息が漏れた。
《……勝手に触らないでください!》
「うおっ!?」
脳の奥から澄んだ女の声が響いた。
《……私はセリア・フローディア。この国の第三王女です。いまは――あなたとひとつの身体を共有しています》
(セリア・フローディア……王女!? よりによって俺、国のお姫様の身体に入っちまったのかよ……!)
《そ、それに私の身体です……っ。まさぐられるのは……は、恥ずかしいです……》
(は、恥ずかしいって……! いや俺だって混乱してんだよ!)
手を離したが、余韻のように揺れる感覚が残り、火照りが強まった。
《み、見ないでくださいっ……!》
(む、無理だ……視界に勝手に飛び込んでくるんだよ……!)
吐息が荒くなる。
セリアの羞恥と俺の動揺が互いに流れ込み、熱を帯びた感覚が胸の奥で混ざり合う。
まるで二人の心臓が同時に跳ねているようで、頭が真っ白になる。
腰の奥が甘く疼き、足先が力を失う。
女の身体の反応だとわかっていても、止められない。
《……だめ……声が……漏れちゃ……》
「~~っ!」
羞恥と快感のダブルパンチ。
冷たい神殿の空気が、火照った肌にまとわりつき、さらに感覚を煽ってくる。
――召喚の儀で与えられたのは、「勇者の力」だけではなかった。
見知らぬ女の肉体と、羞恥に満ちた“同居”の始まりだったのだ。
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「……目覚められたか。異界の客人殿」
低い声に振り向くと、白髭の魔導師グラントが杖をつきながら近づいてきた。
その後ろから小柄な侍女リディアが駆け寄り、涙目で俺――いや、この身体を見つめる。
「お嬢様!」
(……この子は?)
《彼女は私の侍女、リディア。幼い頃から仕えてくれています》
(……なるほど。だから必死に泣きそうになってんのか)
(……彼女には私の声は届きません。勇者様、通訳してください)
(え、俺が勇者なの!? マジかよ……!)
「え、えっと……姫様は“大丈夫だ、落ち着いている”って」
侍女は涙を拭い、胸に手を当てた。
「……よかった……」
《“心配をかけてすまない”とも、お願いします》
「えーっと……“心配かけてすまない”って」
「お嬢様……!」
リディアは嗚咽混じりに笑い、俺は冷や汗を垂らした。
(やばい、これ完全に通訳係じゃん……!)
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グラントが杖を突き、低く言った。
「私は宮廷魔導師グラント・エルミール。この召喚を行った者だ。――客人殿、名を」
「え、えっと……相沢シンヤです」
「……シンヤ殿か。ではそう呼ぶとしよう」
《シンヤ。これから、あなたと私で――》
胸の奥から響くセリアの声。
外には届かない。だが確かにここにいる。
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神殿の控え室にて。
「お嬢様、……衣を改めましょう」
侍女リディアが真っ白な布を抱えて入ってきた。
無垢な笑顔――だが俺には死刑宣告にしか見えなかった。
(ま、待て待て待て! これ、完全に着替えさせられる流れだろ!?)
《当然です。儀式の後は正装を整えるのが礼儀です》
(俺の理性が持たねぇって言ってんだよ!)
リディアは迷いなく背後に回り、器用な手つきでドレスのリボンを解き始めた。
布がするすると肩から滑り落ちる。白い肌が、音もなく露わになる。
(うわっ……肩っ! 背中っ! 直視できねぇ!)
《シンヤ、落ち着いてください。これは私の身体です》
(わかってるから余計にやばいんだって!!)
袖が外れ、ひやりとした空気が素肌を撫でた。鳥肌がぞわぞわと立つ。
下着の紐にリディアの指が伸びたとき、俺は悲鳴を飲み込んだ。
「はい、腕を上げてくださいませ」
《シンヤ、協力を》
(む、無理! 完全に裸にされるじゃんこれ!)
だが抵抗できるはずもなく、ぎこちなく腕を上げる。
柔らかな胸が重力に引かれて揺れ、衣の内側で小さく震えた。
その震えがダイレクトに意識に届き、喉の奥から変な声が漏れそうになる。
リディアは淡々と布を外し、新しいドレスを羽織らせていく。
その過程で指が腰や脇腹を掠め、生地が擦れるたび、くすぐったさと甘い疼きが全身を走った。
(これ……完全に女装プレイしてる気分なんだけど!?)
《女装ではなく、本来の私です!》
(でも感覚は直に俺に来てんだよおおお!)
コルセットを締められると、呼吸がきゅっと浅くなる。
胸がぐいと持ち上げられ、柔らかい部分が押し寄せ合い、谷間が鏡の中で強調された。
肌の奥で血流が集まってくる感覚に、全身が熱くなる。
(ちょ、リディアさん!? それ強調しすぎじゃない!? 呼吸できねぇって!)
「姫様、とてもお似合いです」
《……ありがとう、リディア》
(俺が代弁すんの!? もう恥ずかしすぎるだろこれ!)
やがて新しいドレスは完璧に着付けられた。
鏡に映るのは、気品あふれる“姫”――だがその胸奥は羞恥と甘い熱でいっぱいだった。
(……美人すぎる……俺が一番動揺してんじゃねぇか……)
《だから、触らないでくださいね》
(触らねぇよ! もう十分恥ずかしいんだから!)
こうして俺の異世界勇者ライフは、羞恥と官能の狭間に立たされた着替えイベントで幕を開けた。