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23 炎の剣の英雄になるのでしょう?

 デュランが水の槍を継承してから二日が経ち、私はローレル公爵領にある広い広い草原に来ていた。


 昔、魔法の練習で何度か訪れた少し懐かしい場所。この湖を凍らせようとかしたっけ。懐かしい。

 思い出と少し違うのは、この草原のかなり広範囲に、石が敷き詰められている。庭園でも造るの? ってくらいに。

 たぶん、儀式を行うために用意したのだろう。


 これからここで、アルベルトの炎の剣の継承の儀式が行われる。


「リンダ様、マリー様がついたようです」

「わかったわ、ありがとう」


 ルナに声をかけられ、湖のそばから離れて、着いた馬車の方に向かう。

 マリーの馬車にはホーソン辺境伯家の家紋が付いていた。どうやら貴族を装うときは、ホーソン辺境伯家と縁がある令嬢、ということにしているらしい。

 まぁ、ということにしているも何も、ホーソン辺境伯家は王家と縁があるから、実際そうか。


 私を見つけたマリーが、ひらひらとこちらに手を振る。


「リンダ様、ごきげんよう。お待たせしてしまいましたかね?」

「私は特に。皆さま準備中のようですし。迷いませんでした?」


 敷石の上にいるアルベルトの方に目をやる。義理の叔父と叔母であるローレル公爵家夫妻と話していた。

 当主のレスター公爵は腰につけた剣とは別に、一振りの剣を持っていた。刃は鞘に納まっているが、柄とのつなぎ目の部分に、赤い石がついている剣。聖具の一つ、炎の剣を大事そうに抱えていた。


「間に合って良かったですわ。こちらの草原の話は聞いてはいましたが、広くてなかなか儀式の場所を見つけられませんでしたわ。リンダ様は来たことがあるのですよね?」

「えぇ、昔……」

「ありますわ! わたしたちは幼いころからアルベルト様と付き合いがありますから!」


 私たちに近づいてきたティナが、元気よく私の代わりに答えてくれた。


 マリーはこの場所を話に聞いていたのか。ゲームでかな?

 ゲームが始まるのはアルベルトの学園入学からだけど、課金シナリオで昔の話が出てきたのかもしれない。それなら前世で重課金していたマリーは知っているだろう。


 ……もし、リンダが死なないルートがあるなら、マリーが知ってる人、教えてくれるよね。

 マリーが言わないなら、やっぱりないのかな。リンダが生き残るルートは。


 私は、デュランがしてくれた提案への答えを、保留にしていた。


 私が知る前世の物語をみんなに話して、闇色の竜が復活する前に、私が生贄になる前に、闇色の竜を倒すための協力を仰ぐ。


 話したところで、どうにもならないんじゃないか? 話したら何か変わる? 変わらなかったら?

 そうしてぐるぐると考え、決心がつかないまま、アルベルトの儀式に来ている。


 炎の剣の継承は、私のことに関わらず、闇色の竜と戦うために必要だものね。


「あ、始ま理想ですわね?」


 マリーの言葉にハッとしてアルベルトの方を見る。

 アルベルト、レスター公爵、パメラ夫人は石の舞台の上に並び、あたりを見渡していた。


「ではこれより! 炎の剣の継承の儀式を行う!」


 炎の剣を掲げ、力強い声でレスター公爵が儀式の開始を告げた。

 パメラ夫人が、石の舞台にそっと赤い石を置いた。

 レスター公爵とアルベルトはその石を挟んで向かいあう。公爵の隣にいるパメラ夫人は赤い石に手を伸ばした。

 ほどなくして、石を中心に赤い光が円状に走る。あれは魔石なのだろう。デュランの儀式で見た魔法陣の役割らしい。


 赤い光は回転しながら中央の石に集まり、光は炎になって、赤い石から吹き上がる炎は、人型になっていく。


「パメラ様が儀式を……?」

「そういえば我が家はお母様は儀式に同席しませんでした」


 マリーとティナが小声でそんな話をしていた。

 パメラ公爵夫人はアルベルトの父の妹で、四英雄の一人、炎の剣の英雄の血を引いている。だから自然に見ていたが、マリーの今の声は疑問形だった。

 マリーが疑問って、ゲームではそうじゃなかったってこと……?


 そんなことを考えているうちに、すっかり炎の人型が出来上がった。


「すごい炎ですわね! 人の形?」


 ティナは初めて見る魔法の人型に感動していた。

 このあと炎の剣から光が差してアルベルトのようになったら、きっともっと驚くだろうなぁ。


 私は炎の剣から光が注がれるのを待った。


 ……妙な沈黙と、場の膠着を感じる。

 私がそっと周りを見回すと、私以外の人は、これから何が起きるのだろう? そんな不安と好奇心の目で人型の炎を見守っていた。


 ……あれ? まだ……?

 これ私が水の槍の継承で儀式を見ているから、あのときはすぐさま光が差したから、それで疑問に思うだけなのかな? ん?


 じっとパメラ公爵夫人とレスター公爵を見てみると、何やら首を傾げたり、横に振ったりしている。


 レスター公爵の持つ炎の剣をよく見ると、回りに赤い光が舞っている。

 でも、人型に注がれない。なんだか赤い光は小さく弱々しいのだ。デュランの水の槍の時と違って。


 パメラ公爵夫人はレスター公爵に近づき、二人は目を合わせて頷いた。何やら言葉も交わしていたようだが、私たちの方には届かなかった。

 ローレル公爵夫妻は揃って大きく頷き、炎の剣を二人で掲げた。


 すると炎の剣の周りの赤い光が強くなり、赤い石に集まり、赤い光は人型の炎に向かった。


 光が弾けて散ると、そこにはアルベルトの姿を模した人型、炎のアルベルトがいた。


 ……のだけど……。


 炎のアルベルトは公爵夫妻の方に近づき、レスター公爵から炎の剣を受け取り、アルベルトに向き直る。


「さ、さぁアルベルト。あなた自身に打ち勝って、聖具を手にするのです」


 パメラ公爵夫人は少し口ごもりながらそう言った。

 アルベルトはその言葉に自身の剣を抜いた。


 そして私は一人で疑問を抱えていた。

 なんだろう、あの人形、炎のアルベルト……大きいな? アルベルトよりも。明らかに大きいな?

 炎のアルベルトは、アルベルトを一回りガタイを良くした感じ。アルベルトだってそんなに小柄なわけでもないのに、大人と小学生くらいの体格差がある。


「すごく強そうですね……。でもアルベルト様なら大丈夫ですねきっと!」


 ティナは純粋な目をして見守っている。

 私はなんとなく不安になって、石の舞台から私たちのいる観客スペースまでは十分な距離があるけど、氷の盾を作り出した。

 畳一畳サイズの氷の盾を作り出して、ティナとマリーを内側に誘い込んだ。二人は風魔法と光魔法だから、炎のアルベルト相手の盾は私が作るのが一番いいだろう。


「ねぇ、リンダ様」


 盾に入りながらマリーが小声で話しかけてくる。逆隣のティナは、アルベルトに夢中で聞いていないようだった。

 私も小声でマリーに続きを促す。


「どうしました?」

「デュラン様の時も、同じような儀式でした?」

「儀式は同じようなものですけど……」


 儀式はそう、流れは同じ。だけど。


 アルベルトは苦戦している様子だった。

 炎のアルベルトに近付けずにいるのだ。相手の体格が良いからリーチが違う。

 赤い光が炎の剣の周りでずっと渦巻いているのもあり、アルベルトは防戦一方で近付けずにいる。


「あの、デュラン様のときは、もっとデュラン様でした。リーチが同じくらいでしたし」

「やっぱり?」


 やっぱり?


「ちょ、ちょっとマリー様、なんですか、やっぱりって?」

「もう今は自信なくなってきてるんだけど、たぶん小柄だったと思うのよ、あの相手」

「小柄?」

「ゲームでアルベルト様が、子どもの頃の自分にみたいで懐かしい、って言ってたのよ、確か」


 その言葉に私とマリーは顔を見合わせ、それから二人でアルベルト、いや、炎のアルベルトを見た。


「子供の頃の自分というか……子供に戻ったみたいになってますね、アルベルト様が」

「大きいわよね、あの相手」

「大きいですね。大きく見えるとかでもなく、物理で」


 どうしてなのだろう。デュランの時は同じ大きさだったのに。


 確かにマリーは、炎のアルベルトは本人に及ばないはずと言っていた。

 ノエラだって言っていた。アルベルトは儀式をする側の、レスター公爵の力は超えているだろうと。


 あ、でも、儀式を行ったのは、どちらかというとパメラ公爵夫人だった。

 ……いや、違う。炎の剣から人型に光が差したあのとき。


「二人がかりだったから……?」


 誰にも聞こえないくらいの、ひとり言くらいの呟き。それでもマリーは聞こえていたようで。


「ねぇ、デュラン様の時って、侯爵夫人もいた?」

「いいえ、オーディン侯爵一人でした……危ない!」

「きゃあ!」


 ティナが悲鳴をあげた。

 炎のアルベルトが剣を大きく振り、その直線上に氷の盾と私たちがいたため、風圧と振動が来たのだ。

 私は氷の盾を更に厚くした。


「大丈夫?!」

「アルベルト様こちらは大丈夫です。集中してください!」

「でも……」

「危ない!」


 あ。


 パキィッと氷の割れる音がする。

 炎のアルベルトは、私たちを心配してよそ見をしたアルベルトの、その背中を撃とうとした。


 だから私は反射的に、アルベルトの背中をかばうように、炎のアルベルトの前に氷の盾を出した。図鑑くらいの控えめなサイズの。


 炎のアルベルトはそれを割り、氷の破片にぶつかって動きを止めた。


 しまった。これ、邪魔した……?


「アルベルト様、今のうちに体勢を立て直してください」


 マリーが戸惑っているアルベルトに声をかける。


「でも……」

「まだ儀式は終わっていませんわ」


 炎のアルベルトを見ると、足を強く踏みつけた。地面に落ちた氷の粒を砕いている。

 そして、アルベルトを睨んだ。はからずも氷の盾で攻撃をしたのは私だが、炎にはそれがわからないらしい。


「アルベルト様、すみません……!」

「リンダ様は反射的に防御しただけです」

「そうだね、僕がちゃんと戦えていれば、こんなことにはならなかった」


 謝る私、かばってくれるマリー、反省している様子のアルベルト。オロオロとした様子でみんなを見るティナ。目を合わせながら、不安そうに成り行きを見守るローレル公爵夫妻。


 そして、アルベルトを睨みつける炎のアルベルト。


「アルベルト様! がんばってください」

「アルベルト様、魔法です。剣だけでは相手に届きません」


 ティナが応援を、マリーが助言をアルベルトに送る。


「魔法じゃ卑怯な気がして、僕の力で勝たないと」

「卑怯ではないです。魔法だってアルベルト様の力ですわ」

「そうですよ!」


 私の説得にティナも後押しをしてくれた。

 デュランだって魔法を使っていたのに、アルベルトはこの戦いでまだ魔法を使っていない。

 魔法を使うべきなんだこの儀式は。炎の剣を扱うためには、炎も剣も操れないといけない。


 でもデュランだって魔法使ってます! と呼びかけるのも何か違うような……。


 私がそう迷っていると、マリーがアルベルトに呼び掛ける。


「アルベルト様、四英雄と共にあるのは聖具だけではありません。魔法もです。すべての力をもってあなたは儀式に立ち向かうべきです。あなたは炎の剣を継ぎ、炎の剣の英雄になるのでしょう? アルベルト・ローレル様」


 神託のような、予言のような、王女のような、そんな響きだった。


「……そうだね」


 アルベルトは一瞬、私たちの方を小さく振り返ってから、まっすぐに炎のアルベルトに向かっていった。


 そこからは、あっという間だった。


 アルベルトは火魔法を剣にまとわせ、リーチが違う相手の懐に潜り込み、そのまま、炎のアルベルトに剣を突き立てた。


 アルベルトは本当に、四英雄の直系だと、この世界の主人公だと、そう実感した。


 こうしてアルベルトは、見事に儀式を成功させ、炎の剣を継承した。

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