4 二人目登場の予感です。
エタロマの舞台は日本じゃないけど、日本人が作ったゲームのせいか、暦や学園の設定はとてもなじみ深い。
貴族は十五歳になる年に王立学園に入学する。それまでは家庭教師とか、まぁそれぞれ学んでくる。学園は三年制で全寮制。伯爵以上の貴族だとメイドを二人まで寮につれてきて良い。平民は違う学校に通うし王族はどこにも通わないので、学園には貴族しかいない。一年間に前期、中期、後期の三期があり、期と期の間には中休みがある。私立高校って感覚なのかなぁ。
この学園で魔法の勉強があることはわかっているし、魔法は貴族のステータスだから、入学時点では大体皆、魔法属性を把握して、自分の魔導書を持ってきている。というか親に持たされている。
魔導書の持参は義務ではない。見栄もあるから大体持参するけど、高級品だし、火や水や風の属性ならともかく、土や雷や氷だと持ってない家もある。治癒や光なら手に入らない場合もある。どの家もアルベルトの家のように、お金とコネクションが豊富にあるわけじゃない。
魔導書がない生徒のために学園の併設図書館に何冊か魔導書を備えてある。見てみたけど、火や水は数冊あったが、氷は一冊のみで、雷は貸し出し中だった。光と治癒は見たことない。だから治癒や光ならまだ自分の魔法属性を知らなくても無理はない。
入学して約一ヶ月、この時期にまだ魔法属性がわからない生徒は、治癒か、光か、魔力なしか。いずれにせよ、いずれにせよなので、少し浮いた存在になっている。
私の隣の席の男爵令嬢、オリビア・エルムは浮いていた。
まぁ、周りと違うって重要キャラクターの伏線よね。うん。
「リンダの隣の席って、いつもいないね」
短い休み時間の合間に私の前の席のアルベルトが振り返ってつぶやく。
「そうですね。授業にはちゃんといらっしゃいますが、休み時間になると教室を離れてしまうのです」
「いつもどこに行っているんだろう」
「気になりますか? オリビア・エルム様のことが」
アルベルトが男爵令嬢を気にするなんてめずらしい。自分に寄ってくる令嬢は遠ざける傾向にあるのに。
寄ってこないと逆に気になるのだろうか。それとも攻略対象をかぎ分ける力があるのだろうか。
彼女が闇色の竜と戦うときのパーティの治癒役のオリビア・エルムだとは知らないだろうに。
「気にしているのはリンダでしょ? さっきも何か話してなかった?」
「えぇ、雷の魔導書と土の魔導書が図書館になかったという話を、少し」
「雷? 貸しましょうか?」
雷属性のシャーリーが魔導書をちらつかせながら言う。
「まだ魔法属性がわかってないのは彼女くらいだよね。だからそんなに気にかけてるの? リンダが自分からそんなに話しかけるなんてめずらしいよね」
「……そうですね」
あなたのせいでね。と心で言う。
そう、クラスでも私が親しくしているのはアルベルトとシャーリーくらいだ。
だって私に話しかけてくる人って、アルベルトが目当てなんだもの。
『リンダ様、よろしかったらお昼ご一緒しません? あ、アルベルト様も一緒ならもちろん一緒に……』
なんてお声がけはしょっちゅういただく。
公爵家のご子息のアルベルトには声をかけられなくとも、伯爵令嬢のリンダなら。幼なじみだしおまけに他に婚約者がいるから安全だし、と。リンダを利用してアルベルトに近づきたいのだ。当て馬にしたいのだ。
『リンダ様、婚約者がいるのにアルベルト様とばかり一緒にいるのはよくないですわ。それならわたくしも……』
なんていうのもしょっちゅう。考えることはみんな一緒だ。じゃあみんなでご一緒しましょう、なんて答えてしまったらキリがない。貴族だから派閥もあるし、あちらの家の者とご一緒したなら今度はあちら……そんなの無理。やっていられない。だからもう全面的に距離を置いている。
それに、そんな風にお声がけをされている間に、シャーリーがやってきて助けてくれる。
「あら、リンダ、アルベルト様が探していましたわよ。一緒に行きましょう」
「シャーリー様、ありがとうございます」
「あ……シャーリー様」
「あら? あなたたち、リンダに何か用がありまして? ごめんなさい、邪魔してしまったかしら」
「あ、いえ、私たちはこれで」
「ごきげんよう、シャーリー様、リンダ様」
そうして切り抜けていた。シャーリーと仲良くなれて、利用するようで申し訳ないが、本当に助かっている。
シャーリーもアルベルト目当てに近寄ってきているご令嬢だけど、四英雄の直系で侯爵家のご令嬢。彼女は良いんですか? なんて文句をつける人はいない。いいに決まっている。彼女がダメなら全員ダメだ。私だってダメだ。
そんなわけで、私が話す相手はアルベルトとシャーリーばかりで、他の生徒とはあまり話もできていない。
だけど、リンダとしてはアルベルトの恋愛を支えないといけない。リンダが死なない明るい未来のために、攻略対象キャラクターとは親愛度を上げて欲しい。
パーティの貴重な治癒役のために。
そして、親愛度が足りないと闇色の竜の生贄にされるらしい彼女のために。
オリビア・エルムとアルベルトを仲良くさせたい。
そのためには、アルベルトをイベントに連れて行かないといけない。
「気になりません? 彼女の魔法属性」
「もし魔力なしだったらどうするの?」
口調は柔らかいが、アルベルトの目は真剣だった。貴族にとって魔法なしは致命的。私は彼女を陥れようとしているように見えるかもしれない。
「オリビア様には図書館の火と水と風、それから私の氷の魔導書も使ってみてもらいました」
「反応は? どうだったの?」
「私もすべてを見たわけではないですが、氷で見た限り、反応はありませんでした。それでも、私にはただの魔力なしとは思えません」
私の言葉にアルベルトとシャーリーは顔を見合わせる。疑わしいからだろう。
魔法は属性が違っていても多少は発動する、近い属性なら特に。
氷属性の私は、火と水と風の中では水の発動が強く火は弱い。その三種で火が強めなら雷の可能性が高い。風なら土。魔法の授業も少ない氷だの雷の為に個別授業はしない。火と水と風の三種で、氷は水と一緒、雷は火と一緒。土と風も一緒。
ただ、治癒と光は火と水と風のどれとも属性がかぶっていないから、その三種を試してもわからない。魔力なしと同じ扱いになる。
私はゲームの知識を使って、彼女が魔力なしではないと言っているだけだ。自然に考えれば魔力なしと見るほうが正しい。
「リンダがそう言うなら全部試してみないとね」
「え?」
「雷はまだ試してないのよね?」
「あ、はい」
「今日のお昼とかに彼女と話してみようか。治癒や光の魔導書を試してないなら僕が役に立てるだろうし。あ、彼女いつも休み時間はどこかに行っちゃうけど、どこに行っているのかリンダは知ってる?」
知ってる。ゲームで予習済みだから。ゲームでも実際、アルベルトに彼女の居場所を聞かれて教えるしね。
「彼女なら、あまり人のいないところにいるのでは? 短い休み時間なら廊下や化粧室でしょうし、昼休みなら中庭だと思いますわ」
「みんなと仲良くしたくないのかな? 話しかけると迷惑そう?」
「そういうわけではないと思いますが……」
オリビア・エルムがクラスで浮いているのは、魔法属性がわからないこともあるが、彼女の容姿のせいもある。
攻略キャラクターだけあって、オリビアは美しい。
シャーリーもすごくかわいいし、アルベルトはもう、それはそれはだし、私の周りは美のインフレが起きているからわかりづらいが、それでもオリビアは確かに美人。
赤い髪を片側寄せに流し、濃く赤い瞳はガーネットのようで、アーモンドのようなきれいな形をしている。同じ年だけど少し大人びて見える、一見するとちょっと近寄りがたい、美人おなじみの冷たく見える顔立ち。そして細い体なのに、一部は豊かな体つき。
それだけの美人で、男爵令嬢。女性からは外見だけとやっかまれるし、男子生徒からは、婚約や結婚を伴わない相手に、と良からぬ心か透けて見えるものも多い。ここは学園、学びの場だっていうのに。学べ。
そういうのもあるから休み時間のたびにオリビアは席を外すんだろうけど、まぁ、アルベルトやシャーリーは、ピンとこない世界かもしれない。
「彼女に冷たく当たる方が多いようですから、あまり人と関わらないようにしているのかもしれませんね」
「え? そうなの?」
「そうなんですの?」
うん、やっぱり。四英雄の子孫は、一般貴族たちの話には疎いのだ。彼らは彼らで、やっぱ住む世界が違うのよね。
「じゃあ、冷たく当たらないように気をつけないとね。リンダがいれば平気かな?」
「そうね、リンダがいるし。今日の昼休みにしましょう」
私はそんな免罪符や印籠じゃないんだけど……。魔力なしじゃないと思う、もあっさり信じてもらえたし、なんで?
シャーリーの言葉の終わりで午前最後の授業のチャイムが鳴ったので、ツッコめなかったし、疑問も口にできなかった。アルベルトもシャーリーも、またあとで、と前を向いてしまった。
チャイムが鳴っている中、オリビアが教室に戻ってきた。 不自然に思われない程度に、美しい横顔を見た。美しくて、少し憂いのある表情。早く治癒属性だと確認したいなぁ……。
とりあえず、今日の昼休みのイベントからよね。アルベルトには申し訳ないけど。
オリビア・エルムも攻略キャラクターなので、最初はアルベルトに対する親愛度は低い。
彼女は一般的な女子生徒と違ってアルベルトに近寄ろうとはしない。というか、ザ・貴族みたいなステレオタイプの貴族が好きじゃない。
彼女の立場からしたら、貴族がいやになるのも仕方ないと思うけど。最初はアルベルトも普通にそういう貴族だと思われて、冷たく拒否されるはずなのよね……。
ごめんね幼なじみ。主人公って大変だよね。
私は前を向いて、教員が入ってくるまでの少しの間、前の席にある金髪を複雑な思いで眺めていた。




