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9 馬車に乗って帰りましょう。

 魔法を練習して疲れ切った私たちは夕方には帰りの場所に乗っていた。

 またマグノリア家の馬車に、デュランと二人で。

 ティナはお疲れのようで、アルベルトがローレル家の馬車でティナを送ってそのまま帰ることになり、バーチ家の馬車を出してないため、こうなる。それはこうなる。

 使用人に送ってもらうので、むしろ使用人たちの場所に乗せてもらうで全然いいんだけどな……。

 それに……。


「デュラン様、今さらですけど、まっすぐ帰らなくてよかったのですか? 服も濡れてしまったのに」

「着替えましたし、髪も乾いてますから大丈夫です。アルベルト様とティナのおかげで」


 そう。服は着替えて、髪はアルベルトの火魔法とティナの風魔法を利用して乾かした。

 前世のドライヤーの知識で、温かい風があれば……と口にしたら二人が実現させたのだ。魔法の使い方よ……。

 それでティナは疲れてしまったけど、アルベルトはいい練習になったと言って笑っていた。


「むしろ感謝していますよ。ティナが俺のために何かするなんてこと、ないですから」


 ? デュランの言葉に二人の距離を感じて首をかしげる。

 ティナは、ゲームでいえば主人公アルベルト・ローレルの隠し攻略キャラクターだ。

 アルベルトの二歳下で、学園生活にはでてこない。二年生の秋に闇色の竜が復活してしまうから。

 ハッピーエンドで、闇色の竜を倒したのに、攻略キャラクターの親愛度が全員一定以下という場合のみ、アルベルトと婚約しに出てくる。

 戦いに明け暮れてしまって、闇色の竜を倒したのに婚約相手もいなくてローレル家どうしよう? となったところに、私がいますと出てくるのだ。

 ただ、闇色の竜を倒せるようなら大体親愛度は上がっている。そのためハッピーエンドでティナとは婚約はレアケース。やりこみ勢があえてやるパターンなのだ。


 バッドエンドの場合もティナと去っていくからむしろそっちが有名。

 いずれにせよ、アルベルトの相手がいないときに出てくる。

 ので、設定がほとんどわからない。

 わかっているのはデュランの妹ということだけで、風属性とも出てこないのだ。戦闘にも参加しないから。


 だからデュランの、ティナと少し距離のある様子を、どうしていいかわからない。何かあっても知らないし、当たり障りのないことしか言えない。


「私も兄は学園の寮にいるので普段接しませんけど、そういう感じですかね?」

「そうですね……あまり接点はないです」

「今日のティナ様はアルベルト様に夢中でしたしね」

「……すみません」


 なぜ謝る……。

 にっこりと笑顔を貼り付けて、何の謝罪か確認をした。まぁ、何の謝罪かなんて何となく分かっているのがちょっとイラッとはするけど。


「アルベルト様の婚約者候補との噂は聞いていたので……」

「違います。あと、なりたいとも思っていません」

「変わってますね、リンダ様は。アルベルト様の婚約者になりたくない人がいるとは思っていませんでした」


 わかる。血統書付きの超優良物件だもの、普通の貴族令嬢ならアルベルトの婚約者候補になって喜ばないわけがない。


 でも、婚約者にならない事実を知っているからだけじゃなく、たぶん前世を思い出す前のリンダとしてもそうだと思う。

 私の中にアルベルトに対する恋心がない。強制力だと言われようが知らない。ないものはない。良かったと思ってる。

 アルベルトがみんなと親愛度を上げないとゲームクリアにマイナスだもの。バッドエンドなら私は死ぬもの。

 親愛度を上げずに闇色の竜を倒すなんて前世の私ができなかった玄人プレイをするつもりはない。自分の命を賭けてそんなことしない。エタロマの世界を壊したくもないしね。


「……リンダ様は、修道院にでも入ろうと思っているのですか?」

「いいえ?」


 デュランの問いにきょとんとしてしまった。え? 修道院? なんで? アルベルトと婚約したくないイコール結婚願望なしとかになるの? ありもしないけどなくもないよ? いや、できるならしたいよ?


「え、もしかして、アルベルト様との婚約話がなくなったら、私、問題あり令嬢だと思われます? え? もう誰とも結婚できないですか? もしかしてそうなります?」

「魔法属性が氷なら仕方ないとは思いますが……」

「……が?」

「アルベルト様の婚約者候補だった方に婚約を申し込むのは、なんというか、恐れ多いという方が多いでしょうね」


 なんということでしょう。

 アルベルトの……主人公の婚約者候補だったって、ちょっとした地雷? この世界でも、私、ひとりぼっちで……闇色の竜に殺されても殺さなくてもひとりぼっちで終わるのか……?

 うなだれている私に、デュランの戸惑った呼びかけが届く。


「あの、リンダ様は、その、どうしてアルベルト様と結婚したいと思わなかったのですか?」


 四英雄の直系の子孫、光り輝く主人公のアルベルト。その婚約者になりたくないなんて、おかしな子だと思うよね。わかる。

 ならないからですとは言えないし、バッドエンドになるからですとも言えない。


 もともと主人公みたいな人って好きじゃないんです……? 脇役らしく裏方でいたいんです……? ここらへんの理由なら、言い方次第か……?


「私の父は、宰相をしておりまして」

「存じています」

「父は、その宰相という立場から、表に出ることも多いですが、王や四英雄に比べたら裏方です。私は、自分の父やアルベルト様を見て育ちました。そして思っていたのです。自分も裏方のほうが性に合っているなと」


 デュランは少し目をぱちくりさせた。彼も生まれながらの表方だ。前世からずっと裏方の私の気持ちはわからないだろう。


「私は、裏方で、表に出たとしても脇役で、モブなのです。華やかな主人公のような方は苦手ですわ。前世からずっとそうなのです」

「……前世?」


 ……あ。


「な、なんでもありません!」


 ばっと顔を上げた。そのタイミングで馬車が揺れて、横に置いていた魔導書をバラバラと落とした。


「ああぁぁ、高級品……」


 馬車の中とはいえ、魔導書を落とすなんて。

 慌ててわたわたする私と違い、デュランが冷静に私の落とした魔導書を拾い上げてくれた。下手に手を出すと手と手がぶつかりそうで、少しためらっているうちに、火と風と水の魔導書、三冊ともデュランが拾ってくれた。

 私の属性じゃないけど、ちゃんと持ち帰らなきゃね。

 拾いあげた魔導書を私に差し出しながらデュランが問いかける。


「リンダ様は氷の魔導書はお持ちではないのですか? バーチ家にあるのでしょうか」

「あー……どうでしょう、高いですよね……氷」

「バーチ伯爵が気にするほどでは。リンダ様の属性のものですし」


 まぁそうなんだけどさ。うちは裕福だし。

 でも高級品を買う感覚に慣れていないし、人のお金で物を買うのにも慣れていない。

 それに私まだ九歳だし。九歳の子供ってどのくらい親にものをねだっていいんだろう? 高級品だよ? でも魔導書は学園に入るときには持っていたいし、ありなのか? いいのか?


 悩んでいる私に、デュランが一冊の魔導書を差し出す。


「ご自分の魔導書を買うまで、お持ちになっててください」


 差し出されて反射的に受け取ったそれは、氷の魔導書だった。

 こんな高級品を借りる……? それほどの関係性は私とデュランにはないよね?

 ……え?

 ゆっくりと実感して、ものすごく動揺した。


「え、あの、これってものすごく高級品ですよね?」


 動揺した私は、返さなきゃとデュランの方に向けて前のめりの体勢をとった。

 馬車がガタンと揺れたのはその時だった。私はあっさりと前につんのめった。


「ひゃぁっ!」

「……!!」


 座席から浮いてしまい、正面にいたデュランに倒れ込む形になってしまった。

 デュランは私を抱きとめる形になり、はずみで私の、リンダのおでこに、柔らかい感触がした。

 あ、これ私、頭突きしてないか……?!


「も、申し訳ありません、デュラン様! ぶつかってしまって、大丈夫でしたか?」

「俺は大丈夫です。リンダ様は?」

「はい、その、デュラン様のおかげで、大丈夫でした」


 慌てて体を離して座り直した。


「も、申し訳ありません。私ったら、モブのくせに……」


 今、触れたよね……。何でこんな私が、四英雄の子孫にでこチューされているんだ。

 大変に申し訳ない。


「あの、すみません、大丈夫でしょうか?」


 馬車の外から御者の声がする。中を覗くことなく呼びかけてくれて、なんとなく見られなくて助かった気持ちになる。


「どうした?」

「犬が出てきたので、もう行きましたしぶつかりはしませんでした」

「そうか……わかった。何事もなくて良かった」


 デュランと御者が短い会話を交わし、デュランは何事もなかったかのように座り直した。


「あの……本当にすみませんでした」


 しっかりと座ったまま、体勢を保てるように脚に力を込めて、しっかり上半身を折って、深々と頭を下げた。

 精一杯謝るしかできない。


「それほどのことはされてません、着いたようですよ」

「あ、はい、ありがとうございました」


 ありきたりのハプニングの気まずさに耐えきれなくて逃げるように馬車を降りた。

 降りたあと、デュランには見えるか見えないかわからないが、マグノリア家の馬車にしっかりと頭を下げて、背を向けたあとは振り返らずにバーチ伯爵家に入った。


 使用人たちの馬車から降りてきた何も知らないルナが私に追いつく。


「お嬢様、魔導書をお預かりします……魔導書は?」

「あ……」


 ルナに言われて自分が抱えている魔導書を見た。

 デュランから差し出された氷だけだった。

 家から持ち出した火と水と風の魔導書、マグノリア家の馬車の中だ……。


「あぁぁぁぁ……」


 多分ルナがいなかったら私は玄関に崩れ落ちたと思う。

 崩れ落ちることはなくトボトボと家に入り、部屋に入って、氷の魔導書をしっかりとデスクに置いて、それから、ゆっくりとベッドに崩れ落ちた。

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