3 彼女の親愛度は高いです。
「挨拶させていただいてもよろしいでしょうか?」
名を名乗り礼をするとすぐに顔を上げるように言われてしまった。気さく過ぎる……。
「そんなにかしこまらなくていいよ。リンダ嬢。きみのことはデュランからよく聞いてよく知っているから。もちろん、アルベルト様のことも」
クリスはそういうと同時にアルベルトに軽く礼をし、アルベルトもそれに応える。
学園の最高学年三年生で生徒会長でもあるクリス・パーム。
入学したての一年生とはいえ公爵家の長男のアルベルト・ローレル。
お互い四英雄の子孫同士だし、堅苦しくなりすぎないちょうど良い挨拶に見えた。なんならちょっと仲良しの、わかっている二人に見えた。
そんな二人を見ている間に、デュランが私のすぐ隣に近寄ってきていた。特に会話をするわけでもないが、いつも通りなので特に気にしない。
クリスは私に近寄るデュランを見て、なんだかにやにやしている? と思うと、口を開いた。
「本当に仲が良いんだな。話はずっと聞いていたが、会えてうれしいよリンダ嬢。シャーリーも会いたがっていたし」
「え?」
シャーリーが私に、ってこと? どうして?
どうしてだろうと聞くためにシャーリーの方を見ようとしたが、続くクリスの言葉に私の体は動きを止めた。
「リンダ嬢からアルベルト様の話を聞きたいってずっと言っていたからなぁ」
「きゃあああああ、お兄様?」
え? え?
シャーリーの悲鳴のような声が聞こえて、アルベルトの話を聞きたい? それはどういう意味で? と思ったときには、シャーリーは一気にクリスに駆け寄っていた。いや、というか、詰め寄っていた。
「お兄様、何を言う気で?」
「かわいい妹の応援を」
「やり方ってものがあるでしょう!」
兄妹のケンカ? が始まったようだ。なんかよくわからないけど止めた方が良いのか……? と二人にそっと近寄ると。
「リンダ! お兄様! ちょっとこちらへ!」
「え、ちょっと、あの、シャーリー様?」
アルベルトとデュランをその場に置き去りにし、私とクリスは生徒会室の中に押し込まれた。
「私だからいいけど、ダメだよシャーリー、生徒会室に生徒を押し込むような真似は」
「お兄様だからやっていますわご安心ください」
いや私。巻き込まれた私は成り行きを見守ろうと黙ってみていた……が、二人とも明らかに裏のある笑顔でお互いを見たあと、二人とも、私に目線を向けた。
「え?」
「リンダ、私ずっと聞きたかったんです」
「妹の質問に答えてやってほしい、リンダ嬢」
こわい。ゲームで一方的に知っているとはいえ、初対面の方、しかも身分高めな二人組に詰め寄られるのこわい。どうしてこんなことになってしまったかわからないが、はやくにげたい。
「はい、あの、私で答えられることであれば」
そう言うとシャーリーは小さく頷いたあと、一度目線を明後日の方向にそらし、少し彷徨わせたあとで私に戻した。なんだろう、そんな深刻そうな質問に答えられる自信ないんだけど。
時間にすれば数秒の短い間を置いて、シャーリーは口を開いた。
「リンダ様、私、ずっっっっっとアルベルト様をお慕いしておりましたの」
「……はい?」
え? なに? 聞きたいことがあるんじゃないの?
「アルベルト様のお話は前々から伺っていて、初めてお会いしたときから素敵な方だと思っていたのですが、セレモニーなどでお見かけするたびに素敵になられて、かっこよすぎて、同じクラスで隣の席になれて、もう素敵すぎて。それで、リンダ様。アルベルト様のことは、今はどう思ってらっしゃいますか?」
「え?」
アルベルトのことを? 主人公だなぁ、と思っている。でもおそらくそういう質問ではないことはわかる。
「どう……と言いますと?」
「今でもアルベルト様のことを想ってらっしゃるのですか?」
「いいえ?!」
なんで? 私はアルベルトの恋愛を支援するキャラクターでしかない。自分がアルベルトを好きになることはない。そんなルートはゲームにはなかった。だけどそれは説明できるものではない。現実的に眼の前のシャーリーに言えない。
「私はアルベルト様のことを想ってはおりませんわ。デュラン様をお慕いしておりますから」
「アルベルト様を諦めるのは辛くなかったですか?」
「諦めるも何も、今も何も、私には最初からデュラン様だけです!」
もうこの理由で押すしかない。嘘はついてない。たぶん。効果はあったようで、シャーリーは少し追求を緩めてくれた。
「リンダは、デュラン様のことが好きなんですねぇ……」
「本当に仲が良いんだなぁ、デュランとリンダ嬢は」
うん……。そうなるよね? そうなっちゃうよね? なんか誤解を生むよね? 自分が撒いた種だから仕方ないけど! 違うそうじゃないとはいえないけど!
「えっと、シャーリー様は、どうして私がアルベルト様のことを想っていると思ったのです?」
デュランとのことを否定はできないけど、話は逸らしたい。逸らす? 元々どうしてこんなことになってるんだ?
「ティナ様から聞いたお話で」
「え? ティナ様?」
どういうこと? 全然話が見えない。ティナの名前が出てくることも、シャーリーがこんなに最初からアルベルトに好意を持っていることもその理由も。
「あの、シャーリー様、その」
「はい?」
「シャーリー様は、アルベルト様を、ずっと、お慕いしておられたのですか?」
「はい」
頬を染めながらもきっぱりと真っ直ぐに力強く肯定された。
どうして? 最初から親愛度がこんなに高いはずはないのに。むしろ、最初は嫌っているはずなのに、だって。
「あの、私が聞いていいかはわかりませんが……」
おずおずと話しだした私にシャーリーもクリスもどうぞと笑顔で促す。なんていい人たち。心の余裕があるのかしら。育ちが良いとこうなるのかしら。
「あの、単純にどうしてですか? パーム領に行かなかったアルベルト様は、皆様と一緒に過ごしていたわけでもないですし」
「過ごした時間の長さは愛に関係ありませんわ」
いや限度があるだろ。じゃあなんでなにが好きなんだよ。
四英雄の子孫の侯爵令嬢じゃなかったらツッコむところだ。しかしツッコめないので、少し黙り込んだ。
そんな私が考え込んだようにみえたのか、シャーリーは微笑んで私の肩に手を置き、優しく話し出す。
「ねぇ、リンダはどうしてデュラン様が好きになったの?」
違う、そんなこと語り合いたいわけじゃないの。
アルベルトとデュランを置き去りにしてクリスとシャーリーと生徒会室でそんなことを語り合いたいわけじゃないの。
「私はそれよりシャーリー様が、アルベルト様を慕うようになった理由が聞きたいです。それからどうして私がアルベルト様を好きだと思われたのかも」
「ホントですか? それはですね……」
結局、自分の恋バナをしたかったようでシャーリーは目を輝かせて語りだそうとした。
クリスが気を利かせてくれて、お茶でもどうぞ、と奥の部屋に案内をしてくれた。しかもアルベルトとデュランには自分がうまく説明しておくと生徒会室を出ていった。
生徒会長不在の生徒会室でこんなにゆったりとお茶していいのかわからないが、とりあえずお茶は私が入れた。抽出時間の経過を待たずにシャーリーは話し出した。
パーム領の内乱のとき、マグノリア家のデュランとティナ、ウィロー家のカイルとノエラはパーム領に支援に訪れた。アルベルトだけは行かなかった。
最初のうち、やはりアルベルトは悪く思われていた。助けに来てくれない薄情な人なのだと。
だけどデュランとティナがその誤解を解いていった。
アルベルトとデュランとティナと私、四人で過ごした魔法の練習の時間は無駄じゃなかったようで、二人はすごく私たちのことをよく思ってくれていた。デュランとティナは、アルベルトと私がいかにすばらしいかを語っていたそうだ。
それはもう、アルベルトはともかく、私に関してはだいぶ盛っていたと思う。その場にいなくて良かったと思った。今だって逃げ出したいくらい。
「アルベルト様も、パーム領の力になりたいと思ってくださっていたのでしょう? そのお気持ちだけで十分素敵ですわ。現マグノリア公爵は四英雄の血筋でもないですし、当時のアルベルト様が一人でこられるわけもないですし。それに物資は送ってくださったでしょう? アルベルト様もリンダ様も、心強かったです。それにアルベルト様は本当に美しいですし」
はやくこの生徒会室出たい。支援物資をしていたのは知っているが、それはローレル家とバーチ家であってアルベルトと私じゃない。
あとシャーリー、さっきから気になってたけどアルベルトの外見に惚れてるなこれ?
「それにアルベルト様とリンダ様はもともと惹かれ合っていたそうですね?」
「いえ、そんなことはないです」
急に嘘の話になった。
シャーリーが話してくれていろいろとわかった。
彼女はアルベルトに関してずっと好意がある。きっかけは外見と人から聞いた話だろう。とにかくずっと好意がある。
ノエラと言い争いをしていたのは牽制。ノエラにアルベルトを好きになって欲しくないから。
ティナとあまり仲良くなかったのは、ティナがアルベルトと親しげな雰囲気を出してくるから。
そしてある時ティナが言ったそうだ。
『もともとアルベルト様とリンダ様は将来の約束をしていたのに、兄のデュランが現れたことで、リンダ様が氷属性だったことでこうなってしまった。でも今も想い合っているから、アルベルト様のことはそっとしておいて欲しい』
嘘だなぁ……。嘘だぁ……。
おそらくティナだってそう思ってはいない。アルベルトに近付く女性を減らすために言っているのだろう。あとは言ってる間に悪ノリした可能性もある。
嘘だけど、でも、ありそうだし、ゴシップとしては楽しそう。だから信じる気持ちもちょっとわかる。
ちょっとわかるけど当事者は困る。
二杯目の紅茶にミルクを入れながら、私はシャーリーに言う。
「シャーリー様、そのお話は嘘ですわ。私はアルベルト様のことを好きとかそういう気持ちで見たことはありません」
「でも、アルベルト様は? リンダ様のことを想っていたのでは?」
それは否定ができなかった。そういうときもあったらしいと知っている。
だけどそれをシャーリーに言うのも違う。結果、言葉を詰まらせてしまい、紅茶を飲んでごまかした。
「ねぇ、デュラン様は不安になりません? 今日だってアルベルト様とリンダは一緒にいたでしょう?」
「幼なじみなのは変わりませんし。でも私、氷属性ですからアルベルト様と婚約したり結婚することはありませんわ」
私はそう言ってまた一口お茶を口にした。シャーリーも一緒のタイミングでお茶を飲み、カップを置くなり言った。
「魔法属性は関係ありませんわ。魔法属性は遺伝しません。伯父や私をみればわかるでしょう?」
風の弓の家に生まれながら雷属性のシャーリー。
風の弓の家に生まれながら魔力のなかったシャーリーの伯父。
彼女を前に魔法属性を盾にすることはできない。
たまに思うことがある。
私は氷属性じゃなかったらどうしたのだろう。
私は自分がアルベルトと婚約しないことを知っているから、だから何とも思わなかったのか。もし私が前世の記憶がなく、この世界がゲームだと知らずにいたら、私はアルベルトをどう思ったのだろうか。
それでも婚約しないことをよしとしただろうか。
それでもデュランを好きになったのだろうか。
そう思うことはある。だけどここで言うべきことじゃない。嘘はつきたくないけど、言わない方が良いことは言わなくていい。それは単なる自己満足だもの。
「もし私が氷属性じゃなくても、それでも私の婚約者は、私が慕う方はデュラン・マグノリア様だけです」
「デュラン様はそれを信じてくださってるの? 不安になるのを止めることは難しいわよ?」
「そうですね……もしデュラン様がアルベルト様と私のことで不安になるなら、その時はデュラン様とゆっくり話しますわ。アップルパイでも振る舞いながら」
「アップルパイ……?」
私は私の役割がある。アルベルトと距離は置けない。それでデュランを不安にさせるわけにもいかない。向き合うしかないのだ。
言い切ってしまえば清々しい。私は残りの紅茶を飲み干した。
「ねぇ、リンダ。いい方法があるのだけど」
「はい?」
「なるべくリンダはアルベルト様と二人にならないほうがいいと思うわ、それから、アルベルト様には他に相手ができれば、デュラン様も不安にならないのではないかしら」
なるほど。私は、シャーリーの言いたいことが自分の役割と共存できるか、ストーリーが破綻しないか考えた。考えて、シャーリーに微笑んだ。
「シャーリー様、仲良くしてくださいね。私、シャーリー様とアルベルト様が仲良くなるために協力致しますわ」
シャーリーは私の手を取って笑顔を見せた。
「ありがとう、仲良くしてね、リンダ」
「はい、ぜひ」
他の人がアルベルトと仲良くするのも協力するかもしれないですけど。という言葉は口にしなかった。
嘘をついた訳ではないが、多少心は痛む。
なんだかわからないけど、無性にデュランに会いたかった。デュランとしか話せない物語を話したかった。




