四章第3話 私の出番は終わりでしょうか。
――何か隠していることでもあるの? リンダを連れて行きたいの? 行きたくないの? ――
デュランはそう質問してきたアルベルトの方を見るでもなく、かといって私の方を見るでもなく、下を向いた。
静かにしていないと聞こえないような小さな声でつぶやく。静かな場だから、みんなに聞こえたけれど。
「俺は、不安なんだ。俺の目の届かないところでリンダが危険な目に合うんじゃないかと……」
そう言って途切れたデュランの声。それに一番早く応えたのはカイルだった。
「その気持ちはわからなくはない……。だけどデュラン、俺たちはだれか一人のために戦うことを許されてはいないだろ」
後半は抑揚もない、感情を押し殺したような声だった。
その言葉を受けてデュランの肩がピクリと震えるように動いたのがわかった。
誰も何も言えない中で、ゆっくりと話しだしたのはクリスだった。いつもより更に柔らかく穏やかな声で。
「カイルや私だって、オリビアやクローディア嬢を連れて行きたくはない。戦いの中で何かあったらと思うと気が気じゃない。でも二人の力はどうしても必要なんだ。この国のために、闇色の竜と戦うために、どうしてもね……。本音を言えば、本当は安全なところにいてほしいと思っている」
カイルが、あぁ。と小さくつぶやいた。
デュランは何も言わなかったし、私も何も言えなかった。
連れて行ってとも言えるはずがない。みんなのように戦えるわけでもないし、足手まといになる。私にはみんなのように、できることなんて何もない。
せいぜい他の人の代わりに自分が犠牲になるくらいだ。それくらいしかできない。
次に口を開いたのはシャーリーだった。いつもの彼女らしい明るさで。
「ねぇ。リンダはこの休暇の間は私たちと、私やノエラ様と行動を共にするのはどう?」
「シャーリーさん、あなたは王家に……」
「毎日通いつめなくても、まだ学生ですし許されるでしょう?」
「それは……」
シャーリーはノエラに指摘されても引き下がろうとはしなかった。ノエラは『それは私には何も言えないけど……』と口にして、反論をあきらめたようにため息をついた。
カイルがいったん話をまとめるかのように話し出す。
「まぁ、そうだな。とりあえずこの休暇の間に俺たちは訓練を行うってだけで、まだ闇色の竜との戦いが始まるわけじゃないんだし……」
そんな風に話がまとまり出したその時、私たちは学園で聞くはずのない声を聞いた。
「皆さまお揃いで、ちょうどよかったですわ」
声の主の方を全員が見た。
街で会うときは茶色だった髪は、今はきらきらと光を反射する銀髪で、紫の瞳をいつもより神秘的に引き立てている。
シンプルな薄い緑のワンピースは繊細な刺繍がほどこされていて、その細やかな刺繍と上品な光沢から一級品の生地であることが伝わってくる。
何もかもが圧倒的な存在感。一目で身分の高さが見てとれる。
マリーローズ・ホーリー第二王女がそこにはいた。
「マリー様?」
「マリーローズ様!」
皆が口々に二種類の呼び名で呼びかける。ひときわ目立ったのはシャーリーだった。
「マリーローズ第二王女が、どうしてこちらに?!」
「あら、シャーリー・パーム侯爵令嬢。ここは王城ではありませんわ。そのように呼ばないでくださいまし。あなたはラインハルトお兄様と街に出たら、ラインハルト殿下とお呼びになるの?」
「申し訳ありません……!」
シャーリーは勢いよく頭を下げて詫びた。クリスがシャーリーをかばうように間に入り、膝をついて頭を下げる。
正直、変装もしないで現れておきながら、呼び方の指摘は引っかけ問題だろうと思うが、そこに引っかかるのは貴族として未熟と言われればそれまで。
ただ引っかかる以前に、マリーとマリーローズ第二王女が同一人物だと知らないものもこの場にはいた。
「驚きました。マリー様、あなたが第二王女だと知っていれば僕も今、そう呼んでいたでしょうね」
アルベルトはそう言ってシャーリー、クリスの少し前まで歩み出た。
「ふふ。黙っていてごめんなさい。この状態でいきなり現れて、少し意地悪でしたね。クリス様、どうぞお立ちになって。シャーリー様も頭を上げてください」
マリーローズは自分の髪を撫でながらそう告げた。
「失礼いたします」
「……申し訳ありませんでした」
クリスとシャーリーはひと言添えながら姿勢を直した。
そしてシャーリーはすっとマリーと距離を取るように後ろに下がった。この場でマリーローズ第二王女とお話をする役割は、自分にはないとわきまえたかのように。
この場でマリーローズを除いて一番身分の高いアルベルトが、マリーローズに呼びかけた。
王女と話すなら四英雄家の次期当主、公爵子のアルベルトがふさわしいだろう。
身分より何より、主人公だし、と心の中で思ってしまうけど。
「今までの無礼をお許しください。今後はなんとお呼びすれば良いでしょう?」
「今まで通り、マリーで構いません。王城ではありませんしね」
「ではマリー様、本日はどうしてこちらに?」
「皆様にお伝えすることがありましたの。休暇中についての相談、というところかしら」
そう言ってマリーローズはみんなを見渡した。
こちらは全員黙ったまま、王女の次の発言をじっと待った。
「王家は、闇色の竜との戦いでの、隊の編成を決めました」
「隊の……闇色の竜と戦う際のパーティメンバーを決めた、ということでしょうか?」
カイルがアルベルトの隣に歩み出ながら王女に問いかけた。アルベルトの少し首を傾げる仕草が見えたからだろう。
「えぇ。ノエラ様とシャーリー様は王族になる予定ですが、闇色の竜との戦いでは四英雄の皆様と行動を共にしてもらうことを決定しました」
ざわっとした驚きが広がる。その私たちのざわめきを気にした様子もなく、マリーローズは続けた。
「つまりはここにいるメンバーで一つのパーティとなります。リンダ様を除いてね」
私は確かめるように、この場を見渡した。
剣の英雄の子孫、アルベルト・ローレル。
槍の英雄の子孫、デュラン・マグノリア。
弓の英雄の子孫、クリス・パーム。
魔導書の英雄の子孫、カイル・ウィロー。
光魔法属性のクローディア・ホーソン。
治癒魔法属性のオリビア・エルム。
弓の英雄の子孫、クリスの妹のシャーリー・パーム。
魔導書の英雄の子孫、カイルの双子の姉、ノエラ・ウィロー。
ゲームで見たとおりのパーティ編成だ。
この八人であることも。
リンダがいないことも。
蚊帳の外の私は、そっと皆の様子を見ていた。
シャーリーとノエラは視線を交わしてうなずき合っていた。第三王子と婚約予定のシャーリー、第二王子の婚約者のノエラは自分の意思でパーティを選べない。だけど戦うなら信頼のおけるものと一緒に、とは思っていたのだろう。どこか安心したように見えた。
オリビアの目線はクリスに、クローディアはカイルに向いているようだった。
私より前にいる次期四英雄の四人は、視線の動きまではわからない。
クリスとカイルは顔を動かす様子はなかった。アルベルトはうなずくような動きが見えた。そしてデュランはうつむくように下を向いていることが、後ろからでも見てとれた。
皆の表情が見えているであろうマリーローズは、変わらぬ表情、変わらぬ様子のまま、次の言葉を発した。
「リンダ様以外の八名、そこに私を含めた、九人のパーティ編成です」
「……はい?」
「今なんと?」
私も、他の八人も、次々に口々に、マリーローズ殿下もですか? 参加されるのですか? 等を口にしていた。
驚きのあまりなのか、また殿下と呼んでしまっているものもいた。
そしてマリーローズも今回はとがめることなく話を続けた。
「私も皆様と一緒に戦います。それで、学園が休みに入ったら、皆様に来て欲しいところがあるのです」
「どちらに、でしょうか?」
「我が家なのだけれど……王城と言えば良いかしら?」
しれっとそう告げるマリーローズに、いやそれはちょっとなんて言うものはいない。
拒否権があるはずもない。
第二王女とはいえ、闇色の竜と戦うパーティの編成を独断で決めるはずがない。彼女一人の意見で、王城に来てほしいなんて言うわけがない。言えるはずがない。
考えればわかる、いや、考えるまでもない。これは王命だろう。国の意思だ。返事は、はい、もしくはわかりました、しかない。
しかし疑問はあったようで、クリスが、失礼ながら、と話し出し、疑問を口にした。
「なぜ私たちを王城へ?」
「修行というところかしら」
「あぁ、でしたらありがたいですね。実際、この休みの間に鍛錬が必要だと考えていましたから」
カイルがそう言うと、マリーローズはそう来なくっちゃとばかりににっこりと微笑んだ。
それからマリーローズとクリス、カイルが中心となって、いつ王城へ向かうか等の話を始めた。もちろんみんなの都合も聞きながら。
ただ、そのみんなの中に私は含まれていない。
一人蚊帳の外にいる私は、その場を急に離れるのも不敬にあたりそうで、ただ黙ってみんなの話す様子を見ているしかなかった。
学園で一年が終わる時期といえば、まだゲームでは前半。ステータスや親愛度を上げるパートのはずだ。
だけどもう、アルベルトの恋愛対象のキャラクターは全員、婚約者が決まってしまった。
アルベルトの恋愛相談を受けて、彼を支援する幼なじみのリンダ・バーチ。アルベルトの幼なじみで、戦闘に参加しないし、後半にはいなくなるリンダ・バーチ。
もう、ゲームは後半、闇色の竜との戦闘編に入ったのだろうか。
リンダは退場のタイミングを迎えたのかな。そう考えながら、じっと黙って皆を見ていた。
邪魔にならないことしか私にはできなかった。




