第3話:この令嬢、初舞台で爆笑をとってしまいましたわ
「緊張してる……?」
舞台袖で声をかけてきたのは、文化祭で漫才を組むことになった相方──小林くん。
明るめの茶髪に、人懐っこい笑み。少々軽薄に見えなくもないけれど、根は真面目な好青年。
「緊張など、しておりませんわ」
と、口では言ったものの、実際には足が震えていた。
断頭台に立ったときよりも、なぜかこちらの方が怖い。
なぜか?──簡単ですわ。
今度の舞台は“殺される”場所ではなく、“笑わせる”場所だから。
剣や罵声ではなく、“拍手”と“笑い”で勝負をする場所。
心を撃ち抜かれる恐怖よりも、心が届かない不安の方が……ずっと冷たい。
「大丈夫だよ。俺、台本ちゃんと覚えてるし」
「ええ、私は即興で乗り切りますわ」
「やっぱ令嬢キャラやめないんだな……」
カーテンの隙間から、体育館を見た。満員の生徒たち、教員、保護者──全部で300人はいる。
「これ、ウケなかったら……どうなるのかしら」
「滑るだけだよ」
「……死ぬよりも恐ろしいですわ」
深呼吸。深呼吸。
舞踏会前のレッスンを思い出しながら、私は姿勢を整えた。
──いける。私はリディア・フォン・アヴァローネ。
“死すら受け入れた悪役令嬢”。今さら笑い一つで折れはしませんわ。
「では──参りますわ」
***
「どうもー! 文化祭特別ステージ、“ノーブルソウル”ですわ!」
開口一番、体育館にマイク越しの声が響く。
思ったよりも反応は静かだった。
いや、静かすぎた。
(おや……?)
「ちょっとアンタ、自己紹介くらいしてくれませんこと?」
「え、えーっと、ツッコミ担当の小林でーす!」
「なにその髪型。田んぼの案山子かと思いましたわ」
「田んぼ!? 俺そんなにボサボサ!?w」
──笑いが起きた。
一瞬、ほんの一瞬だったが、間違いなく“笑い”だった。
(……ウケた)
「おかしいですわね、令嬢である私が笑われるとは──」
「いやツッコミのつもりだったんでしょ!?」
「つい本音が漏れましたの」
笑いが広がる。前列の生徒が、手を叩いて笑っているのが見えた。
後列の先生も、マスク越しに口元が緩んでいる。
ここは、戦場ではない。
ここは、舞台。
「ねえアナタ、サイゼリヤでプロポーズする貴族って見たことあるかしら?」
「いや、サイゼでプロポーズするのはさすがに……」
「ミラノ風ドリアの向こうから“愛してる”って言われましても、説得力ゼロですわ!」
爆笑が起きた。
割れんばかりの拍手。笑い声が、体育館を揺らした。
「私、今──輝いてますわ……!」
舞台の上、ライトに照らされた視界の中で、私は確かに“生きていた”。
かつての処刑台とは真逆の場所。
“笑われる”ことに怯えていた私が、今、“笑わせる”側に立っている。
そして何より、楽しい。
心の底から、楽しい。
──これが、お笑い。
──これが、“芸人”の世界。
「皆様──ごきげんよう! 本日はありがとうございました!」
深く一礼した瞬間、割れんばかりの拍手が降り注いだ。
客席の誰かが叫ぶ。
「また見たいー!」
(ああ……決まりましたわね)
私は、この世界でもう一度、人生を始める。
目指すは、剣も魔法もいらない、“笑い”という武器で挑む、新たな戦場。
──お笑い界の、頂点でございますわ!
(つづく)
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