27 正ヒロインと呼ばれる彼女。
「ホーソン辺境伯家とご縁を結ばせていただきました、クローディアと申します」
初めまして、とお辞儀をする様子は、もう高位貴族の令嬢のようだった。ついこの間まで男爵令嬢だったとは思えない。この短期間で努力をしたのが見て取れる。
銀色の髪はサイドを編み込んで後ろで一つにまとめている。ゲームの彼女は、胸上くらいまでの髪をハーフアップにしていた。あれは学園仕様だったのだろうか。紫の瞳は大きく丸く、アメジストのように輝いている。少しだけ困ったように眉を下げて笑顔を見せるその可憐で儚げな様子。
間違いなく、正ヒロインと称されるクローディア・ホーソンだ。
アルベルトには四人の攻略キャラクターがいるけど、メインヒロインと言われるのはこのクローディアなのよね。まぁ、光属性で、なぜかわからないけど王族の特徴を兼ね備えている、可憐で儚げな美少女。メインヒロインでなければなんなのだ、という話だ。
部屋の正面で私たちを出迎えたクローディアの少し奥に一人の男性がいた。テラスの入り口で出迎える彼をゲームで見たことはなかった。
「ようこそおいでくださいました。当主のディートバ・ホーソンです」
低音のよく通る声。貫録はあるが、四十手前くらいだろうか。銀色の髪に、碧眼。凛々しい顔立ちは当然ながら、クローディアには似ていない。
「どうぞこちらへ。今日は、天気も良いですし」
招かれた私たちはテラスに収まり、一通りの挨拶をした。当主はお茶会に同席するつもりはないようで、後は若い者同士で……的な言葉を残して去っていった。クローディアが学園に早く馴染んで欲しい、という趣旨だから遠慮したのだろう。
見た限り、ホーソン辺境伯とクローディアの仲は悪くはなさそうだった。ただ、お互いどう歩み寄って良いのかよくわからない、そんな気まずさは感じられた。
ゲームではホーソン辺境伯の出番はなく、知識がないので、ちゃんと事前に調べた。
ホーソン辺境伯家は当主のディートバ・ホーソンと妻、二人の間に男子が一人。ディートバ辺境伯は大変愛妻家で、クローディアを引き取るからって愛人を疑われたりはしないほどに愛妻家だそうで、それはとても好感の持てる情報だった。
ホーソン家の妻はもともと侯爵家の三女で、幼少期からディートバと付き合いがあり、穏やかで芯があり、面倒見の良い人らしい。クローディアの引取先としてホーソン家が名乗り出たのは、彼女の意見も大きかったということだった。
クローディアにとっては義理の兄になる、二人の間の男子は、すでに伯爵家の令嬢と婚約しており、父に似て婚約者を大層大事にしているそうだ。クローディアに妙な気持ちを抱くこともなければ、邪険にする理由もない。
総じてホーソン辺境伯家は、家庭内は非常に平和だと事前の情報にはあった。
「どうぞお茶をお持ちしました」
「お茶菓子をありがとうございます。夕食はこちらですべて用意しますが、皆さま好みなどは……」
うん。使用人たちもよく動いていて、クローディアにもぎこちないところはない。男爵家から養女になった令嬢が伯爵家でいじめに合うなんて、転生モノのテンプレ事情はどうやら起きていなさそうだった。
「このパウンドケーキ、絶対クローディア様も気に入りますわ。さぁさぁ、皆さまいただきましょう?」
マリーはこの館の女主人かと思うくらい馴染んだ様子だった。すごいね王族? 茶色の髪でなければ王族としてここにいるのかと思うくらいだよ?
クローディアは、マリーがこの国の第二王女だとわかっているのだろうか? それが少し気になったが……。
「本当においしい……」
「でしょう? お店でのケーキもおすすめなの。今度一緒に行きましょう」
「ぜひ」
「あ、リンダ様やオリビア様もぜひ」
「ぜひご一緒させていただければうれしいわ、ねぇオリビア様」
「えぇ。学園の帰りでも良いし……。あ、マリー様は学園には通っていないのでしたっけ?」
「ふふ、まだ通う年齢ではないの」
いや王族は基本通わないよね学園に。とツッコむわけにもいかないので、ニコニコと話を合わせる。ケーキおいしい。
「マリー様はおいくつなのですか?」
「アルベルト様たちの二つ下ですわ」
「あぁ、それでは妹と、ティナと同じ年ですね。学園でよろしくお願いします」
「ティナ・マグノリア様ですね。ぜひ仲良くしたい方ですわ」
通わないからって、学園でよろしくの返事を避けたな今。
この会話で確信していた。クローディアはマリーの正体を知らない。そしてさっきから無口になっているクリスはどうやら気づいている。ゲームの知識もないはずなのに、さすが四英雄家の次期当主の年長者だ。たまにクリスが私に目線を送る。しかし私の隣のデュランが気にしてしまうし、その目線を私にはどうすることもできないので、あまりクリスの方は見ないことにした。うん、仕方ない。ケーキおいしい。
和気あいあいとしたお茶会。メインのケーキを食べ終え、焼菓子を片手にお茶を楽しむ時間になって、アルベルトが隣のクローディアを優しく見た。
「とても落ち着いていて居心地のいいお屋敷ですね。もうこちらでの生活は慣れましたか?」
優しく、親しみやすく話しかける。
このあたりはやっぱり、主人公ぽいのよね。クリスやデュランでは堅苦しいし、オリビアや私ではぎこちなくなってしまう。
「はい。あの、大変恐縮なのですが、私のことは、どのように伺っていますでしょうか」
その優しさに少しだけ甘えるかのように、クローディアはおずおずとアルベルトに尋ねる。
「元は男爵家に生まれ、光属性だとわかったことでホーソン辺境伯に引き取られたと聞いています」
アルベルトが穏やかに答える。今アルベルトが口にしたのが公にされている情報のすべてだ。それ以上のことは私たちにもわかっていない。どうして光属性なのか、王族のような髪と目の色なのか。ゲームをやっていた私ですら知らない。
「不思議ですよね、光属性だなんて。それに髪も目の色も。きっと不義の子だと思われますよね」
透き通るようなソプラノが震えていた。うつむいていて紫の瞳は見えないが、濡れているのかもしれない。
クローディアのそばにいるメイドがガチャリと茶器の音を立てる。『失礼しました』と慌てる彼女を咎めるものは誰もいない。誰だって動揺する。本人が一番落ち着いている。こんなふうに言い出せるのも本人だけだろう。
この話は、クローディアの抱えているものは知っていた。アルベルトとの親愛度が上がってから話すはずだったが、アルベルトの成長具合からこうなることも何となく予期していた。
*
もともと私は、ダフニ男爵の娘として生まれ、クローディア・ダフニを名乗っていました。父と母とまるで違う、銀髪と紫色の目を持って生まれました。
――まるでお姫様みたいだな――。
父はそう言ってかわいがってくれました。
我が国のものなら誰でも知っているとおり、王族には金や銀の髪の方が多く、瞳は紫や碧色の方が多いです。もちろん、王族以外にもその特徴を持つものはいます。アルベルト様のように。
私もそうでした。
銀色の髪と紫の瞳の両方を持って生まれた私は、まるでお姫様みたいだと。そう言って、黒髪に茶色い瞳の両親は、私をかわいがってくれました。幼い頃は……。
男爵家とはいえ、貴族です。王立学園に入学する予定となっていました。もちろん学園では、魔法を学ぶこともわかっていました。学園に入学する前に、魔法属性がわかった方が良い。多くの貴族がそうするように、両親は私の魔法属性を調べ始めました。
私が、火も水も風も使えないとわかったあたりから、少しずつ父は、母も、焦りはじめました。氷も雷も使えず、土も使えなかった。父が知り合いのつてをたどって、頼み込んで、苦労をかけて、せっかく使わせてもらったのに。
父はそれでも諦めませんでした。母は半ば諦めていました。両親はどちらも、私が魔力なしではないか、それを心配してくれていたそうです。
母がホーソン辺境伯と縁があったため、ホーソン辺境伯を通じて治癒を試しました。
それでも、魔法属性が見当たらず、私を見たホーソン辺境伯がローレル公爵に頼み、私は、光の魔導書を試す機会を与えられました。
私の魔法属性は、光でした。
私の魔法属性がわかった父の第一声は、誰の子だ、でした。私ではなく、母に向けて。私には何もいいませんでした。ダフニ家の経済状態が、その時良くなかったのもあったのかもしれません。魔物が出没して、作物の収穫量が下がっていたので。私の魔法で魔物を遠ざけることはできましたが、皮肉にも、父も遠ざかってしまいました。
銀髪と紫の目と光の魔法を使うものが、自分の娘であるはずない。不義の子なのだろう、と――。
父は、もう、母と私と一緒にいることを望みませんでした。ダフニ男爵でいることすら捨てました。
爵位を返上する手続きを進めているところ、ローレル公爵と、ホーソン辺境伯が私と母を気にかけてくださって、それでダフニ男爵領はローレル公爵家に、私と母は、ホーソン辺境伯に面倒をみてもらうことになりました。
「アルベルト様には、ローレル公爵家には本当に感謝しています。こうしてお会いできて良かったです」
「僕は何も。義叔父の、ローレル公爵のおかげですから」
アルベルトはそう言って控えめに微笑んだ。話を聞くみんなの様子から、光の魔導書をクローディアに使わせたのはローレル家だということは、アルベルトだけが知っていたらしい。ゲームで知っていた私も、みんなに合わせて驚いた。
こんなに出会ってすぐにこの話をすると思ってなかったので、その点については私も本気で驚いていたが。
アルベルトは引き続き、優しい声でクローディアに話す。
「ただ、少し、申し訳ないとは思っていたんです」
「アルベルト様が? どうしてですか?」
「血筋や魔法属性にとらわれずにいられたら、と、そう思ってしまうときがあるので。僕はあなたから自由を奪ってしまったのではないかと」
このセリフ、あったっけ? ゲームや漫画でしか聞かないようなセリフだな。ぼんやりとそんなふうに考えた。そんな言葉を口にしたアルベルトの表情は、幼なじみなのに、ゲームでずっと見ていたのに、なんだか知らない目をしていた。
「アルベルト様……」
クローディアがそっとつぶやく。
家柄の変化、光属性という希少さ。周りの取り巻く環境の急激な変化についていくのが精一杯で、恋をすることも考えていないクローディア・ホーソン。
そんな設定だったが、ここでもやはり、アルベルトの親愛度は、すでにかなりあがっているように私には見えた。




