四章第5話 私に何ができるだろう。
「このお休みの間は、どこかに出かけないの? デュラン様と過ごすとか」
「あー……」
バーチ家の中庭。母レベッカと向かい合い、焼き菓子に手を伸ばしたところで母親からそんな問いかけがあった。
答えに困ったので、いったん焼き菓子をそのまま口に運んだ。美味しい。
学園の休み期間は、だいたいマグノリア家に行っていたり、デュランと会っていた。
この休みにデュランが特訓に出かけていることは、母もルナ伝いに聞いているだろう。
だけどいつからいつまでかは説明していない。どこに行ったのかも。だって私がよく知らないから。
母もルナも私が特訓に行かないことに疑問を抱いている。
あなた行かなくていいの? 一緒に行ったほうがいいんじゃないの? みたいな雰囲気出してるし。
普通に考えたらそうよね。周りから見たら、私も一緒に行くと思うよね。一人戦力外と思わないよね。
私自身は、自分が足手まといなことがわかっているけど。そのくらい近くで過ごしてきたのだ。
次の焼き菓子に手を伸ばす前に、母の問いに答えないと……そう考えていたその時、バーチ家のメイドが一人、私の元にやってきた。
「リンダ様、手紙が届いております」
「手紙? どなたから?」
「リズ・ガザニア男爵令嬢です」
誰だ? あ、いや、リズってマリーローズのメイドだ。ガザニア男爵令嬢とは知らなかったけど。
「リズ様ね。ありがとう」
そういって手紙を受け取ると、母は、どうぞ? という仕草を見せた。
開けないのも不自然か……。そう思い、ちょっと失礼します、といってその場で手紙を開けた。
――聖具の熟練度と、ステータス上げ頑張ってくるね。リンダは安全なところにいてね――
手紙の最初にいきなり日本語が書いてあった。
この手紙を書いたのはマリーローズということか。なんでリズの名前で?
王女の差し出す手紙がじっくりと検閲を受けることもないだろうし、むしろ検閲避けなら見知らぬ文字は書かないだろう。心配されるかびっくりされるか、どっちにしろ、ろくなことにはならない。
向こう側の事情じゃなく、いきなり王女から手紙が届いたらびっくりするだろう、というバーチ家への配慮だろうか。
真意は分からないが、日本語の一文のあとは、ちゃんとこの国の言葉で書かれていた。内容もゲームには触れていない。
拝啓のような文章に始まり、休みの間、婚約者をお借りしますという挨拶。期間は休みに入ってすぐから、休みが終わる三日前まで。場所は南のローレル公爵領の方にあるが、詳しくは教えられない。そんなことが書いてあった。
なるほど。休み期間はほぼ目一杯、ローレル公爵領、アルベルトの家の方面にいるということか。
最初の日本語と照らし合わせると、休みの間ローレル家の方に来ないでね、ということを伝えたいのだろう。
手紙の最後には、また日本語が書かれていた。
――次の長期休みにはお茶でもしながら作戦会議しましょう。二年の中期前なら、まだ前半の期間だから――
お茶の約束だった。まだリンダが生きているうちに、生贄になる前に、お茶会作戦会議をしようという約束。
といってもゲーム後半を知らない私は攻略方法も浅い知識しかないし、取れる作戦もあるのかわからないけど。
読み終わって、手紙全体を眺める。日本語が最初と最後に書かれているけど、こうして見ると模様みたいだな。
そんなことを考えて、ひと息ついて紅茶を飲んだ。
「お手紙はなんて?」
「四英雄家の皆さまは、休みの間ほとんど訓練に出かけているそうですわ。聖具は学園では触れませんから、この機会に、ということだそうです」
「そのお知らせをどうして、ガザニア男爵令嬢が? 四英雄のどなたかと関係あるの? まさかデュラン様?」
若干母の空気がピリッとした。
わざわざマリーローズがリズの名前で出したのに、実際はこれ王女が書いたので、とも言えない。
「この方は私も知っている方です。今回の皆さまの訓練を手伝うよう、王家から頼まれているようです」
「あら、そうなの?」
私はひらりと手紙の文面を母に見せた。読む時間は与えない程度に。秘密はないことの証明のために。あらかじめ見せておけばやましいことはないと見えるだろう。
困ったときの王家頼みは嘘でもないし。
「ねぇ、それだったら、リンダも特訓のお手伝いに行ったらどう?」
「手伝い……ですか?」
「そうよ。デュラン様も喜ぶわ」
そう来たか……。さすがに今回は喜ばないだろうけど。
「いえ、私は私で、勉強に励もうかと」
「根を詰めすぎよ。もともと学年一位なのだからそんなに勉強ばかりしなくても」
勉強し過ぎがあだになるとはね……。
母としては机に向かってばかりの私が心配なのだろうけど。
「そうだわ、明後日はローレル公爵夫人のところに行くの。お茶に誘われていて。リンダも一緒に行かない? それでデュラン様の応援にも行けば良いわ」
今回ばかりは、デュランだって私が来ることを望んでいないだろう。他の人たちもなんできたんだ? って思うだろうし。
マリーローズはきっと、来ないように忠告の手紙を届けてくれているわけだし。
どうごまかそう。ローレル公爵領とは離れたところにでも出かけるか。南のローレル家の、逆。
「私……お休みの間はマグノリア領で過ごそうと思います」
「でも、デュラン様はいないのでしょう?」
「その間にマグノリア領で過ごすのも次期当主の婚約者として良いかと思いまして。将来は私もデュラン様と一緒にマグノリア領をおさめるわけですから。それに妹になるティナ様もいますし、ティナ様と親交を深めるのも良いですね」
「明後日ローレル公爵家に行ってからでも良いんじゃない?」
「婚約者が留守だからと他の四英雄家に行くのは、マグノリア家によく思われないかもしれませんし」
苦し紛れにしては良い策だったと思う。
このままバーチ家で机に向かっていても心配されてしまう。家では勉強くらいしかやることがないし。魔法の練習も槍術も、うちには氷魔法属性の人もいなければ、槍を扱う人もいない。
うちの父はなんでもできそうではあるが、仕事で兄と一緒に遠征に出かけているし。宰相だから忙しいのは仕方ないしね。
私が槍を使っているのは水の槍のマグノリア家に嫁ぐ予定があるからだ。マグノリア領には、槍を教えてくれる人がいるかもしれない。気兼ねなく勉強することもできるだろう。それにティナとお茶して過ごしても良いし、次期当主の婚約者として領を見て回るのもいい。
南のローレル公爵領には近寄れないけど、北のマグノリア領なら安全に違いない。
自分の提案に自分を少し褒めてあげたくなりつつ、そう考えていると、母も結論にたどり着いたようだった。
「マグノリア家にちゃんと先触れを出すのよ?」
「もちろんそういたします!」
そう言った以上、そう言われてしまった以上、もう後には引けない。
私は早速マグノリア家に訪問伺いの手紙を出した。なんなら断ってくれても良い。そう思いながら。
――デュランは出かけているけど、遠慮せずにいつでも来てちょうだい。未来の娘なんだから――
程なくして届いたデュランの母、ナンナからのお返事にはそのように書いてあった。快諾。
私は覚悟を決め、早速明日から伺います、とお返事を出して、手土産のリンゴケーキを焼くことにした。ティナとでも食べよう。
何かしら、バーチ家にいるよりはやることがきっとあるだろう。
「ティナ様もいないのですか……?」
「そうなの、デュランと一緒に出かけていて……。ごめんなさい、知らなかったのね」
「あ、いえ、こちらこそすみません……」
マグノリア家に到着した私を、未来の義母ナンナ様自ら出迎えてくれた。
ティナと食べようと思ってケーキを持ってきた。と伝えた。そこで私はティナの不在を知ったのだった。
ナンナは申し訳なさそうだけど、確かめもせずにティナがいると思い込んでいた私が悪い
「あ、あの、ナンナ様、ケーキ、一緒に食べませんか?」
「嬉しいわ、ありがとう。まずは荷物を置いてきて、リンダ様。それからお茶にしましょう?」
「はい、ありがとうございます」
ナンナの提案に従い、荷物を置いてくるために、マグノリア家でいつも泊まっている私の部屋に向かった。ぼんやりと考え事をしながら。考え事をしながらでも歩ける程度には慣れているマグノリア家だ。
ティナもいないとは思わなかった。
デュランと一緒とナンナは言っていた。ということは、ティナも特訓に出かけた?
学園ではティナも特訓に行くとは話していなかったけど……。ゲームでティナは非戦闘キャラクターだったし。
でも、ティナはデュランの妹だ。
私と違って四英雄の血を引いている。アルベルトの攻略対象ではないものの、隠しキャラクターでアルベルトと結ばれることもある。
本来ティナはメインキャラクターに分類される側だ。
ゲームでは彼女が学園に入る前に闇色の竜との戦いが始まったから戦わなかっただけで、ティナは十分戦う可能性、戦える可能性がある。リンダとは違って。
マリーローズもそう考えて、ティナを連れて行くことにしたのだろう。戦力は多い方が良い。ゲームと同じパーティ編成にすることにこだわる意味もない。
そうか……私以外、みんな特訓に出たのか。
私だけが、役立たずの状態なのか……。
ブンブンと頭を振って、いったんその考えを追い出す。
今さら考えても仕方ない。私以外のみんなは闇色の竜と戦うために動き出しているんだ。
頭を振り終わったところで、ルナから呼びかけられた。
「リンダ様、お支度はお済みですか? あとの荷物なら私どもが整えておきますから」
「あ、ありがとうルナ。じゃあナンナ様とのお茶に向かうわね」
お義母様を待たせてどうする。
多分リンダはもう、このゲームのメインストーリーとは関係がない。それでも私は私で、粛々と出来ることを見つけながら過ごすしかないのだ。
あとは生贄になるだけだとしても。
私は一度立ち止まって、また少し頭を振って、それから、お義母様とのお茶へと向かった。




