四章第2話 連れて行くのか行かないのか。
「でもリンダは、デュランの婚約者だし」
「それがどうした?」
「どうしたって……」
「アルベルト様、リンダ嬢がデュランの婚約者であることは皆わかっています。それは別の話です。訓練にオリビアやシャーリー嬢を連れていくのも、私やカイルの婚約者だからではないですよ」
食い下がるアルベルト。突っぱねるカイル。取りなすクリス。デュランはただ黙って、じっとカイルを見ていた。
「闇色の竜と戦うときに、オリビアとクローディア嬢を連れていきたい。だから今からそのパーティで訓練をしたい。そういうことだろう? カイル」
クリスの言葉に場の空気が引き締まる。
歴史に残る封印の解ける周期を考えると、闇色の竜と実際に戦うまで、あと一年ほど。
歴史に刻まれる一戦まで、あと一年ほど。
闇色の竜との戦いは、きっと皆、ずっと頭の中にある。離れずにいる。
あと一年、これからは実際に行動に移していくべき、より実践に備えるべき。
そう考えて、訓練のメンバーを考えたのだろう。
「当初はここにいる全員で戦うことになるだろうと思っていたんだけどな……」
そう言ってカイルは全員を見渡す。
四英雄の直系であるアルベルト、デュラン、カイルとクリスは戦うことが義務に等しい。
カイルの姉のノエラ、クリスの妹のシャーリーも四英雄の家に生まれているのだから、覚悟はしているだろう。
光魔法属性のクローディア、治癒魔法が使えるオリビアは貴重な戦力だ。
そしてここまではゲームのパーティメンバー通りだ。
カイルの目線が私を見て止まる。
彼の中では、デュランの婚約者のリンダも最終決戦のパーティのメンバー候補に入れてくれていたらしい。
ゲームでは非戦闘キャラクターだけど、ゲームを知らない彼は現実の関係性を考慮してくれたのだろう。
カイルは小さく首を横に振って、私から目線を逸らしたあと、クローディアとオリビアを見た。
「俺たち次期四英雄は絶対だ。そこに選択の余地はない。ただ光魔法のクローディア、治癒魔法のオリビア嬢は、強制はできないが一緒に戦って欲しいと思っている」
クローディアはカイルの言葉を受けて、スッと立ち上がって答える。
「王族ではない私が、なぜ光魔法を使えるのかずっと疑問でした。今もずっと疑問はあります。ただこの力が、この国のために、闇色の竜と戦うために役立つのであれば、私が光魔法を使えるのは、きっとこの戦いのためなのだと思います。どうか私も連れて行ってください」
カイルが小さくありがとう、と返した。少し弱々しく。
弱々しさはきっと婚約者を危険な戦いに連れて行くゆえの、次期四英雄としてではなく、婚約者としての想いなのだろう。
続いてオリビアが、スッと姿勢を正し、背筋を伸ばして凛とした声を響かせた。
「私は自分には魔力がないとすら思っていました。何の力も見つからなかった私を、治癒魔法へと導いてくださったのは、皆さまです。見つけていただいた治癒魔法が皆さまの戦いの役に立つならば、これほど嬉しいことはありません」
オリビアを見つめるクリスの目は優しかった。
もともと柔和な顔立ちの優しい人ではあるけれど、それでも、今までに見たことがないくらいの優しさに満ちていた。きっと私たちの前では見せていなかった表情なのだろう。
二人の決意に少ししんとしたその場の空気を、不満そうなシャーリーの声が動かした。
「それで、私とノエラ様とリンダはそのパーティには入れないってこと?」
責めるようなシャーリーの問いかけに、カイルは冷静に答える。
「あぁ。というかノエラとシャーリー嬢に関しては、闇色の竜との戦いに参加するとしても俺たちのパーティじゃないだろう。采配は王家だ」
歴史でもゲームでも十分に学んだが、この国エルトシアはもともと闇色の竜と戦った五人が始まりとなった国だ。
光魔法の戦士が王に、武器を操った四人の戦士が英雄になってこの国は始まっている。
その始まりゆえか、王族は闇色の竜との戦いに参加することが習わしとなっている。
この国の王族は闇色の竜から民を、国を守るのが役目なのだ。
歴史上の闇色の竜との戦いでも、王族は必ず戦いに加わっている。
実際には騎士に安全に囲まれていて指揮をとっただけかもしれないし、どう参加していたかは知りようがないけど、傍観者の立場にはなれないのだ。
王族には王族としての矜持がある。
「そうだな。ノエラ嬢とシャーリーは、王家の命で動くべきだ。私たちのパーティのメンバーとして確定はできない。わかるね?」
クリスの言葉にシャーリーとノエラが同意する。
他の全員もそれぞれにうなずいたりと、納得の様子を見せる。
そして、バラバラと私の元に視線が集まりだした。私が全員の視線を集めるまでに、そう時間はかからなかった。
じゃあリンダは?
そういうことなのだろう。そんな全員の視線を受けても、私はどう答えて良いのかわからない。
うつむくしかなかった。うつむいて全員の目線から逃れた私の耳に、カイルの声が届く。
「……リンダ嬢は、俺たち次期四英雄みたいに強制的に行く必要もなければ、治癒魔法や光魔法の属性でもない。無理して戦いに参加する必要がない。それに、リンダ嬢の実践の実力は、連れて行くには危険だろう」
成績表でそれを見ていたのか。
いくら勉強ができても、実技がひどく不足している。
聖具を持っている四人とは比べものにならないし、治癒魔法も、光魔法も私にはない。実戦で私は役に立たない。そう判断されたのだろう。
「……リンダは? リンダはどうしたいの?」
アルベルトの声だった。
なんだか子供の頃に戻ったみたいだ。多分碧い目を少し細めて、困ったような顔で私のことを見ているのだろう。
デュランの声は聞こえないけど、きっと少し眉を下げて、私にしかわからないくらいに困ったような心配したような目で見ているだろう。
子供の頃から、まだ私が魔法で二人に張り合えていた頃からの付き合いの二人だ。見なくてもわかる。
「私は……」
ゆっくりと瞬きをして、涙がこぼれないことを確認してから顔を上げた。
視界に入ったアルベルトとデュランの表情は私が思ったとおりで、少し笑いたくなって、少し泣きたくなった。
一息ついて、いつもの私のように、ややドライに、なんてことないかのように答えた。
「私は、いても皆さまのお役に立てないと思います。無理についていくつもりはありませんわ」
もともと、リンダ・バーチは戦いに参加していないのだ。
メインキャラクターではない私は足手まといだ。参加する方がおかしい。
私の言葉のあと、しばしの無言が続いた。
先ほどまではカイルやクリスが話をまとめていたが、公子のアルベルトと私の婚約者のデュランの手前、口を出しづらいのだろう。
だから一番最初に口を開いたのは、デュランだった。
「その方が良いのかもしれないな……闇色の竜に近づくと、リンダは」
「デュラン様」
「どういう意味だ?」
小さなデュランの声だけど、全員が次の言葉を待っていた。だから皆の耳に届いた。
私が慌てて遮るのと、カイルの疑問の声は同時だった。
リンダ・バーチは闇色の竜の封印を解くための生贄になる。
そのことが、きっと、ずっとデュランの頭から離れないのだろう。
彼の先ほどの言葉の意味を知るのは私だけだ。
カイルに疑問を突きつけられたデュランをかばえるのも、私だけだ。
「私は力不足ですから、闇色の竜に近づいては危険と、デュラン様はそう言いたいのでしょう」
私はしれっとそう言った。
目の端にデュランがうつむくのが見えた。
どうか気にしないでほしい。闇色の竜の生贄になるという話を抱えきれず、デュランに一緒に背負わせた私のせいなのだから。
カイルもクリスも私の言葉に納得した様子を見せた。
だけど私とデュランのことをよく知る幼なじみは、納得してはいなかった。
「デュランはリンダにそんなこと言わないでしょう?」
「……どういう意味です? アルベルト様。デュラン様は私のことを心配しているのですわ」
「心配はするだろうけど、リンダのことを力不足だなんて思っていないでしょう。僕だってそう思っていない。リンダには一緒に戦うだけの力はあるよ」
アルベルトは真っ直ぐで純粋で、どこまでも主人公だった。
ゲームのリンダには、こんな展開はあったのだろうか。
「アルベルト様。どれだけ危険な戦いになるか分かっているのか? デュランの判断は賢明だ」
「闇色の竜との戦いに連れて行くか決めるのは、まだ先でもいいでしょう。少なくとも訓練では、リンダが一緒にいた方がデュランは力を発揮するよ。カイルは心当たりはない?」
カイルはアルベルトに意見したが、言い返されてぐっと押し黙った。
少し目を泳がせる。心当たりがある人間の、図星をつかれた人間の目の泳がせ方だった。
……あるの? 心当たり?
一緒にいた方が力を発揮するって……。
そんな漫画やファンタジー小説みたいな、と思いかけて気づいた。
そうか、親愛度だ。このゲームは親愛度が高いキャラクターがそばにいた方がスキルを発揮しやすい。バフがかかりやすい。
大事なものを守るために人は実力以上の力を発揮する。
ゲームの設定がそうである以上、心当たりがないはずない。そんなことないなんて言えない。あるんだ。
私の考えを裏付けるかのように、カイルがつぶやき始めた。
「確かにデュランの聖具の継承にはリンダ嬢が立ち会っているわけだし、今すぐ決断しなくても良いかもしれないな……」
カイルが指を唇に当て、考え込む仕草を見せる。
ちょっと単純すぎないか? いや、このゲームの性質上仕方ないのか?
「そうだな、闇色の竜の封印が解けるまではリンダ嬢もパーティにいてもらって、封印が解けた時点で考えても良いかもしれないな。それまでなら危険はないだろうし」
「ダメだ!」
カイルの言葉を途中で遮ったのは、デュランだった。
私でも聞いたことのないような声量だった。私で驚いたのだから、皆も当然そうで、全員が黙ってしまった。そして――。
「デュラン、何か隠していることでもあるの? デュランはリンダを連れて行きたいの? 行きたくないの?」
幼なじみは、主人公のアルベルトは、デュランに直球の疑問を投げつけた。




