表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/83

24 ケーキと紅茶と恋バナを。

 真剣に向き合った結果、私はリンゴのクランブルケーキ、オリビアはオレンジケーキ、飲み物は二人とも銘柄は違うがストレートの紅茶を注文した。奥のカフェスペースに行くと、私たち以外は女性二人組が一組だけで、ゆっくり話ができそうだった。


「つい食べたいものを選んでしまったわね……」

「そうですよね、手土産の味見なら、パウンドケーキとかクッキーとか日持ちするものでしたよね……」

「ほら、ケーキが美味しい店はきっとクッキーも美味しいわよ……。一応店員さんに手土産のおすすめも聞いたし、大量注文の予告はしたし……」


 欲望にかられた言い訳をしていると、ケーキと紅茶が届いた。届いたらとりあえず食べる。それはもう仕方ない。


「美味しい……!」

「本当に、私も食べるのは初めてです。これは評判になるのもわかります」


 バーチ家でもケーキは出てくる。ランチの時にパーム家やウィロー家が焼菓子を持ってきてくれたりする。前にオリビアに作ってもらったケーキも美味しかった。

 でも、これはちゃんとお店の味って感じだ。しっかりと万人受けするような洗練された味、ちゃんとしたデパ地下のお店のスイーツみたい。だけど手作りの温かみと素朴さがある。まぁこの世界、菓子作りの自動化はされてないから手作り感はどれだってあるんだけど。これならクローディアも気に入ってくれるかな?


 私とオリビアは目の前のケーキに真剣に向き合い、紅茶を飲んで一息ついた。

 もう心置きなく話ができるようになったと確信してオリビアを見ると、小さくうなずいた。だから私は、真っ直ぐにオリビアの目を見て一気に質問をした。


「それで、どうして治癒の魔導書をクリス様から? え、二人で会っているんですか? もらったのですか? 治癒の魔導書を? お二人は今どのような関係です? いつから親しくなったのです?」

「落ち着いてくださいリンダ様」


 落ち着くためにも私たちは紅茶を追加注文した。オリビアは遠慮しそうだったが、喋らせるからとさせなかった。追加分が来るのを待たず、私はオリビアに『それで?』と問いかけた。


「ええと、あれは、初めての課外授業が終わった時期です。あの、あの頃はリンダ様とお話しする時間がなくて。リンダ様は、その、デュラン様がお昼を一緒にとらなくなって、あの、忙しそうで……」

「ごめんなさいね、あの時期はみんなでは過ごしづらかったわよね」

「いえ、その、私が気にするのもおかしな話ですし……」

「ううん、みんな気を使ってくれてたのがわかるし、うれしかったわ」


 あの時期かぁ。まぁデュランがノエラと一緒だったし、真意もわからなかったし、見捨てられた婚約者だったよね傍から見たら。実際そういう風に見る目も学園にはあった。四英雄は目立つからすぐに話題をさらうのだ。あの時期にアルベルトやみんなが、常に私のそばに誰かがいたのは、私を心配して、守ってくれていたのだろう。

 オリビアは少しの気まずさを払拭するように追加注文した紅茶をカップに注いだ。


「あの、リンダ様がなんともないような顔をしていたので、デュラン様のことを信じているのだろうと思っていたのですが」

「えぇ、まぁ、うん。そうね」

「それでも勝手に、相談するのは良くないと遠慮してしまって」

「相談? ごめんなさい、気づかなかった。オリビア、何か困りごとがあったの?」


 私としたことが、メインキャラクターの困りごとに気が付かないなんて支援キャラクターの名折れだ。


「あの頃、私は図書館近くの中庭で、剣の練習をしていたのです」

「剣を……?」

「はい、私は魔法で戦えないので」


 課外授業は、戦闘訓練だ。魔法も使うが、物理攻撃もある。シャーリーだってよく弓を使う。私は魔法ばかりであまり使わないけど槍は持っている。オリビアも確かに、最初の課外授業で剣を持っていた。

 治癒属性のオリビアは、魔法では戦えない。まだ課外授業でオリビアが危ない目にあったことはないが、身は守れた方がいい。魔法で戦えないなら武器を持つ必要がある。だけど……。


「オリビアの剣って、割と重そうだったわよね?あれ、男性用?」

「家にあったのが、あれしかなかったのです」


 そうだよね。オリビアは一人娘だし、裕福でもないし商売で武器を取り扱うこともないエルム家に、オリビア専用の武器なんてないよね。女性用の細身の剣ではなかった。


「あの剣って、オリビアは扱えるの?」

「いいえ、重くて……。それでも、私の課外授業用に武器を買うのも難しいですし。武器の相談をする相手もいなくて」

「言ってもらえれば剣でも槍でもあげたのに……、って、私にそれを言えない状態だったのよね、ごめんなさい」

「いえ、もう解決しましたし」

「それで、それで弓になったの?」


 そう。オリビアは中休み前の課外授業では、クロスボウのような弓を持っていた。シャーリーが工面したのかと思っていたけど……。


「その、持っている剣を使えるようになろうと思いまして、よく中庭で練習をしていたのですが、偶然、クリス様が通りかかったのです」

「偶然、ね……」


 ゲームではオリビアはよく中庭にいた。あの中庭、生徒会室からよく見えるのよね。クリスは生徒会長。たぶん、よく生徒会室にいるのよね。中庭が見えるあの部屋に。


「偶然、クリス様が通りかかったのね?」

「えぇ、偶然。それで……」



『その剣はあなたに合わないな。大きすぎる』

『私はこの剣しか持っていません。あるもので戦うしかありませんわ。好きに武器を買えるような身分ではないのです』

『好きに武器を買えるような身分ではあるが、私は弓しか選ばないな。武器を選べない気持ちは分かる』

『失礼を、いたしました。弓しか……そうですよね』


 ――弓の英雄の子孫に、好きに武器をなんて失言だと思いました。それでも咎められることはありませんでした。


『治癒役のあなたが前衛に出て怪我をしたら意味がない。防御は必要だと思うが、後ろでおとなしく控えていたらどうだ?』

『皆様が傷つくのを、後ろで見物していろと?』


 ――そう言い返してしまったことにも、クリス様は怒った様子もなく、むしろ、優しく微笑えんでくださったのです。


『そうだな……。それなら、武器は弓にすれば良い』

『私は弓は持っていませんし、矢は消耗品でしょう? 費用を気にして使えませんわ』


 ――言い返せば言い返すほど、クリス様はどこか楽しそうでした。


『あるもので戦うんだろう? あなたの目の前に私がある。私が教えよう。矢もいくらでも差し上げよう』

『え……』

『私は、弓には自信があってね』

『そ、そうでしょうけど……そこまでしていただく理由が、あなたのお言葉に甘える理由がありません』

『理由がないと、甘えてはくれないか?』

『え、あの、その』

『フッ……私にはあなたを守れる力がある。あなたは治癒魔法で、癒しをくれる人だ。守るのは当然だろう』



「と、いう、わけで、でして」

「……ごちそうさまです……」


 ケーキを食べ終わってからだいぶ経つが、今言いたかった。


「まだ聞いてください、リンダ様」

「えぇ、聞きましょう!」


 オリビアが楽しそうでよかった。こういう話ならいくらでも聞きましょう。恋愛支援キャラクターの役割とか関係なく、幸せな話なら聞きたい。


「それで、クロスボウをいただいたり、使い方を教わったりしたのです。一緒に過ごす時間も増えたのですが……ただ、その、特に他に何か言われたわけではありませんし、これって、その、クリス様はどなたにも優しい方なのでしょうか……」

「え、そんなわけないでしょ」


 少なくとも私にはそうではない。けど、他の四英雄の子孫の婚約者の私と、妹のシャーリーに対する対応ばかり見ているのだ。比較対象にはならないし、オリビアが不安に思うのもわかる。

 ゲームでもそんな人ではなかったけど、それは言うことができないし。

 ……やっぱり、クリスの課金シナリオか何かでオリビアとの恋物語でもあったのだろうか。何もない相手に治癒の魔導書なんて……。あ。


「あの、治癒の魔導書はどうして? あれほど高価なものを……どういう経緯があったのですか?」

「クリス様に弓を教わっている際に、図書館の本を中休みの間も借りることができるか聞いたのです。中休みの間も治癒の魔導書を使えればと思っていたので、クリス様ならご存じかと」


 そうか、休みの間も魔力を磨こうと思ったら魔導書は必要になる。治癒属性の少なさから、寄付したしオリビア以外に使う人がいないと思ってしまい、気が回ってなかった。


「休みの間も借りるって……できるの? クリス様は知っていたの?」

「はい。預け金を渡せばできるそうです。預け金は、貸し出す本の相場価格の十分の一程だそうです……」

「治癒の魔導書の……一割ね……」


 高級な治癒の魔導書を借りるには、それなりの預け金になる。それはわかるけど……預け金ということは戻ってくるにしろ……。


「それで、諦めようとしたら、次の週明けにはクリス様が」

「次の週明け? そんなにすぐに持ってきたの?」

「はい。これは図書館じゃなくて、あなた個人に贈ると……」


 顔を赤らめてこくんと頷くオリビアを見て、一息つくように紅茶を飲んだ。オリビアも飲んだ。飲み終わって落ち着いたのを見計らって、言う。


「オリビア様、本当に、なんとも思ってない方のために、そんなことすると思います?」 


 オリビアは顔を赤くしてうつむいた。でも私はやめない。たぶんきっと嫌がってはない。ただオリビアのことを考えると、自信はないのだろう。自分がクリスに想われていると思えないのだろう。

 でも、オリビアは素敵だもの。アルベルトの、公爵令息の攻略キャラクターになるほどだもの。自信を持ってほしい。


「治癒の魔導書って、買うのも結構大変なのよ。この街の一番大きな本屋さんで、店員さんに名前を言って別フロアに通されるの。治癒属性じゃなければどうして購入するのか聞かれたり」

「そうなんですか……?」


 オリビアが治癒属性といえど、まぁ知らないわよね。ちょっと引いてるように見える。

 まぁ、いやよね、そんな別室で高価なものを出されるとか。私も、正直もう行くことがないと良いなって思っている。


「もちろんクリス様なら名前を言えば通れるでしょうし、ご自身が治癒属性じゃなくても購入はできるけど、少なくとも、簡単に買えるものではないわ」


 オリビアは感心していた。あとで例の本屋さんには連れて行ってあげよう。別フロアに足を踏み入れはしないけど、敷居の高さとそれに伴うクリスの本気を感じてほしい。


「どうでもいい人にわざわざやるようなものでも、皆に対していちいちできるものでもないと思うわ」


 オリビアは頬に手を当てて、またうつむいてしまった。


「それでも……どうして、私なんか……」


 私はオリビアが攻略キャラクターだと、四英雄の子孫の、主人公の公爵令息のアルベルトと恋仲になるような人だと知っているけど、本人からしたら、没落しそうな男爵令嬢だ。

 それが弓の英雄の子孫の、侯爵家の子息で、生徒会長で、学園成績トップの人に、クロスボウを渡され、使い方を教えられ、超高級品の治癒の魔導書を贈られたのだ。それは簡単に信じられないよね。もともと貴族にいい感情もないし。


 私の気持ちとしては、弓を教えて治癒の魔導書をあげて、ここまでやったクリスが、オリビアをなんとも思ってないとか言ったら、重要キャラクターでも身分が上でも許せない。デュランにもアルベルトにも、カイルにだって文句言ってやる。


「最初から、クリス様はお優しい方でした。それでも、私なんかに、そのようなはずはないと、だから……皆に優しい方なのだろうと、そう言い聞かせていたんですけど……」

「ねぇ、オリビア様の気持ちはどうなの?」

「え?」


 ゲームでは、オリビアはアルベルトと恋愛を育んでいた。でも今のオリビアは違う。クリスを想っているから、臆病になって不安になっているのだ。


 静かにオリビアの答えを待つと、彼女は少しだけ眉を下げて、困ったように微笑んだ。


「私、貴族の方は、特に身分の高い方々は大嫌いでした」

「……うん」

「リンダ様だけです、私を馬鹿にしなかった、軽んじることがなかったのは」

「え?」

「学園で、貧しいんだろうとか、魔法が使えないんだろうとか、そんな風によってくる方があまりに多くて、これが貴族なのかと嫌になっていました。それでも、リンダ様は私に話しかけてくれて、魔導書を貸してくださったのはあなただけです」


 あのときのことは胸が痛む。違うとわかっていて、私の魔導書を使ってみないかと差し出したのだ。氷の魔導書を。わかっていて余計にオリビアを悲しませたあの日のことを思い出して、少しごまかすように笑ってしまった。


「あれは……結局、何にもならなかったわね」

「いいえ、他の方は私に魔導書を触らせることもしなかったのに、リンダ様は私を普通に、同級生として話をしてくださいました」

「たいしたことは……」

「私にはたいしたことだったのです。リンダ様とよく一緒にいらっしゃるアルベルト様とシャーリー様も、最初はお話しする機会はありませんでしたが、私を避けたり、陰口を言ったりするようなことはありませんでした。それで私、リンダ様の周りの方々は、信頼がおけると思っていたのです」


 オリビアは攻略キャラクターだ。私がいなくても、いつかは普通にアルベルトに助けられていたと思うけど……でも。


「ありがとう。オリビアの力になれていたのなら、嬉しいわ」


 嬉しかった。ただ素直に嬉しかった。


「だから私、あの治癒の魔導書を初めて使ったときにあの場にいらした方々のことは信用しているのです」

「うん」

「クリス様もあのとき、あの場にいらして、しかも魔力なしの方が身内にいらしたなんて」

「……うん」


 あれ? これ、私、アルベルトの恋愛邪魔してない?

 本当はあのときに中庭に行くのは、アルベルトと私の二人だけだったのに。シャーリーが、クリスが、デュランがいたから。みんなを信用して。うん。あれ?


 アルベルトの恋愛の邪魔をする恋愛支援キャラクター。そんなことを少しだけ考え込みそうになるが、私の目をまっすぐ見て、オリビアは柔らかく微笑んで言った。


「私、クリス様をお慕いしておりますわ。四英雄も侯爵家も生徒会長も関係なく、シャーリー様に優しくて、いつも穏やかに笑うあの方が好きなのです。家柄も何も釣り合っていませんが、私は、あの方のために治癒の力を使いたいのです」

「……うん」


 もうこうなったら、応援しよう。私がそう決意を固めたところで、パチパチと拍手が聞こえた。私とオリビアが二人してその方向を見ると……。


「素晴らしいですわ」


 ちょっと場違いな拍手。なんとも場違いな存在。そこにいたのは、本屋さんで出会ったマリー様。ゲームでは何度も見ている一周目では攻略できない隠しキャラクター。

 この国の王女、マリーローズ・ホーリーが拍手を送っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ