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30 女子たちのお茶会の話題は。

「それでは、アルベルト様には今は、婚約者候補はいないのでしょうか……?」


 そのクローディアの問いかけに、私とオリビアは顔を見合わせた。

 アルベルトに婚約者はいない。だけど、婚約者候補、と言われるとどうなんだろう? そもそも私だって自分がアルベルトの婚約者だとは思っていなかったし。もしかしたらシャーリーは婚約者候補だったりするのだろうか?


 私はそう思ってオリビアを見たが、オリビアはたぶん、私が答えるだろうと思ってこちらを見たのだろう。わかる。オリビアはそれほどアルベルトに詳しくないし。クリスとの関係からすると、オリビアって攻略キャラクターで一番アルベルトとの親愛度が上がってないかも。

 そんなことを思いながら、私がありのままに答える。


「アルベルト様に婚約者がいないのは確かです。ただ、婚約者候補とする方がいるのかは、正直わかりかねます」

「そう、ですよね」

「あの、でも、少なくともアルベルト様からはそういった話は聞きませんし、例えばその、候補の方とお茶会を開いたり、という様子もありませんわ」

「そうなのですか。あの、学園では、皆さま仲が良いのですよね?」

「えぇ、お昼は大体一緒に取っていますし、あ、クローディア様も今後はご一緒しましょう?」

「いいのですか?」

「もちろんいいと思いますわ」


 クローディアは興味津々といった様子で話を聞いている。え、クローディアって、すでにアルベルトに興味津々なの?


「ねぇ、クローディア様?」


 ハーブティーとお菓子を楽しんでいたマリーが、クローディアに呼びかけた。


「はい」

「クローディア様はアルベルト様をどう思っているの?」

「……え?」


 直球だった。この直球は正直ありがたい。


「あの、私も気になっていたのです。夕食の席でご家族もアルベルト様を気にされていたようでしたし」

「私も気になります」


 私とオリビアがマリーに加勢する。


「そうですね……気になっては、います」


 クローディアはそう言って、両手で頬を包み込む仕草を見せた。この可愛さ、可憐さ、守ってあげたくなる雰囲気。やっぱりメインキャラクターだけあるなぁ……。

 そのクローディアの様子に、わあっと私とオリビアが盛り上がろうとした。その時、赤くなった頬を押さえたままで、クローディアは口を開いた。


「アルベルト様は、成績優秀なのですよね?」

「「え?」」


 私とオリビアの驚きが重なる。

 頬を押さえていた手を外したクローディアは、真面目な顔をしていた。急に、まるで明日までの仕事のタスクに昼過ぎに気づいたかのような真面目な表情。


「リンダ様、オリビア様。私、学園生活が気になっているんです」

「あ、えぇ、不安よね」


 異例の途中入学だし。クローディアは今は辺境伯令嬢とはいえ、もともと男爵令嬢だし。学園も、学園独特の社交界じみた雰囲気もわからなくて不安だろう。


「学園の授業とはどういうものでしょうか? 勉強はどのような内容ですか? 魔法は? 武器を扱う授業もありますよね?」

「えっと、うん。説明するわ。だから落ち着いて?」


 にしても、なんだか不安の方向が、思っていたのと違うような?


「アルベルト様はお二人の成績はとても良いと仰ってました。オリビア様は総合一位で、リンダ様が筆記一位だと、どのような勉強をしていますの? 優秀な成績を収めるコツとかはあるのでしょうか?」

「落ち着いて?」


 クローディアの勢いに、私もオリビアもマリーですら驚いていた。うん、マリーも目を見開いているもの。


 そして思った。これは、クローディアは、もしかしてアルベルトに対して恋心みたいなものはない? これは、ゲーム通りに、自分の環境についていくのに精一杯?

 ここにきて、ゲームどおりの設定とかあるの?


「その、失礼でしたらすみません。クローディア様はアルベルト様に対して、例えばその、将来を見越したお付き合いなどは考えていませんの?」

「将来、ですか?」


 きょとんとされた。仕事上でしか付き合いのない同僚に、休日何してるの? と聞いてしまったような、なんですか? くらいのきょとんとした返事だった。


「ふふふっ。クローディア様はまだ婚約者を見つけるのは相当先になりそうですね」」


 そう言ってマリーは笑い出した。

 笑っているマリーにクローディアが真面目に答える。


「婚約者なんて……。それに、アルベルト様のような公爵家の方でもまだ婚約してないのですから、私のようなものはしていなくても問題ないでしょう?」

「確かに、クリス様も婚約者はいらっしゃらないものね」


 そう言って、マリーはオリビアを見た。今ウインクした? と思うくらい、いたずらな目線だった。オリビアは少し照れたような困り眉をしていた。

 私はオリビアを守ろうと、当たり障りのない会話をしようとした。


「そうですね、学園を出てすぐに結婚される方も多いので、在学中に婚約される方は多くはありますが……」

「リンダ様はその予定なの?」

「はい?」

 

 マリーに切り込まれた。遠慮ないな第二王女。


「リンダ様はデュラン様という婚約者がいますものね。アルベルト様の婚約者候補から外れたのもそれが理由なのですか?」


 今度は意外なことに、クローディアに切り込まれた。

 でもそうか、デュランの婚約者になったのはアルベルトの婚約者候補を外れてからだからそれが理由ではないけど、知らないよね。


「アルベルト様の婚約者候補から外れたのは、私の魔法属性は氷だからです。アルベルト様、ローレル家は火属性であることが重要ですから」

「それでどうして外れるのですか?」

「え、その、ローレル家としては、なるべく水や氷属性は混ぜたくないというか」


 そう答えたものの、クローディアもオリビアも、そしてマリー不満そうだ。え、不満そうにされましても。


「それはおかしな話ではありませんか?」


 言い出したのはクローディアだった。そしてオリビアもどうやら同じ気持ちだった。


「魔法属性は遺伝しませんよね?」

「氷属性だからというのは理由になるのですか?」


 クローディアが、オリビアが私に問いかける。

 確かに光属性のクローディアも治癒属性のオリビアも、突然に希少属性だったのだ。魔法属性に親の属性なんて関係ない、遺伝しない。それが二人にとっては当たり前だろう。

 確かにそう。そしてそこまで言われると私も少し不安になってくる。


「え、もしかして、私に問題があったのでしょうか……」

「リンダ様?」

「そんなことありませんわ、リンダ様」

「でも、考えてみれば……氷属性であることがそんなに大きなデメリットだとは思いませんし。私にいたらない点が?」

「他の理由があるのでしょう」


 しれっとマリーがそう言ってくれる。しかし私は気になってしまっている。

 たまに思い出したように引っかかっては私を苦しめる、自分の立ち位置の不安定さ。

 本当にデュランの婚約者であっているのだろうか?

 私の役割は何なのだろう?


 だけどそれをこの場で口に出せない。


「他の理由……。私に至らないところがあるのでないならいいんですけど……」

「ありませんわ、リンダ様に至らないところなんて! それに、リンダ様とデュラン様はとてもお似合いですし」


 オリビアが私を励ますようにそう言ってくれた。


「そうですよ。デュラン様は随分と強くリンダ様に想いを寄せているようですし」


 マリーまで励ましてくれた。


「そういえば、リンダ様はどうしてデュラン様と婚約したのですか?」

「え?」


 クローディアは純粋な質問をしてきた。少しキラキラしている目は、人の恋バナ楽しい。そう言っているように見える。


 どうしてデュランと婚約したのか、かぁ。

 私がデュランと婚約したのは、デュランが私との婚約を望んでくれたから。そしてそれを望んでくれたのは、私がデュランの過去の話を受け入れたからだ。

 お互いに前世の記憶がある。まったく違う前世だけど、前世の記憶を持っているという共通の秘密が、私とデュランの仲を繋いでいる。

 それをどう説明したら良いのだろうか。


「……知り合って、皆で魔法の練習をしているうちに、なんとなくです。気づいたら居心地がよくなっていたのですわ」

「そうなのですね」


 クローディアが微笑んで相槌を打ってくれたので、笑顔で答えた。そうとしか言えなかった。前世の話のことを私は言いたくないし、デュランの前世の話も言いたくない。時々前世のことを相談したい、話を聞いてほしいと思うことはあるけど、それはデュランがいれば十分なのだ。


「なんとなくわかります。リンダ様とデュラン様はとてもお似合いですし」

「見ているとそうですよね、二人にしかわからない、二人しか知らない物語がありそうです」


 え? お似合いだと言ってくれたオリビアには素直にうれしかったが、マリーの言葉は何となく気になった。二人にしかわからない物語がありそう。……深い意味はないのかな? みんなも聞いてキャッキャとしているし。

 うん、何かが引っかかる気はするけど、きっと気のせい。きっと深い意味はないのだろう。うん。



 私たちはそんな他愛もない話をして、何杯めかのハーブティーを飲むほした頃には、まぶたは心地よく重くなっていた。


「そろそろ休みましょうか。皆さまの客室は準備できているかしら」

「はい、お嬢様」

「リンダ様とオリビア様は同室を用意しました」

「ありがとう」


 では部屋に行こうか、メイドに案内してもらおう、そう思ったその時だった。


「リンダ様、少しだけ二人でお話しませんか?」


 マリーが意味深な笑みを浮かべて、私に呼びかけてきた。断るなんてできない力強さを感じた。

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