8 憧れの魔法をこの手に。
休憩になって、温かい紅茶を飲んで一息ついて気づいた。疲れてたなぁ、私……。
これがMPが減っている状態なのだろう。現実はゲームみたいにステータスが見えないからわからないけど。
私の魔力が少ないんだろうか? それともいろんな魔法を、属性の違う魔法を使おうとしたからだろうか?
というか、属性が違うのだろうか? さっきのデュランの反応はなんだったんだろう。
「リンダは火属性じゃないんだね、少し残念だな」
「はい?」
「火属性だったら僕がいろいろ教えてあげられたし、魔導書もあげたのに」
「あぁ……火の魔導書ならバーチ家にもありますわ……」
いらない。魔導書なんて高価なものをさらっと渡されても困る。ほんとに火属性じゃなくて良かった。
「リンダ様は水属性ではないのですか?」
ビスケットをつまみながらティナが私に問いかけてきた。それならデュランに聞いてほしい。
私も自分でやってみても、火や風よりは水はスムーズにできたような気がする。ただそれが属性によるのか、魔導書を使うことに慣れてきたのかの区別がつかない。
「どうなんですか?」
もう一度ティナが聞いてくる。なんでデュランに聞かないの? そしてなんでデュランも答えようとしない?
「あの、私はわからないのですけど、全属性試したら、はっきりとわかるものがあるのでしょうか? 単純な魔力量に左右されたりはしないのですか?」
とりあえず全体に話しかける。
アルベルトは私の言葉を受けて、デュランを見たが、デュランは目を伏せていたのでアルベルトの視線には気付かない。
アルベルトはデュランが特に口を開く様子がないのを確認してから話し出した。
「リンダは、治癒と、火と風と水を使ってみてどうだった?」
「どうだった……とは?」
「どれは疲れたとか、どれはあまり疲れなかったとか、そういうのはなかった?」
「治癒が一番疲れました。緊張もありましたし……。水はそれほどでもありませんでしたわ、慣れてきたのかと思ってましたけど」
それ以外に表現しようもない。合っているかもわからない。感覚とかじゃなくて、鑑定士とか、そういうステータス見られる人とかはいないのだろうか。
「うーん、多分ね……デュラン様、こういうのって言っていいと思いますか?」
「難しいですね」
私に何か言おうとしたアルベルトは。方向転換してデュランに問いかける。デュランの返事はそっけなくて、もしかして私は二人に何か気を使わせているのだろうか?と心配になる。
「アルベルト様はどう思います? リンダ様は水属性だと思いません?」
ティナはひたすら水属性を押している。アルベルトの婚約者候補から消えて欲しいのだろう。
まぁ私としても、自分がアルベルトと婚約することはないと知っているのでそれは別にいいけど。
ティナは、他の攻略キャラクター全員の親愛度が低くないと、アルベルトが誰とも婚約できない場合じゃないとティナとは婚約できない。らしい。
そして私はアルベルトと攻略キャラクターの親愛度はガンガン上げていきたいので、ティナからの攻撃は甘んじて受けましょう。ごめん。
「休憩後は、湖の方に行ってみませんか?」
「え?」
「場所を変えてみましょう」
デュランがそう提案した。何か思うところでもあるのだろうか? そう思いながら黙って首を縦に振った。
一方、ティナは私の魔法属性探しに飽きてしまったようだった。火属性じゃなくて安心したのかもしれない。
「わたしも、魔法の練習がしたいですわ。アルベルト様、休憩後はわたしの魔法の練習に付き合ってはいただけませんか?」
「でもリンダが」
「リンダ様は、俺がみますよ」
アルベルトはそう言われてしばらくデュランを見たあと、私とデュランを交互に見て、少し考え込んたようだった。それほど長くない沈黙のあと、吹っ切れたようにアルベルトは言った。
「そのほうがいいでしょうね。リンダ、がんばってね」
大して知らない人と二人で頑張る魔法属性探し。頑張ります、と笑顔で答えられただけで、よしとしてほしい。多少ぎこちない笑顔になるくらいは、よしとしてほしい。
そうして、休憩後に私はデュランと二人で湖の側にやってきた。
「あの、デュラン様、水魔法を見せていただけませんか?」
水魔法の魔導書をデュランに差し出し、お願いする。私はまだ水属性を諦めていなかった。
「構いませんよ。では、少し離れていてください」
デュランはそう言って、私が少し距離を開けたのを確認してから、魔導書を開いた。右手を中空に向けたまま、一言だけ口にした。習得した魔法は起動の言葉だけでいいらしい。
「ウォーターボール」
デュランの右手に水が集まる。心なしか湖の水も巻き込まれているように見える。あ、地形効果って実際にはこうなるのか! とエタロマのマップを頭に浮かべた。まぁこの場所は多分マップにないんだけど。
集まった水はかなり大きい球状になった。私一人くらいなら飲み込めそうだ。
「わぁ……」
デュランが指先を伸ばすと、その動きに従うかのように、水のボールは動いて湖の方に向かっていく。デュランが指を鳴らすと、湖の上で水球がはじけた。
「わぁ……すごいですわ!」
「水の属性ですから」
「属性があうって、あぁいうことなんですね……それだとやっぱり私は、水属性ではないんですね……」
手応えもあったし、アルベルトと婚約しない話にもつながるのになぁ。そう考えて少ししょんぼりした。
その私に、一冊の魔導書が差し出される。
「属性ですが、もしかしたらこれじゃないですか。リンダ様は」
まだ試してない土・氷・雷の三種のうちの一冊。彼がどうしてこれだと思ったのかはわからないが、差し出された魔導書を見て、それなら納得がいくと思った。
私がアルベルトの婚約者候補から外れた理由。
魔導書を左手に右手を伸ばして呪文を唱える。体が温かくなって、自然と目を閉じてしまった。
デュランが息をのむ音がした。
手の先から感じる冷たい空気。
目を開けると、伸ばした右手の先に、いびつな形をした氷の塊が浮かんでいた。
デュランの水球のように私を飲み込むほどではないけど、私の両手で抱えられるくらいの、いびつな氷の塊。それが宙に、私の目の前に浮かんでいる。
「氷属性ですね、間違いなく」
「氷……だったのですね……」
良かった。
もしかしたら魔法属性が設定されてないのかとも思った。設定に負けるのかと思った。この世界で生きていくための設定がされていないんじゃないのかと。
じわりと泣きそうになるくらいに安心した。潤んだ目を押さえたくて手を動かそうとしたが……。
……この氷、どうしたらいいんだろう。
浮かんだ氷の塊をどうしたら良いかわからない。顔も動かせず、デュランの方を見て助けを求めることもできない。
「これ、ど、どうしたら……」
そう焦りながらも、先ほどの水球を操ったデュランを思い出して、私はそっと指先を伸ばしてみた。
しかし氷の塊は動かずそのままで、私の伸ばした指が氷に触れた。
冷たい。
私が触れた箇所から、氷に亀裂が入った。スローモーションのように感じた。ハンマーで叩いたガラスの映像のように放射状に亀裂が入り、それは氷全体に広がって――。
あ、これ、割れる――。
そう思ったと同時に、腕をつかまれ、引き寄せられる感触がした。
自然と手は氷から離れ、パーンッと弾ける音がした。氷の砕ける音だと気づくまでに少しかかった。
バシャリとポチャリと音がする。氷の欠片が粒が音を立てて湖に吸い込まれる音。
水しぶきが上がるのが少しだけ見えた。
視界のほとんどが、デュランの体で覆われていた。
ゆっくりと体が離れていくのを見て、抱きしめられていたのだと気づいた。
水しぶきから、氷の欠片から、かばってもらったのだと、ぼんやりとゆっくりと理解した。
「リンダ様、大丈夫ですか? 少し濡れてしまいましたね」
そう言ってデュランが私の前髪をなでた。どうやら濡れているらしい。
体はデュランの体に収まっていたからか、なんともない。
デュランの体に収まっていた……? よね……? 私?
「あぁ、アルベルト様たちがこちらに来ますね」
「え?」
見ると確かにアルベルトが、その後をティナが、こちらに向かって歩いてきていた。
今のは見られていただろうか? いや、別に、水しぶきからかばってくれただけだけど、別に何もないんだけど……うん。
「リンダ、大丈夫? 水の音がしたけど、どうしたの?」
「あ、えっと、湖に氷が……そう! 氷です! 私!」
今起きたことも衝撃だったが、そうだ、私は、氷属性だったんだ。
「私、氷属性だと思います!」
「あ、やっぱりそうだったんだ」
アルベルトの返事はあっさりしたものだった。え……? 私の魔法属性ってそんな興味ない……?
「水魔法の適性があったようなので、もしかしたらと思いましたが、氷属性で間違いないですね」
デュランがそう告げる。あれ? ティナは、氷だったんですね! と喜んでいるがアルベルトとデュランは驚いてないな?
「あの……わかってたんですか?」
小さな声で尋ねると、水魔法が火や風より強かったのでその時点で水と近い氷属性の可能性が高いと、アルベルトとデュランは気づいていたらしい。
だけど先に言ってしまうと、私ががっかりしたり身構えたりして、純粋に試すことができなくなるから、言わないようにしたそうだった。
試しに、と、アルベルトとデュランがそれぞれ氷の魔導書を使って見せてくれた。アルベルトは雹のような氷をいくらか、デュランは、前世でおなじみの製氷皿で作る氷サイズの氷を数粒出現させた。
火属性のアルベルトだけじゃなく、水のデュランでも、近い属性でもこんなに差があるのか。
念のために、慣例的にと、土の魔導書と雷の魔導書も試した。
土は、手のひらくらいの範囲で地面がぽこっと盛り上がった。数センチくらい。アルベルトが試しに使って見せてくれたが、地面の盛り上がりは同じ程度だった。
雷は、理科の実験のような細い電気が二本ほど浮かんで消えた。雷は火属性と近いらしく、今度はティナが試して見せてくれた。同じ程度の電気が見えた。
間違いなく、私は氷属性だった。
「氷属性で間違いないのですね!」
ティナは嬉しそうだった。
氷属性を持つ私は、火属性の、炎の剣を継ぐローレル家のアルベルトの婚約者にはなれない。
「そうだね、リンダは氷属性か、うん……」
つぶやくようなアルベルトの声がした。そっと顔を覗き込むと、何かが吹っ切れたような表情で微笑んだように見えた。
「学園で戦闘訓練の時に、一緒のパーティになれると良いね。パーティとしては違う属性の方がいいよね」
そう言って、アルベルトはいつも私に見せる太陽のような笑顔を見せた。