13 無駄じゃないと信じて。
私とマリーはいろんな話をした。
いろんな話が出るうちに、ふと、どうしても気になって、シャーリーの恋愛についても聞いてみた。
アルベルトの攻略対象キャラクターのオリビアはクリス、クローディアはカイル、ノエラは第三王子のヒースクリフとの関係が進んでいるから、シャーリーはアルベルトだけで良いのか、それとも彼女にも相手がいるのか気になってしまった。
「あぁ、シャーリーは、お兄様……第二王子よ」
「第二王子? ラインハルト殿下ですか? お茶会では特に何も、って聞きましたけど」
「お茶会は無難に過ごしたそうよ。お兄様も婚約者がいないのにヒースだけってわけにもいかないからね」
「え? なにか、想う方がいらっしゃるとかですか?」
しれっと恋愛に走りがちなこのゲームならやりかねない。そう思って言ってみたが、マリーは小さくため息をついて、首を横に振った。
「魔力なしなの、ハルト兄様。だから王位継承権も返上予定だし。だけど、今は言えないでしょ。第二王子に光の魔力がないなんて。もうすぐ闇色の竜が復活するだろう、って時代に言えないから」
驚いて、一瞬声が出なかった。
そうか、魔法は遺伝しないのだから、王族でも、王族だからって必ず光魔法が約束されているわけではないよね。
「シャーリー様は、明るくて一緒にいると元気の出る方です。それに、魔法属性で人を判断しません。きっと、ラインハルト殿下も彼女を好きになりますわ」
「そうね、闇色の竜に怯える時代が終わったら、きっと」
マリー曰く、シャーリーと第二王子ラインハルトとのストーリーは課金で読めるようになるらしい。というか、課金でしか読めないらしい。
このゲーム、視点となる主人公が男性だから、ターゲット層は男性かと思っていた。戦略シミュレーションあるし。だから課金で読めるストーリーも男性向けに描かれているのかと思ったら、大体が、がっつり恋愛の話だそうだ。
まぁ、女性のがストーリーに対して課金するイメージだよなぁ。男性だと強さアップに課金しそう。偏見かもしれないけど。
とにかく、シャーリーにも相手がいた。
「え、そうすると、アルベルト様の恋愛相手って、もう残ってないのでは……? ティナ様ですか? でもティナ様とアルベルト様の組み合わせって、すごい難しいコースか、バッドエンドですよね……」
アルベルトは今のうちには強くなれない。アルベルトに応じて闇色の竜のレベルが上がってしまうから。今のうちは親愛度を上げていて欲しい。でも相手がいない。
いや、シャーリーは第二王子じゃなくアルベルトのもとにいってもらう? でも魔力なしの王子がシャーリー以外に相手を見つけられる?
ぐるぐると考えていたら、マリーが自分の胸にそっと手を当てた。仕草からドン、と胸を叩くつもりでいたのかも知れないが、染みついた王家仕込みの所作がそれを許さなかったように見えた。
「私じゃないかしら? アルベルト様の恋愛の相手は」
「あぁ……え、マリー様とアルベルト様がくっつくのって、二周目で攻略対象全員の親愛度が上がっていて全員フラグが立っているハッピーエンドの場合ですよね」
マリーも確かにアルベルトと婚約する可能性はある。
だけど、それは一度クリアして二周目以降が前提条件なのだ。あとは全員の親愛度が高いこと。クリアしてない私でも知っている。
そしてマリーも私も知っている、現実に二周目はないことを。
「逆に考えるのよ」
「逆に?」
「私とアルベルトがくっつけば、みんなの親愛度も上がったことになるし、クリアの条件満たすんじゃない?」
「いや……」
そんなことあります? そう言おうとして、ふと立ち止まった。
急に言葉を止めた私を、マリーが首を傾げて覗き込む気配を感じた。
半分ぼんやりとした気持ちで、ひとり言のようにつぶやいた。
「そうであったら良いですね……。もしそうじゃなくても、何も失うこともないですし」
「うん。やっぱり、希望は持ちたいでしょ」
持ちたいですね、と私が笑って、そうだよね、とマリーが笑った。
前世ではきっと年齢も環境も違いすぎて、私と彼女は会うことがなかっただろう。
この世界でも、本当なら第二王女と伯爵令嬢がアフターヌーンティーを共にすることなんてなかっただろう。というかアフターヌーンティー自体も。
前世の記憶があって、私たちは出会って、今この世界で生きるために、私たちはつながった。そのことが少しでも、明るい未来につながって欲しい。
「大丈夫ですよ、安全ですし」
「私が女子寮を見てみたいだけ」
夕方になり解散の時間。マリーはなんと、私を女子寮まで送ると言い出したのだ。
恐れ多いからいいと言ったのだが、一人で帰らせたくない、何かあったらどうする。と、どうしても引かなかった。
途中の私の様子が心配をかけたのだろう。自分の死に方がわかってしまった。しかも近い未来だった。そうわかったあのときの私は、相当動揺していた。
でも今は、その後ゆっくり話もできたし、少し落ち着いている。前世の私だったら自暴自棄になって、もうどうでも良くなっていたかもしれないけど。
「マリー様。私、リンダ・バーチで良かったです」
「……どういうこと?」
「まぁ最初は、平凡な何でもないキャラクターで、周りを華々しいメインキャラクターに囲まれて、人の恋愛を助けて、それでいつの間にか最後に死んでるとか、本当に? って思ったのですけど」
「うん」
「前世の記憶を取り戻してからも、私の記憶は中途半端で、この世界で役に立つような知識とかもなくて、アルベルト様の恋愛もあまり助けられてないし、自分がいる意味もよくわからないし、なんだかデュランの婚約者になるし、どうしたら良いの? って思ったのですけど」
「……うん」
マリーは多分何か言いたいこととかもあるのだろうけど、それでも静かに私の話を聞いてくれた。
「前世は私、両親を早くに亡くしたし、兄姉もいないし、友達も数えるほどで、彼氏もいなくて、人との付き合い方が下手で、ずっと一人で、居場所もなくて、ずっと淋しかったのですよね。淋しいって言える相手もいなくて……あ、ただ、体はすごく頑丈だったので、こんなことで弱音を吐いて申し訳ないのですけど……」
話している途中で、マリーが神妙な顔になっていることに気がついた。ずっと病気で苦しんでいた彼女に、こんなこと、申し訳ない。
そう思っていると、彼女はうつむいたまま、唇を動かす。耳を澄ますと、そんなことない……とつぶやいたように聞こえた。
「え?」
「それは、そんなことないと思う」
「そんなこと?」
「淋しいって、辛いよ。私、前世の病院でたくさん見たもの。居場所がないなって思ったら、人って、みるみる弱るの」
「……そうですよね」
マリーが言ったことが単なる感想か、私を励まそうと言ってくれたのかはわからない。どちらにせよ、私にはありがたかった。聞きたかった言葉だった。
「このゲームにならうわけじゃないですけど、やっぱり、誰かと親しくなるって、力になりますよね」
「そうだと思う」
「アルベルト様の幼なじみで、デュラン様の婚約者で、その私が死ぬわけにいかないじゃないですか。私が死んだら、アルベルト様とデュラン様は苦しむと思うし、きっとシャーリー様もノエラ様もオリビア様もクローディア様も泣いてくれると思うし、クリス様もカイル様も、家族も、マリー様だって、悲しむでしょう」
「当たり前じゃない。絶対に死なないで欲しい」
即答だった。あまりに即答過ぎて、少し笑ってしまった。
「死なないですよ、一人じゃないんですから」
「うん」
「まぁもしかして私の死をバネにアルベルト様がパワーアップするとかだったら申し訳なかったのですけど、そんな展開じゃないとマリー様のおかげでわかりましたし」
「そう、ないからね、そんな設定。隠してるわけじゃないわよ」
「そうですね。このゲーム、あまり悲しみをバネにしない気がします。だから、私が死ぬなんて、きっと無駄死にです。みんながいるから、私は生きます。私、リンダ・バーチで良かったです」
「……私も、前世の記憶があるのがあなたで、リンダで良かったと思うわ。もしあなたが何も知らなかったら、対策を話し合うこともできなかったもの」
マリーは、少しだけいつも通りのいたずらっ子のような口調に戻っていた。
「あと、あそこにいる彼も、あなたに前世の記憶があって良かったと、そう思っていると思うわ」
「え?」
マリーの言葉が指し示す方向を見ると、そこにいたのはデュランだった。
目が合うと、足早に私たちの方に向かってきた。
まだ街中で、学園までは少しある。どうしてこんなところにいるのだろう。街へ行こうとしてたのだろうか。
わからないけど、駆け寄ってくるデュランを見て、私は先ほどから、なんだかとても彼に会いたかったのだと、そう思った。




