16 疲れたときは甘いもの。
「実際にやってみましょう。アルベルト様、私が合わせますから、魔法を」
「でも、僕の魔法は未熟で」
「わかっています。私にはあなたを補う力くらいあります」
ノエラの言葉に魔導書を開くアルベルト。
「本来はお互いに対する理解がないと難しいですが、私ならどうとでもできますわ。あぁ、勘違いなさらないでね。あなたが炎の剣の英雄の子孫だから、今回は仕方なく協力しますが、そうでなければ単なる迷惑です」
アルベルトの火魔法は風を受けて大きく燃え上がり、魔物を捕らえた。
「グワァーーーーーー!!」
魔物は消滅した。
「ありがとうございます」
「私がいなければ死んでいますわね。いつまで弱いままでいるのですか? 大概にしてください」
その言葉にうつむくと、地面に赤い魔法石が落ちているのを見つけた。
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そんな感じじゃなかった?
今、前世ノート手元にないけど。たぶんそんな感じだったと思う。
ノエラはゲームでは主人公のアルベルトに呼びかけた。でも、今はデュランに声をかけた。
私がびっくりしているのはゲームと違うからであって、婚約者のデュランが呼ばれたからじゃない。だからシャーリーもオリビアも、私を心配するように見ないで欲しい。
このチュートリアルで連携攻撃をするのはノエラとアルベルトのはずだった。それだけなの。なんだかカイルが近寄ってきたし。ほんとなんなの。
「さぁ、デュラン。あなたの水魔法を」
ノエラに促されたデュランは、水の竜巻を作り上げた。昔、私が見せてもらったものより、それはそれは大きかった。
その水の竜巻にノエラが手を伸ばすと、水はそのまま噴水のように上空へと打ち上がった。
網目状でも水なら関係ない。打ち上がった水は巣を、魔法石を突き上げた。巣は壊れて、赤い魔法石がキラキラと宙を舞う。そして導かれるかのように、アルベルトの方に降りてきて、アルベルトは手を広げて魔法石を受け止めた。
水しぶきがかかってアルベルトは濡れている。
ふと昔のことを、アルベルトとティナの魔法を組み合わせて、デュランを温風で乾かしたことを思い出した。あの温風は穏やかだったけど、この噴水はまったく違う。魔力の強さによるものだろうか。それとも、親愛度の違いなのだろうか。
ノエラがパンッと両手を打ち鳴らした。その拍子にかき消されたかのように、水の竜巻は霧になって消えた。ノエラが風魔法で調整したのか、私たちに降りかかることもなかった。上空には、うっすらと虹が浮かんだ。
「きれい……魔法で出来た虹ですね」
「私の雷魔法でもこんな風に組み合わせられるのかしら」
「治癒魔法の私が言うのもなんですが、雷は難しそうですね……」
そんなオリビアとシャーリーの微笑ましい会話の中、アルベルトはノエラに歩み寄り、赤い魔法石を差し出した。
「ノエラ様のおかげで、赤い魔法石を手に入れることができました」
主人公のアルベルトにそんな風に微笑まれているのに、ノエラはにこりともせずに、アルベルトに視線を返す。
親愛度が上がってないキャラクターって怖い……。そう怯えながら見ていると、ノエラの目は突然、私に向いた。
「私だけの力ではありませんわ。デュランをお借りしてごめんなさいね、リンダさん」
……え? 私? 他のみんなの目も私に向いた。一旦それたと思ったのに……。私みたいな支援キャラクターはみんなに見られることに慣れてない。やめて欲しい。
「えっと、借りるとか借りないとかでもありませんし……。あの、先ほどの魔法の組み合わせ、すごかったです。ノエラ様のように、魔法の扱いに長けていると威力が増すんですかね?」
アルベルトとティナの温風とはまったく違う。魔力か、親愛度か。それとも他に何かあるのか? そう思ってたずねた私を一瞥して、ノエラはデュランの腕を取った。
「魔法の扱いに長けていることは大事ですが、一番大事なのはお互いの信頼関係ですわ。私とデュランのように」
え、ノエラは、アルベルトの攻略対象キャラクターのノエラは、もしかしてデュランのことを思っているの? 今すぐ前世ノートを見返したい。
「ノエラ様」
デュランが困惑した表情をして、ノエラの腕を離そうとしている。ノエラはちらりとデュランを見て、ゆっくりと離れた。
ノエラは確か、弱い人は相手にしないって設定だった。アルベルトもゲームよりはずっと強いけど、それはデュランもそうかもしれない。彼だってしっかり鍛錬していたはずだもの。それでノエラの気持ちはデュランに向いた?
他にも何かあるのだろうか? パーム領の遠征の時とか。
もしかして、課金したら読める物語で何かあったのかなぁ。デュランやクリスやカイル、シャーリーも、オリビアも、ノエラも、私にはない物語がみんなにはあるんだろうな。
リンダは、何か出番はあったんだろうか。今さらもう読むことはできないけど。
そんなことを考えて、腕組みをして考え込んでいたら、耳元に急に人の気配がした。
「大丈夫か? 考え込んで」
「わぁ」
カイルの言葉に静かに驚いてしまった。そして声を上げてしまったので、またみんなに見られた。
みんなに見られる中、『課題はこれで終わりですかね?』と口にしたけど、なんだか非常に弱々しくなってしまった。まるで何かを気にしているみたいに。
なにはともあれ、こうして私たち、いや、アルベルトの初めての戦闘訓練は終わった。
その日の授業はこれで終わりだったので、さっさと帰って前世ノートを見ようと考えていた。週末で明日は休みだし。
「リンダ、一緒に夕食に行かない? オリビアも!」
「いいですね、行きましょう? リンダ様」
明日は休み。二人とも気を使ってくれてる気もするけど、こうやって過ごすのも悪くないよね。
「行きましょう!」
「私、ノエラ様がデュラン様に興味があるとは思えませんわ!」
シャーリーはパンを強めにちぎりながら言う。夕食は王都中心あたりのカジュアルな店にした。妙な客もいないし高すぎたりもしないお店。
シャーリーは自然ともう少し高い店に行こうとしたが、私とオリビアが止めた。おごるわよ? と言われたけど止めた。実際のところ、私の家もそれなりに裕福だし、オリビア一人が肩身が狭いのも嫌だしね。
「私はよく知りませんが、ノエラ様ってどんな方なんです?」
「そうですよね……。シャーリー様は、幼少期にしばらく一緒に過ごしていましたよね?」
「そうなんですか?」
オリビアに乗っかってノエラのことを尋ねてみる。今となっては、ゲームと展開がズレている今となっては、私の知識もオリビアとあまり変わりがない。
「ノエラ様はぜっっったい、アルベルト様のことを狙っていると思うわ!」
その力強さに、私はびっくりしてスープのじゃがいもを思いっきり割ってしまった。まぁ、じゃがいもだし、こぼさなくて良かったけど。
それより私がデュランから聞いた話となんだか違うような。
「あの、当時のノエラ様はそんな感じだったんですか? 私、デュラン様から当時手紙をいただいてましたけど、アルベルト様と親しくはなかったような」
「あれはけん制だったと思うわ、私やティナ様に対しての」
「けん制……?」
「私は当時からアルベルト様を想っていたしね」
「「え?!」」
ゲームを知ってる私も、当時を知らないオリビアも驚いた。まさかシャーリーが最初から、ゲーム開始前からアルベルトを? 現実ってわからないものだなぁ。
「私はアルベルト様が好きで会いたかったし、でもノエラ様も目をつけていたから、お互いにあの人はやめたほうがいい! って言っていた感じなのよね。私がわかるんだからノエラ様もわかってたと思うわ。ティナ様はわからず本当に心配していたけど」
「ティナ様……」
「あの子素直で良い子よね」
なんだかティナが不憫でならない。
考えてみればティナってバッドエンドかすごく難しい皆にフラグを立てないハッピーエンドでしかアルベルトとくっつけないし、ただアルベルトを支援するだけの私よりよっぽど悲しい立場かもしれない。
いやでも、死なないのか。バッドエンドでも。うん。
「あの、素朴な疑問なのですが」
「ん? なぁに?」
オリビアがスープをすくう手を止めて、シャーリーにたずねる。
「あまり接点がないのにどうして、シャーリー様もノエラ様も、アルベルト様を?」
「うーん……」
シャーリーは少し考え込んで、ゆっくりと答えた。
「私たちって、四英雄の子孫ってね、変に近寄ってくる人、多いのよ。仕方ないんだけど、でも時々思うの。私はシャーリー・パームじゃなくて四英雄の風の弓の血を引く駒でしかないんだって。それでも四英雄の家同士だと、そういうことを感じなくてすむのよね」
いつもと違うシャーリーの様子に、私もオリビアも言葉を返せなかった。
「デュラン様はすでに婚約者がいたけど、それがリンダで安心したのよ」
「え、私で、ですか?」
「望めばアルベルト様と婚約できたのにそれを望まないなんて、相当よ?」
「氷属性ですし」
「遺伝しないわよ魔法属性は」
そうシャーリーに言われてしまうと、返す言葉はなかった。黙ってしまった私と、何も言わないオリビアに、シャーリーは明るく言った。
「貴族に生まれたから自由恋愛なんて出来ないけど、好きな気持ち位は持っていたいわよね。リンダもデュラン様も、オリビアもお兄様も!」
「私はそんな……」
オリビアが戸惑いの声をあげる。シャーリーが楽しそうだったので、私は止めなかった。オリビアも悪い戸惑いじゃないしね。
「好きな気持ちは止めないけど……。ノエラ様は、婚約者のいる人に想いを寄せないと思うのよね」
シャーリーはそう言って頬に手を当てる。
確かにノエラはそんな感じだけど、ゲームではアルベルトの攻略対象の一人だし、ないことじゃないのかな。
ノエラがデュランを想っているなら、私はどうしたらいいんだろう。
「リンダ様……?」
「あ、ねぇ、あの人の食べてるの美味しそうじゃない? あんずかな?」
「デザートにフルーツ頼みましょうよ」
二人に気を使わせたくはないし、考え込むのは後で一人でできるし。この場はフルーツと二人に甘やかしてもらうことにしよう。




