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四章第7話 私はどうしても脇役で。

「アゼル様、もう一度お願いします」

「一度休まれてはどうですか? リンダ様」

「もう一度、もう一度稽古をつけていただいたら休憩にします」

「仕方ないですね……」


 少し困った顔をしながらも、私の頼みに槍を構えるアゼルに隙は見当たらない。

 私はアゼルに対し、最初はゆっくり、徐々に速度を上げて距離を詰めていく。私の槍がアゼルに届く少し手前の距離で、急に一歩後ろに下がる。……と見せかけて、バックステップを踏んで前に踏み出した。


「良い動きです」


 言葉とは裏腹に、アゼルは何の焦りもなく、小さく槍を上げて、静かに重く地面に振り下ろす。私の槍を巻き込んで。

 私の槍が、音を立てて地面に落ちる。アゼルの槍がその槍を押さえつけるように重なる。

 私の手はしびれていて、落とされた槍を拾うこともできなかった。


「……まいりました……」

「では、休憩にしましょう」


 彼は涼しい顔で汗一つかいておらず、私の槍を拾い上げてくれた。私をちらと見て、手がしびれているのを察したらしく、槍は私に返すことなく片付けられた。


 槍の先生にと、アゼルを紹介されて一週間。私は軽くあしらわれる日々が続いていた。


 休憩のために中庭の席に着くと、紅茶が用意された。

 まだしびれている自分の手を眺める。すぐにカップを持たないほうがよさそうだ。


 この世界の十六歳の女子として平均的な体格と筋力の私。訓練はしているし、基礎体力はそれなりについているけれど、鍛えている三十代男性のアゼルにかなうはずはない。

 訓練だからもちろん手加減してくれてはいるけど、それでもこんなに簡単に手がしびれてしまうのか……。


 デュランやアルベルトたちとは比べ物にならないとしても、これでは実技の成績も上げられない。魔物や暴漢から身を守れるかも怪しい。自信がない。


「やっぱり基礎体力が足りないのですよね。もっと基礎訓練を増やすとして、どんな訓練がよいと思いますか?」


 手のしびれを取るための握って開いて運動を繰り返しつつ、アゼルに問いかける。


 私がもともとしていた基礎訓練の内容は伝えてあり、この一週間はアゼルが改善を加えたものを実施していた。走り込みや槍の素振りを増やしていて、筋肉痛もそれなりにある。

 しかし一週間程度で飛躍的に筋力が上がるはずも、強くなるはずもなく、毎日毎日、訓練をしても成果が上がらず、もっとやらなきゃという焦りを感じている。


「基礎訓練は、現状は今の量で十分だと思いますよ。短期間で急激に増やしても意味がありません。しっかりと鍛練を積んでいるのはわかりますよ」

「でも、このままでいいんでしょうか。もっとやった方が」

「着実に実力はついていますよ」


 本当に?

 いや、そう聞いても、アゼルは本当だとしか言わないだろう。

 少ししびれの取れた手で紅茶のカップを持ち上げて、言いたいことを飲み込むかのように紅茶を飲み込んだ。


「焦っておられますね」

「……皆さまに比べて、成績も振るわなくて、デュラン様の婚約者だというのに、特訓にもご一緒できなくて」


 リンダはメインキャラクターじゃないし、実力不足だ。

 だから特訓に不要なのはわかる。けど、まだ、休みが終わればまたみんなと過ごす学園生活があるはずだ。まだ学園でメインキャラクターのみんなと過ごす時間はあるはずなのだ。


 ゲームが後半になればリンダは退場する。

 それでも、話が進んでリンダが退場するの仕方ないけど、能力不足で今そばにいられないのは違う。

 それは私が悪い。


「成績が振るわないのは実技だけでしょう? 筆記は優秀だと聞いていますよ」

「勉強だけできても……」

「四英雄家の皆さまと比べても仕方ないですよ。アルベルト様もシャーリー様ももともとの才能が違います」


 アゼルは、アルベルトと実の姪であるシャーリーのことを並べて話した。どちらも等しく他人であるかのように。


「四英雄家の皆さまも、楽して手に入れた力ではないでしょう。ですから私も努力しないと」

「そうですね。四英雄家に生まれても当たり前のように努力は必要です。ただ才能もありますよ。努力でどうにもならないこともある」

「それは……」


 魔法という才能がなかったばかりに四英雄家にいられなくなったアゼル。いくら努力したって魔力なしがありになることはない。

 いくら努力しても四英雄家の血を引いていない、メインキャラクターになれない私。

 どこか似ているところがあるのかもしれない。



 つい一週間前の彼との挨拶を思い出す。


 ――アゼルと申します。リンダ様に槍の訓練をつけてくれと奥様から伺いました。私でよければ――


 紹介されたとき、彼は家名を名乗らなかった。


 ――アゼル様。家名は……?――

 ――ただのアゼルです。様も不要です。リンダ様――


 その時の私は、それ以上踏み込めなかった。


 とはいえ、呼び捨てにも抵抗があるので、槍を教えてもらうのですし、様じゃなければ師匠か先生で、と提案してみたが、どちらも断られた。なので様付けで妥協してもらった。師匠とかでも私はよかったんだけど。


 私はデュランから彼の事情は一通り聞いている。魔力がないことも、パーム家に生まれたことも、マグノリア家にいる事情も。


 アゼルは私がどこまで知っているのかは知らないだろうし、知らないで欲しいと思っていることもあるかもしれないと思い、踏み込めなかった。


 特訓で過ごすうちに、私が一通りデュランから聞いていることをアゼル本人も知っているとわかった。

 それがわかったおかげで、妙な知らないふりとかはしなくてよくなり、今ではどこか似ている気さえしている。


 私もアゼルもゲームで闇色の竜と戦うことのない、途中退場のキャラクターなのだ。


「……でも、私の実技の成績は学年で中間くらいですし、いくらなんでも埋もれすぎです」

「リンダ様で中間くらいとは、レベルが高い学年ですね。そうですね……リンダ様の体格に、今の槍は少し重いかもしれませんね」

「一般的な槍ではあるのですが……」

「専用のものを作られては? マグノリア領なら鍛冶職人もすぐに見つかりますし」


 水の槍の勇者であるマグノリア侯爵が治めるこの領には、槍を使う人も作る人も多い。

 私も領民からしたら将来のマグノリア侯爵夫人なわけだし、経済発展のために女性が扱いやすい槍とか作った方が良いんだろうか。


 そう考えていると、アゼルが静かにティーカップを置いて言う。


「もしくは槍にこだわらず……魔法に頼られては?」

「魔法……ですか」


 私では教えられませんが――そう言いながらアゼルは再びティーカップを持ち上げ、静かにお茶を飲む。高位貴族として教育を受けたあとが感じられる洗練された仕草だった。

 そして再びカップを置いて、冷たく言った。


「この国は魔法を重視しますから」


 冷たい、いや、感情のない声だった。怒りも悲しみも感じられない。アクセントが調整された出来のいい合成音声のような、ただ淡々とテキストを読み上げた口調。表情もなかった。目も私を見てはいない。どこを見ているのか分からないぼんやりとした目。

 私はアゼルから目をそらすようにうつむいた。


 魔法を重視する。

 クローディアやオリビアが剣や槍や弓がふるえなくても成績が良いのは特別で希少な魔力があるからだ。特別な人だからだ。

 シャーリーやノエラが腕力では魔物にも男性にも劣るはずなのに強いのは、魔法が強いからだ。圧倒的なバフがあるからだ。


 アゼルの槍の腕は相当なものだと思う。

 それでも彼はデュランやクリス、魔法を使えるものには敵わない。例え全盛期であっても、今の次期四英雄に勝てない。

 弓を扱うパーム家に生まれて、マグノリア家に来てからこのマグノリア領内で槍の名手といわれるまでに努力した彼も、魔法を駆使して戦われたら敵わない。


「もしかしてリンダ様は、私が魔法を使えないから、この訓練の間、魔法を使わないのですか?」

「それは……」


 考え込んでしまった私に、アゼルが相変わらず淡々とした口調で問いかける。


 それは考えてはいた。

 魔法を使えないとわかっている人に特訓をつけてもらっているのに、魔法を使って戦うのか? と。

 魔法を使った戦い方の相談をする事もはばかられるし。


「リンダ様、私が魔法を使えなくても、あなたが遠慮する必要はないのですよ。魔法を使ってかまいません」

「でも……」


 ――アゼル様は魔法を使えないですし。

 それは口に出すべきじゃない。


 それに、私の魔法もいつからか伸びなくなっている。槍の戦いにどう使って良いかわからない時もあるのだ。

 ゲームみたいにコマンドを入力すればキャラクターが動くわけじゃない。


 そんな思いを口に出せない私に、アゼルが淡々とした口調のまま質問を重ねる。


「私が魔物だとしても、魔法を使わずに戦うのですか?」

「アゼル様は魔物じゃありません」

「邪教徒だとしたら? 魔法を使わなかったらあなたが負けるとしたら?」

「使わなかったら……」


 魔法を使わなかったら負ける?

 違う。魔法を使っても私はアゼルに負ける。

 ああ、そうか。魔法を使わないことを負ける言い訳にしてるだけだ。

 言い訳を用意して、負けることを受け入れているんだ。負けても仕方ないと。


 そんな自分に気づいて、うつむいて膝の上で拳を握りしめた。


「魔法を使っても、どうしても負けると思います。私は特別な力もない、物語の脇役みたいなものですから」


 私はメインキャラクターのそばにいるだけの、脇役のキャラクターなのだから。

 強くなれるはずも、助かるはずもないのだから。

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