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四章第8話 努力と特訓と魔物と。

 ――私は特別な力もない、物語の脇役みたいなものですから――


 私の言葉を聞いたアゼルは、ゆっくりとうなずいた。そして私を見た。その表情はどこか穏やかで、なぜか、微笑んでいるように見えた。


「わかります。四英雄と王族と聖具はこの国の始まりとなった。特別な扱いを今も受けている」

「そう、ですね、本当に特別で……」

「四英雄や王族だけでは国は成り立たないのに、まるで彼らが主人公で、そのほかの国民たちは脇役のような扱いを受ける」


 わかります、という彼の共感に少し驚いていたが、私が言った脇役をアゼルがどう捉えたのかわかって、私は小さくうなずいた。


「そんな国は間違っていると思いませんか?」

「え?」


 急に思いもよらない質問をされて、アゼルを見る。

 なんだろう、どこか目が合わない。私のことを見ているのかいないのか、ぼんやりしたような目をしている。


「血筋と魔法の才能がすべて。努力なんて何の役にも立たない。それは、そんな世界の方が間違っているでしょう」

「それは……」


 もし努力が何の役にも立たないなら、間違っている。それはそうだと思う。

 だけど、努力は何の役にも立たないのだろうか。


 前世だって今だって、私はそれなりに生きてきて、主役なんて立場じゃなかった。たぶん私は誰かの人生の脇役だった。

 家族もなく、しがない社内SEの一員で、私がいなくなったって、亡くなったって特に誰も困らない前世。

 アルベルトの恋愛を支援する脇役キャラクターに転生し、デュランと婚約したり水の槍や炎の剣の継承に立ちあったりしたけど、生贄になって途中退場する今世。

 だけど、脇役だろうとなんだろうと、自分なりに、リンダ・バーチでいられるよう努力した。何も頑張らなかったわけじゃない。


 そして私だけじゃなく、デュランだって、アルベルトだって、他のみんなだって同じなのだ。努力しているのだ。四英雄の家に生まれた重い責任に見合うだけの努力を彼らはしている。


 努力が何の役にも立たないなら、そんなの間違っていると思う。

 だけど、自分の報われたいように報われるわけじゃない。


 だから目の前のアゼルに対して私は何も言えなかった。

 四英雄の家に生まれたアゼル。

 彼が四英雄家の当主となるためにいくら努力していても、魔力のない彼のその努力は、報われることはない。


「この国を、この世界を変えたいと思ったことはありませんか?」


 何も返せない私に、アゼルがそう囁く。

 静かな声だった。人に聞かせることを意識した少しトーンを上げた中低音じゃなく、誰もいない深夜の室内のひとり言のような低音の囁き。

 彼が何を言おうとしているのかわからない。いいえと答えたら私はどうなる? はい、と答えたら?

 さっきまで穏やかだったアゼルが、少し、怖い。


「……この世界の、何を、ですか……?」


 やっとのことで絞り出した自分の声が少し掠れているように思えた。


「かつて闇色の竜と戦い、この国に光を取り戻したのは光魔法を操る勇者と、四人の戦士。それは誰もが知っています。きっと彼らの血を引くなら魔力を持っている。そう考えてこの国は魔法を、四英雄を重視するようになりました。

 そこから何百年もの月日が流れ、この国の人々も増え、魔法が使えないものも増えた。

 四英雄の血をひくものが、魔力を持つものだけがこの国の民ではありません。

 そんな考えではこの国はいつか廃れてしまう。

 この国は、やり直すべきだ。そう思いませんか?」

「やり直す、とは」


 アゼルの言葉は彼にしか見えない神を語るように熱を帯びている。どこか気味が悪い。


「この国は一度、やり直すべきだ」

「それはどう……、ごめんなさい。少し、頭が……」


 どういう意味? 何を言おうとしているの? 何をしようとしているの?

 そう言おうとして、不意に、めまいのような感覚に襲われた。

 なんだろう、頭にもやがかかったかのようなこの感覚。そのもやを取りたくて、片手を額に当てて何かを振り払うように首を横に振った。


「リンダ様、髪飾りが取れそうですよ。つけ直した方がよろしいかと」


 久々に会話のトーンのアゼルの声が聞こえて、そっと髪飾りに手を当てた。取れそうなのかはわからない。鏡がないから自分で見えず、今はルナもいない。

 いったん付け直そうと髪飾りを外すと、指先がやたら冷たくて、うまく動かず手が滑る。

 つかめなかった髪飾りは、かちゃりと音を立ててテーブルに一回跳ね、音もなく地面に落ちた。

 拾うために席を立ち、かがみ込む。


 その時だった。

 ヒュンと音を立てて、何かが視界の端をよぎった。


「……リンダ様っ! 失礼!!」


 ぐいっと腕を掴まれ、引き倒されたように私は地面に倒れ込んだ。

 黒い影が近くを通り抜けた。見えなくてもその風を感じた。


 何が起きたの……?


 顔を上げるとアゼルの背中が見える。私をかばうように立っていた。その背中の先に、黒い影が見える。


 鳥だ。あれは、鷹? あれが先ほどの黒い影の正体?

 黒くくすんだ鷹のような影。鷹の魔物だ。


 アゼルが槍を構える。私も体を起こし自分の槍を探すが、片付けられていたせいで少し遠い。迂闊に取りに動くこともできない。

 そもそもどうやって鷹を槍で?


「リンダ様、私の後ろに」


 私を見ることもなくアゼルはそう声をかける。その背中に私も問いかけた。


「アゼル様、どうするのですか? 槍では不利です」

「あいにくこの場に弓がない。私には魔法もない。こちらに向かってきたその時に槍で仕留めます」


 危険すぎる。けど確かにアゼルには一本の槍しかない。

 そうだ、私は鳥の魔物なら学園でも戦ったことがあるじゃないか。


「私が魔法で支援します」

「危険です。下がっていた方が」

「下がる暇はありません」


 そう話している間に、鷹の魔物はゆっくりと回りながら高度を上げ、大きく羽ばたいた。

 来る。


 鷹は私たちの方に一直線に向かってきた。

 私はアゼルの横に立ちあがり、鷹の両翼をめがけて二本の氷の矢を放った。


 だけど、私の魔法は当たらなかった。


 鷹は矢の間を縫うように飛んだ。片翼に氷の矢がかすったが、それだけだった。


「そんな……」


 鷹はそのまま私たちの方に飛び込んでくる。

 私は、体が動かなかった。


「私の後ろに」


 そう聞こえたとき、私の視界にはアゼルの背中があった。

 私はアゼルの背に隠れながら、自らの両腕で自分の頭をかばった。目も自分の腕に覆われ、アゼルの背中も見えなくなった。


 私の耳に、甲高い鳴き声が届いた。


 下を向けたままの私の目線に、鷹の魔物がアゼルの足元に落ちる光景が入り込む。魔物の体にはアゼルの槍が突き刺さっていた。

 魔物の絶命を確認してから、アゼルは振り返って私を見た。


「リンダ様、大丈夫ですか?」

「私は……なんともありません、アゼル様は?」

「問題ありません」


 私の返事を聞くと、アゼルは穏やかに微笑んだ。


「リンダ様のおかげです」

「そんなことは、私は何も」

「氷のおかげで、鷹の軌道が絞れましたから」


 それはアゼルの優しさだ。

 私が魔法を使わなくても、彼は魔物を倒せていた。私は邪魔になっただけだ。彼一人ならもっと楽に倒せたかもしれない。

 本当に私は、何もできなかった。


 自然と私はうつむいていた。

 もう少し役に立てると思っていた。思いあがっていたのだろうか。

 どうしていつも役に立てないのだろう。戦えもしない。マリーローズみたいに前世のゲーム知識を生かすこともできない。転生小説でよくあるみたいに、前世の専門知識を生かして誰かを何かを助けたこともない。

 リンダとして努力して生きてきた時間も、結局、こうして肝心なところでは何の役にも立たないのだ。


 だから私は生贄になるのだろうか。

 闇色の竜の生贄になるのが私なら、誰も困らないから。そういうことだろうか。


「……リンダ様?」

「私は、なんの役にも立てなくて……」


 アゼルが息をのむのが聞こえた。

 その音にハッとした。そうだ、彼にそんなことを言っても仕方ない。


「申し訳ありません。言っても仕方ない話です」


 そう言って私は吹っ切るように顔をぶんぶんと横に振ってから顔を上げた。

 そして、つとめて明るくはきはきと言った。


「すみませんでした。今日の稽古は、終わりにしてもよいでしょうか?」

「それはもちろん……。リンダ様?」

「はい」

「髪飾りはどうしました?」

「あ、そうでした。えっと……」


 私がいつもつけているデュランからもらった髪飾り。

 席のあたりだっけ? 落ちていた地点に戻り拾い上げて見てみると、髪飾りは曲がったり折れたりはしていない。

 しかし取り付けられている青い石が外れていた。


「石が……」


 アゼルにそのことを伝えると、すぐに石を見つけてくれた。


「こちらではありませんか? あっと、私が触るのは失礼ですね」

「そんなことは……あ、でもこれです。ありがとうございます」


 見つけたアゼルが拾うのを遠慮したので、横から私が拾い上げた。

 間違いなく髪飾りの青い石だった。

 特に割れたりしている様子はない。単純に髪飾り側の石の留め具が緩んでいたのだろう。壊れていなくて良かった。


「壊れていましたか?」

「あ、いえ、石が外れただけです。修理屋さんに頼めばすぐ直せそうです」

「ナンナ様に手配をお願いしましょうか」

「あ、えっと……」


 今は頼む気になれなかった。マグノリア家に乗り込んできて、特訓をお願いして、修理まで。

 助けてもらってばかりで、また迷惑をかけてしまう。


「バーチ家に戻ってからお抱えの職人さんにお願いしますわ。石が外れた以外には問題ないですから、つけられますし」


 私はそう言って、青い石が外れた髪飾りをアゼルに向け、髪留め部分に問題がないことを見せた。


「壊れていないのは何よりですが、槍の稽古の時は外した方が良いかもしれませんね。白い石も取れたり壊れたりしたら、私がデュラン様に叱られてしまいます」

「あ……。そうですね、すみません。以後外しておきます」

「謝ることはありませんよ。……リンダ様」

「はい」

「あなたは何も悪くない。悪いのは今のこの世界です」

「……ありがとうございます」


 その返事が正しいのかはわからなかった。だけど他に返す言葉もわからなかった。

 私は髪飾りを胸に抱きしめながら部屋に戻った。


 次の日、なんだか顔を合わせづらいと思ったが、会ってみるとアゼルは何事もなかったかのようだった。昨日のようなうつろな様子もなく、いつもの礼儀正しく穏やかなアゼルだった。


「今日もよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


 そして私がアゼルに特訓をつけてもらう日々は続き、気がつけば、デュランがマグノリア領に帰ってくるまで、あと二日となっていた。

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