25 しばらくはゲームの通りに。
翌日、後期が始まった日の放課後。
私は学園の中庭のガゼボでデュランを待っていた。前世ノートに目を落としながら。
次期四英雄は中休みの間に、聖具の継承の儀式を終えた。
本来なら二年の中盤の聖具解放が、半年以上早くなっている。ゲームの後半、闇色の竜の復活までに、かなりの準備期間を取れたことになる。
「リンダ」
待ち人が来て、前世ノートから顔を上げる。
デュランは何も言わず私の隣に座った。私のノートを見ても何も言わなかった。話って何? と急かすようなこともない。
どうして私が呼び出したかもわかっているのだろう。私はノートをパタンと閉じてデュランを見た。
「デュラン様、先日のお話しですが、答えを決めました」
私の言葉に、デュランはゆっくりと頷いた。
デュランの先日の提案。
私が犠牲になる前に闇色の竜を倒す。その方法を考えたい、協力を仰ぎたい。だから皆に、私が前世で知る物語を話さないか。
その問いかけは、忙しかった中休みでもずっと頭を離れなかった。
「デュラン様。私、前世の物語のことは、まだ今は皆さまに言いません」
「まだ……?」
「はい。実は、今ですね、私の知っている物語より展開が早いんです。時期が早いというか」
デュランは黙って少し首を傾げた。
時期が早いと言われても、ゲームの記憶がない彼は正解を知らない。そしてそれが先ほどの『まだ』という答えにつながる理由もわからないのだろう。
「まだ、時期ではないと思うんです。そもそも物語では、私に前世の記憶があるとは書かれていません。だから皆に話すという展開もないのです」
「だとしても、話すことはいけないことではないんじゃないか?」
「物語から大きくズレてしまいます。どんな展開になるかわかりません」
「それでいいじゃないか。だって、物語のままだとリンダは……っ」
デュランは言葉に詰まって目を逸らした。
物語のままだと、ゲームのままなら、エターナル・ロマネスク〜誰がための炎の剣〜の通りに進めば、リンダ・バーチは闇色の竜の封印を解くための生贄になって、命を落とす。
どんな最期かメインストーリーでは描かれないくらいに、あっさりと退場をする。
物語でリンダが死ぬのが決まっているなら、物語から外れよう。デュランはそう思ってくれているのかもしれない。
でも私は、強制力が怖い。
半端なゲームの知識があった私は、デュランと婚約したことでゲームと違う展開だと思っていた。だけど違った。私が知らなかっただけで、課金シナリオではデュランとリンダが婚約するストーリーがあった。
シャーリー、オリビア、ノエラ、そしてクローディア。ゲームでアルベルトの攻略対象キャラクターの四人は、全員、アルベルトではない他の相手と婚約した。
それでも、課金シナリオの通りだった。
ゲームから逸れてはいない。課金シナリオの要素を拾っているだけなのだ。ゲームのストーリーからは逃れられない。
それなら、ゲーム通りのルートで闇色の竜を倒すしかない。少なくとも闇色の竜を倒したハッピーエンドでは、リンダが死んだとは言われていない。
炎の剣の継承のあと、マリーと話して確かめた。リンダはバッドエンドでは亡くなっていることが明言されている。ハッピーエンドでは話に出なくて生きているかはわからない。けど、可能性はある。
ゲームの通りに進めるなら、闇色の竜に今近づくべきじゃない。
「デュランさ……デュラン、私、話すなら今じゃないと思うだけです。諦めたわけじゃないです」
なんとなく、デュラン、と敬称をつけず名前を呼ぶ。
メインキャラクターの水の槍の英雄の子孫のデュランと、主人公アルベルトの恋愛支援キャラクターの後半いなくなるリンダではなく、ただのデュランとリンダとして話したかったのかもしれない。
「今はまだ、闇色の竜に近づく時期ではないと思うのです」
デュランは何も言わず私をじっと見ていた。熱を帯びたような青みがかった黒い目が美しかった。
「闇色の竜を倒すということは、闇色の竜に近づくということです。まだ早いです」
「早くても、聖具も引き継いだし、戦いになっても……」
デュランはハッと気付いたように言葉を途中で止めた。それでもあえて私は口にする。
「今の皆さまは聖具を引き継いだばかりで、未熟です。危険なんです」
武器の熟練度が上がっていない。ゲームで言えばレベルとスキルの不足だ。
私とデュランの間に少しの沈黙が流れた。
デュランは私から目を逸らして、うつむいて呟く。
「俺たち四人だけが闇色の竜に向かうのはどうだろう。それなら他の人に危険はない」
「それで倒せなかったら……? 四英雄を失うわけにはいかないんです」
「なら他の味方を連れて、とにかくリンダが近づかなければ……」
「私の代わりに他に誰かが犠牲になったら、私は自分を許せません」
「でも……」
デュランはうつむいたまま小さく首を振った。次の言葉を探しているようだった。
私だって、前世の課金シナリオを知るマリーと話して考えたのだ。リンダが助かる道がないか。
どこか遠い国に行ってしまって闇色の竜に会わなければ良いのでは? 闇色の竜にとにかく近寄らなければ少なくともリンダは助かるのでは?
ただ、それで私が助かったとして、他の誰かが犠牲になったら、私は後悔する。ずっと苦しむことになる。
「……何か、今のうちにできることはないか?」
「修行しかないです。封印を解くには、聖具を生贄の血で穢すことです。聖具を継承した今、封印を解けるようになってしまったんです。闇色の竜にはしばらく近づかず、強くなるのが先です」
「俺は……俺は絶対に、リンダを護りたい。水の槍も……」
かつて水の槍は生贄の血で穢され、闇色の竜の封印を解いたことがある。デュランは彼の前世の記憶もあって、それを知っている。
「私も信じていますわ。デュランも水の槍も。でも聖具は他にもありますし、はずみもあるかもしれません」
デュランは言葉を詰まらせた。彼の拳が強く握られているのがわかって、そっと自分の手を重ねた。
「デュラン、今はまだ聖具を引き継いだばかりで、扱いにも慣れていないでしょう? このまま闇色の竜との戦いになったら、力不足かもしれません」
「力不足……すまない」
「謝ることはありません。闇色の竜と戦うときまでに強くなればいいのです。今はまだ、戦うときではありませんわ」
「間に合うだろうか……」
「半年以上先のはずですもの。大丈夫ですわ」
半分は自分に言い聞かせるように、大丈夫、と繰り返す。
「そこまで含めて皆に話しておくのは? 今なら、時間が必要な対策もできるだろう」
「物語の通りなら闇色の竜に立ち向かう時期には強くなるでしょうから、そのまま進んでもらったほうが良いでしょう。妙に策を考えない方がいいですわ」
「でも」
「今はまだ、知ってほしくないのです」
半ば言葉を遮るように、きっぱりと伝えた。
デュランの手の力がふっと抜けて、私を見て言った。
「わかった……リンダ」
「はい」
「絶対に一人で闇色の竜に近寄ったりしないで。俺は、絶対にリンダを死なせない」
え、なにそれフラグ……? 一瞬不安になったが、そう言って私の手を握ったデュランは、穏やかで力強い目をしていた。
「一人で闇色の竜に近づいたりしません。約束します。ありがとうございます、デュラン」
デュランが穏やかに微笑んで、温かい手のひらが静かに離れた。
「デュラン。皆さまには私が話すまで、絶対に内緒にしてくださいね。私が知る物語を」
最後に念を押して、デュランと別れて、寮の部屋に戻った。
「リンダ様、お茶が入りました」
「ありがとう」
ひと仕事やり終えた気分の私は、椅子に座り込み、ルナが入れてくれたお茶にホッとして、ため息のように息を吐いた。
あの感じなら、デュランが私に黙ってみんなに話すことはないだろう。もともと彼は裏で動くようなことも皆をまとめることも苦手だし。
知られたくない、皆には。特にアルベルトには知られたくない。
リンダ・バーチは、アルベルト・ローレルの炎の剣によって命を落とすのだから。
闇色の竜の封印を解くためには聖具を生贄の血で穢す。生贄はリンダ。聖具はアルベルトの炎の剣。
課金シナリオでそこは決まっているのだ。
アルベルトだって炎の剣の勇者のローレル家としてそんなことをするわけにはいかないだろう。
もし、アルベルトが相談のためにローレル家に伝えてしまったら? そこから皆に広まったら? リンダが闇色の竜の封印を解く生贄になると知った誰かが、そもそも私がいなければ闇色の竜が蘇らないと考えて、闇色の竜や聖具が関係ないところで私を葬る可能性もある。
最悪のシナリオはいくらでも考えられる。
もしかしたら、闇色の竜を倒すためにはそもそも封印を解く必要があるかもしれない。
そのとき、四英雄の子孫や光魔法や治癒魔法の中、一番犠牲になるべきは誰か。考えたらリンダになるかもしれない。
リンダが生贄になる可能性も、死ぬ可能性も、いくらだってある。
もう、いっそ戦いの中で何かの弾みで私が炎の剣で怪我をするとか、何かうっかりで命を落とすとかのが全然いい、いや良くないけど。
とにかくいろいろ考えた結果、リンダが闇色の竜の封印を解くための生贄になることは、みんなに知られない方が良い。
それが私の出した結論だった。
私が犠牲にならず、他の誰かが代わりに犠牲になることもなく、アルベルトたちが闇色の竜を打ち倒す、そんな円満なハッピーエンドになってくれればいいんだけど。
「そううまくはいかないわよね……」
「何がですか」
あ、口に出してしまった。
「えっと、次の試験は、どうかなって」
「中期は学年一位でしたからね。後期も頑張ってください」
「そうね、頑張るわ……まだ時間はあるしね」
二年の中期以降まで、まだ時間はある。
しばらくはゲームの通りに、アルベルトの恋愛支援キャラクターとしての働きはもう必要ないけど、ゲームの通りに親愛度を上げつつ、レベル上げを手伝ったりして、その間に考えよう。ハッピーエンドへの方法を。
まだ時間はある。私はこのとき本気でそう思っていた。
その考えを後悔するまでに、それほど時間はかからなかった。




