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四章第6話 有意義な休みにできればと。

「美味しいわね、このお菓子」

「ありがとうございます。バーチ家でも大人気でして。デュラン様も好きなんですよ」

「デュランのために作ってきてくれたのよね……? 本当にごめんなさい」

「あ、いえ、いないことはわかっていましたから」


 私が持ってきたリンゴケーキと、マグノリア家で用意してくれた焼き菓子各種と、フルーツと、紅茶。


 それを並べて開かれたお茶会の参加者は、私とマグノリア侯爵夫人であるナンナの二人だけだった。

 ティナがいないのは予想外とはいえ、マグノリア侯爵夫人に相手をさせてしまって申し訳ない。ケーキは気に入ってくれたようで良かったけど。


 さて、デュランだけでなくティナもいないマグノリア家でどう過ごそう。


 部屋にこもって勉強ばかりしていたら、仕事で家を空けがちのオーディン侯爵はともかく、ナンナ侯爵夫人には気を遣わせるだろう。

 マグノリア領を見て回る? 領のみんなは私が生贄になって将来がないなんて知らないし、顔を出しておくのは悪いことじゃないよね。


「そういえばリンダさん、学年で筆記の成績が一位だったのですって?」


 ナンナが話題を振ってくれる。

 デュランは私の成績をどう話しているのだろう。総合だと真ん中の方のたいしたことない順位とかまでは言ってなさそう。


「あ、はい。そうですね、勉強だけは得意でして」

「学年で一位なんてすごいことじゃない」

「総合成績では中くらいですし、魔法も、剣技もふるわなくて。あ、剣というか私は槍ですけど」

「あら……そうなの? でも筆記の成績が良いのは素晴らしいことじゃない」


 ナンナは少し驚いて、取り繕ったようだった。

 うん。総合成績のことは知らないみたい。

 私は筆記が学年一位ですけど総合成績は真ん中くらいであなたの息子さんは学年で総合で二位です。すみません。


「実技は社会に出れば、自分の身を守れる程度にできれば良いのよ」

「でも今のままだと、守れるかすら怪しくて……」


 貴族女性は危険な目に遭うことだってある。爵位がある程度あればなおさら。

 対魔物はそうそうないにしても、人相手にはそれなりに立ち回れないと危ない。


 ……それって、学年の半分くらいの実技の成績ってことは、学年の半分くらいの人間には負けるってこと?

 急に危機感がわいてきた。

 モブだけあって私の能力ぜんぜん足りてない。

 治安が悪い国ではないけど、四英雄が気にくわなかったり、その座を奪いたい人だっているだろうしなぁ。


 やっぱり、鍛える必要はある。


「あの、マグノリア家にはすごい氷魔法の使い手とか、槍の名人とか、そういった方はいないでしょうか?」

「氷魔法か、槍に長けている人?」

「はい、せっかくこちらまで来たのですし、もしよかったら、鍛えていただけないかと」


 生贄からは身を守れないとしても、暴漢とかからは身を守れないと。


 それに魔法や槍の稽古をしていればオーディンやナンナに気を使わせることもない。私はバーチ家ではできない稽古ができる。

 これは一石二鳥だろう。

 ただ問題は、該当する人、稽古をつけてくれる人がいるかどうか、だけど。


「そうね……一つ言っておきたいんだけど、四英雄の家に嫁いだ先輩として言うわね。当主と一緒に戦おうとしなくて良いのよ? 横に並べなくても、デュランが選んだのはあなたなのだから」


 静かだけど、芯の通った声でナンナはそう言った。


 オーディン・マグノリア侯爵の妻、ナンナは、四英雄の血を引いていない。マグノリア家と付き合いのある侯爵家の令嬢が嫁いで、四英雄の家に入ったのだ。

 シャーリーやノエラ、ティナみたいにもともと四英雄の家に生まれた女性ではない。


 だから私に共感できるところもあるのだろう。


 侯爵という四英雄と同じ爵位でも、当主が宰相を務める裕福な伯爵家でも、四英雄の家とは比べものにならない。公爵や侯爵なんて言葉の外にいるのだ。四英雄家は。


 私は、ゲームのことを知っているから、ゲームのストーリーとして、自分がデュランと婚約することは正しいか? ばかり気にしていた。

 だけどもしゲームの記憶がなかったら、素直に、四英雄家なんて私には無理です。と思っていただろう。

 宰相の娘でも、筆記が学年一位でも、四英雄家じゃない。強い魔力や希少な魔法属性もない。平凡な伯爵令嬢。

 もしかしたら今だって、伯爵家ごときで! とか言っている人もいるかもしれない。私が聞いていないだけで。


 ナンナは聞いたのかもしれない。もしくは自身にそういう経験があるのかもしれない。


「彼らは特別なの。一緒に戦おうとしても、足手まといになってしまうし、無理に横に並ぶことはできないわ」


 彼女にはオーディンと並ぼうと思って努力した時期があるのかもしれない。たった数年ずれていれば、闇色の竜と戦うのはオーディンの代になっていただろうし。


 彼女も私みたいに打ちひしがれたのだろうか。

 ただただ特別で別格な四英雄という存在に。


「……無理に並ぼうとは思っていませんわ」

「本当に?」

「はい。私は闇色の竜と自ら戦おうとも思っていませんし。ただ、実技の成績がふるわないせいで総合成績の順位が落ちてしまうのが悔しいですし、このままでは身を守れないかもしれませんから、それだけです」

「そうねぇ……私も学園の成績の総合順位が二桁になったことはなかったし」


 しれっと刺された。

 結局ナンナも私とは比べものにならない優秀な人だった。

 よく考えればオーディンの妻に、四英雄家の妻になるくらいだから、家格以外も良いに決まっている。小さい頃に感情が突っ走ったデュランに婚約を申し込まれた私とは違って、オーディン侯爵とナンナ侯爵夫人は学園在学中に婚約したらしいし。


「ナンナ様……とても成績優秀だったのですね?」

「ふふ、こう見えてね。そうね、自分の身は守れないとね」


 そう言ってナンナはいたずらっぽく笑った。

 

「はい、バーチ家では氷魔法も槍も教えてくれる方がいなくて、マグノリア領ならいらっしゃるのでは?」

「そうねぇ……氷魔法は難しいけど、槍を教えてくれる人なら心当たりがあるから、聞いてみるわ」

「ありがとうございます!」


 良かった。このマグノリア家で過ごす期間を有意義な時間にできそう。


 承諾してもらえたら紹介する、とナンナに言ってもらった私は、少し気が楽になり、お茶も焼き菓子も美味しくいただいた。夕食も美味しく食べて、ぐっすり眠った。


 次の日、朝食を終えたタイミングで、私はナンナから一人の男性を紹介された。


「この方は……」


 驚いた。もう槍の先生が見つかったことに、ではない。その相手に、驚いた。


 私は彼を知っているが、向こうは私のことを知らないかもしれない。マグノリア領にいるとは聞いていたが、しっかりと挨拶をしたことはない。

 緑の髪と緑の目。クリスやシャーリーにどこか似ている顔立ち。

 シャーリーとクリスの父である、クロード・パームの兄。二人にとって伯父、魔力なしによりパーム侯爵家を離れた、アゼル・パームが私の目の前にいた。



 あれは今から七、八年ほど前になるだろうか。


 私がデュランと婚約したばかりのころ。

 アルベルトとデュランの接点もできたばかりで、今のうちからこの二人の親愛度を上げておけば、ゲーム的にかなり有利なのでは?

 記憶を取り戻したばかりの私が楽観的にそんな風に考えていたころ。


 デュランは長期の遠征に出かけた。

 遠征の理由は、パーム領で邪教のものの反乱の気配があったために、マグノリア家とウィロー家が力を貸すことになったからだった。

 ローレル家は当時アルベルトの両親が事故で亡くなり家を立て直す期間で、家を離れられる状態ではなく、パーム領には行けなかった。


 デュランだけでなく、ティナ、カイルとノエラがマグノリア侯爵、ウィロー侯爵と共にパーム領に向かった。

 当時十歳くらいのデュランたちまでなんで行くのか疑問に思い聞いたら、クリスやシャーリーが屋敷で過ごしやすいように、とか言われたけど、結局あれは四英雄が協力体制にあるということを示すためのパフォーマンス、国の意向だったのだろう。


 反乱は数年ののちに収まった。

 そしてパーム家に、邪教のものの協力者、魔物側に加担したものがいることが判明した。


 その協力者が、由緒正しきパーム家の直系、アゼル・パームだった。


 アゼル・パームは魔力なしだ。

 だから四英雄家のひとつである風の弓のパーム家の長子に生まれたのに、家を継ぐことはなかった。家督は彼の弟のクロードが継いだ。


 ――この家に、この国に自分の居場所はない。闇色の竜なら変えてくれると思った。もしそれでこの国が一度壊れてしまうなら、それも構わないと思った。――


 デュランやこの国の宰相である私の父から聞いた話では、アゼルはそう言っていたらしい。


 アゼルはクロードの子であるクリスやシャーリーも邪教の仲間に引き入れようとした。

 そんな彼がそのままパーム家で暮らしていけるわけもなかった。彼がいくら邪教のものを信じて、よかれと思ったとしても、反逆だ。


 マグノリア家を離れることになったアゼルを引き受けたのは、オーディン侯爵。マグノリア家だった。


 そこまでは知っていた。

 けど、彼がマグノリア領内で槍の名手と呼ばれていて、私に稽古をつける日がくるなんて思っていなかった。


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