第1話:ツカミは処刑、オチは転生──この悪役令嬢、芸人向きですわ
「リディア・フォン・アヴァローネ。
貴様は悪逆非道の罪により──本日、ここに処刑される」
ざわめく民衆、威圧的な尋問官、そして……断頭台の上で、椅子に座る私。
ええ、“立たされて”いるのではなく、“座って”おりますのよ。
処刑の瞬間まで貴族らしく、との粋な計らいでしょうか。
──まあ、死ぬことに変わりはありませんけれど。
私は処刑されるところでした。
いえ、もしかすると、もう処刑されたのかもしれません。
──なにしろ最後に覚えているのは、「ネタ」を披露した記憶だけですの。
「……処刑を執行する──」
「ちょっと、待ってくださる?」
処刑台に響いた私の声は、さぞ奇妙だったことでしょう。
尋問官の顔が「台本にないぞ」と言いたげにひきつっておりましたもの。
「“ツカミ”を、やらせていただきますわ」
「……はい?」
彼は目をぱちくりと瞬かせたまま、固まっております。
あら、これはマズいですわね。
芸人たるもの、初舞台で躓くわけにはいきませんもの!
私は背筋を正し、──笑顔を浮かべて言いました。
「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。
処刑台から失礼いたします。アヴァローネと申します」
広場は沈黙。
「……え?」「今なんて?」「挨拶……してない?」
「ええ、いきなり処刑なんて怖いですわよね。
でも安心してくださいまし。斬首前の“前説”ですわ」
……民衆、完全に混乱。
尋問官は口を開けたまま石像化し、衛兵たちは戸惑いで槍の角度を間違え、
市民の一人はパンを落としました。
「ですが! 皆様! 本日は特別な舞台でございます!」
私は手を広げ、声を張る。
「命を賭けて臨む、芸人の“初舞台”──
これ以上の盛り上がりがございますかしら?」
もはや周囲は処刑どころではありません。
「こいつ、何言ってんの?」「……ウケるw」「いや、マジで誰?」
「それでは皆様、ごきげんよう──」
キィィィン、と甲高い金属音。 処刑人が持つ大剣が、重たく振り上げられました。
そして私の視界は、真っ白に──
──気がつくと、私はベッドの上でした。
いや、これは……処刑台じゃない?
空は天井。しかも蛍光灯つき。木彫りの天井も、シャンデリアもございません。
服装も違う。ドレスじゃなくて、なんだか地味な……制服?
「朝霧さん!? 起きた!? マジで大丈夫!?」
「え? あ、はい? あら? どちら様?」
目の前には、制服姿の少年少女たち。全員が私を心配そうに覗き込んでいます。
「ちょっ、記憶飛んだ? 朝霧さん、保健室呼んで!」
「朝霧……?」
その名前に、私は反応しました。
「……朝霧、というのが、私の名前……?」
鏡。どこかに鏡は──あ、ありましたわ。
白い棚の上に、小さな手鏡が。
私はそれを手に取り、そっと覗き込む。
──そこに映っていたのは、淡いピンクの髪をした女子高生。
瞳は琥珀色、どこか気が強そうで……けれど、どこか懐かしい。
「……転生、してますわね」
「え? 何言ってんの!? またその“令嬢キャラ”やってるの!?」
「でもさ、朝霧さんってさ、文化祭のときめっちゃウケてたじゃん。
『サイゼでプロポーズとか貴族が泣くレベルですわ!』ってやつ」
「うっわww懐かし! あの“貴族漫才”、ガチでバズってたよな」
──文化祭。
そう、思い出しました。
私はこの体の持ち主──“朝霧さん”として、仮装劇に出ていましたのね。
当時、クラスメイトに無理やり“貴族コント”をやらされ、
あろうことか即興ツッコミ役に抜擢されていたのです。
そのとき私は叫んだ。
「“ドレスの裾を踏んだままプロポーズ”など、前代未聞ですわ!」
その場の空気が爆発したのを、私は忘れておりません。
──拍手、爆笑、称賛。
それは、舞踏会で感じたどんな栄誉よりも、温かくて優しいものでした。
私は、長い間“笑われる”ことを恐れていましたの。
令嬢として、優雅に、完璧に。
誰にも指を差されず、常に“上”に立つべき存在として──
でも今、思い知ったのです。
「“笑われる”と、“笑わせる”は……全く違いますわ」
笑われるのは屈辱。
けれど、笑わせるのは、芸術ですの。
私の“毒舌”で笑ってくれた人たちがいた。
その記憶が、心の奥を震わせる。
「……もう一度、あの舞台に立ちたい」
ステージ。ライト。観客の笑い声。
魔法も剣も必要ございません。
私には、声がある。言葉がある。気品がある。そして──“毒舌”がある。
「──そうですわ。これが、第二の人生」
私は立ち上がる。制服の裾を払い、鏡に向かって微笑む。
「さあ、令嬢は令嬢でも、“芸人令嬢”の幕開けですわよ?」
「よし、今日もいっちょボケてやろうじゃありませんの!」
廊下に出た私は、謎の決意に満ちた笑みを浮かべてガッツポーズ。
スカートがひらりと舞い、空調がやけに眩しい。
「うわ、朝霧さんテンションおかしくない!? 大丈夫?」
「キャラ変激しすぎてウケるw」
「ふふっ、皆様──覚悟なさいな」
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