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23 正解はわからないけど。


 お茶会は終わり、婚約の書面もさっくりと出来上がった。後はマグノリア侯爵家のサインをして、王家に提出するらしい。まぁお父様が作成したのだ。不備はないだろう。

 うちで夕飯をどうかとお父様がデュランを誘ったが、婚約の報告に早く戻ると遠慮された。遠征の準備もあるのだろう。


 帰るデュランを馬車まで送るように言われ、一緒に馬車まで歩く。従者たちは少し離れたところにいる。二人にしようという気遣いなのだろう。私たちは遠征でしばらく会えないのだ。

 おそらく、ゲーム開始まで。

 そう考えると、全部つながるから。


 ゲーム開始時にアルベルトとデュランの親愛度は低かった。仲良くないし、幼なじみでもない。あんなにアルベルトに好意を抱いているティナはアルベルトの婚約者でもなんでもなかった。

 それに、クリスとカイルとデュランは妙に仲が良かった。主人公であるアルベルトと他の三人には距離があったけど、ゲームの設定だからと思ってあまり気にしていなかった。アルベルトが仲良くしていく過程がゲームに含まれている以上、三人を仲良くない派閥としてまとめているのかと適当に解釈していたけど。

 このままずっと、デュランは遠征に行ったきりで、アルベルト以外の三人が一緒に過ごしていたから仲良くなった、と考えれば、現実的な理由はつく。


「しばらくデュラン様と会えなくなりますね……」

「そうですね、淋しいです。でも良かったです、会えなくなる前にお伝えできて」


 素直に淋しいですと言われ、どう返していいかわからなくなって黙った。それでも沈黙はいつも通りに心地良くなっていた。


「リンダ様……いや、リンダと呼んでも?」

「あ、もちろん構いませんわ。リンダと呼んでください。私からそう申し上げるべきでしたね」


 身分的に私のが下だからね。婚約者どうこうの前に。


「リンダも、デュランと呼んでくれても」

「それはちょっと難しいです」


 身分的に私のが下だからね? なんかしゅんとされているけど……。伯爵家と侯爵家でしょう? 宰相の子だとしても、そちら四英雄の子孫ですよ?

 婚約者ともなると違うのかな……。仲が良かったら年上でもタメ口になったり、上司にタメ口になるようなものか? なるか? いやでも上司が恋人だったら……いや、それでも、さん付けだな?

 私の考えは多分一般的な考えのはず。だけど、デュランは呼んで欲しそうに私を見る。なぜだろう。悪いことをしている気になる。

 まぁ、デュランがいいなら、いいか……。


「努力はいたします……。あと、二人の時でしたら、デュラン」


 私の表情はきごちなかった気がするが、デュランは満足したらしい。ちょっと機嫌がよくなったような表情がかわいい。

 無表情で無口な雰囲気のキャラクター設定だったし、どこか影を背負っていたけど、ゲームでは、課金してデュランのルートを読んでいない私には、背負った影がなんなのかもわからなかった。

 今は、ちゃんとその影の正体も理由もわかって、むしろ私といる時はその影は解消されている。ように見える。まさか前世の記憶で苦しんでいるとは思わなかったけど、少し解放されたようには見える。


 私が解消して良かったのだろうか。アルベルトじゃなくて。

 課金した場合のデュランの笑みはストーリーに、そこに、リンダ・バーチはいたのだろうか。

 ふと視線を感じて見てみると、デュランが何か言いたげに見ていた。私が見た途端、歩みを止めて立ち止まった。


「リンダ、俺は強くなるよ。リンダのために、闇色の竜を倒すから。間違っても、君が生贄になったり、傷ついたりしないように守るから」


 私は単なる一部で退場するキャラクターで、アルベルトの支援キャラクターで、生贄になるような役割は背負っていない。

 だけど、デュランのこの言葉は、そういうことではないのだろう。

 ただ私を心配して、私のために言ってくれているのだろう。だから実際の役割がどうとか、そんなこと言わない。それに、素直に嬉しい。


「ありがとうございます。応援しますわデュランさ……デュラン。絶対に闇色の竜に負けないで下さいね。あなたが負けたら、私は生きていられませんもの」

「リンダ……」


 ちょっと言い方が悪かったかもしれない。なんだかんだ私も浮かれているのか、妙な言い方をしてしまった。

 四英雄の子孫に倒れてもらっては闇色の竜を倒すことは困難だから、デュランが闇色の竜に倒されてはバッドエンドになってしまってリンダは死ぬから、生きていられない事実があるだけなのに。


「そういえば、俺が遠征に行っている間、リンダに悪い虫がつかないようにアルベルト様が見張ってくれるそうです」

「はい?」


 何の話? 見張るって何? いやアルベルトとデュランっていつそんな会話したの?

 押し寄せて来た疑問をデュランにぶつけた。


「この間の帰りの馬車で」


 あ、あの遠征のことを聞いた日? アルベルトがデュランと話したいことがあるからと一緒の馬車に乗った、あの時?


「あの時、そのままアルベルト様はうちに来てくれて」

「え? マグノリア家にですか?」

「はい」


 アルベルトがデュランに話したかったのは、リンダと婚約するなら今のうちだ、ということだったらしい。なんだその今のうちって。

 馬車は一度はローレル家に向かったものの、婚約するなら親を説得しよう、という話になり、行き先をマグノリア家に変更したそうだ。


 そしてアルベルトがデュランの両親に会って、自分はリンダのことを諦めているけど、義父母は諦めていないから、今のうちに婚約した方がいいのでは? と言ったそうだ。要は焚きつけたと。

 以前アルベルトは、義両親は私の氷属性を知って諦めたようなことを言っていたから、多分デュランは騙されている。あの主人公。火属性だからって焚きつけて。主人公のやり方がそれでいいのか。


「アルベルト様の説得もありましたが、両親もリンダのことは気に入っていましたからね。特に母は、冷めていて人と接するのが苦手で人付き合いがうまくできない俺が、こんなに早く想う相手を見つけてくるとは思わなかったらしいし」


 母ちょっと辛辣なこと言うね? 四英雄の子孫の美形なので、多少無口だったり無愛想でも結婚相手は見つかると思うけど。絶対見つかると思うけど。


「帰ってきたティナも喜んで応援してくれて、アルベルト様と一緒になって後押ししてくれました。リンダのおかげで、うちの家族の結束は強まった気がする。ありがとうリンダ。ただ、一つ謝りたいのは……」

「はい? 謝りたい?」


 ティナが応援するのはたぶん四英雄の他の人を取られたくないから、兄なら、という気持ちだと思うけど。にしても謝られる心当たりがない。


「唐突に婚約の申し込みをして、すまなかった……」

「あぁ……そうですね、驚きましたわ……」


 それか……。うん、確かにもうちょっと色々考える時間は欲しかった。ちょっと前世ノート見返すくらいには時間が欲しかった。


「焦っていたんだ。パーム領に行ったらしばらく会えなくなるんじゃないかと思って」

「デュランのお気持ちは嬉しかったので、良いのです。驚きはしましたけど……。まだ会ってそれほど経ってもいないですし、こんな私で良かったのかとは思いましたけど」

「アルベルト様の言うとおりですね」

「はい?」

「リンダは鈍いし、自分に対する好意には気付かないから、はっきりリンダがいいって言わないと伝わらないと思うよ、と」


 なぜアルベルトにそんなことを言われるのだろう。そういうのはせめて、私のことを好きだった人に言って欲しい。もとから好意がない人に言われてもね。


「アルベルト様に言われたからってわけじゃないし、むしろそれは少し癪だったけど。俺はリンダが好きだし、リンダがいい。それは言っておきたかった。ただリンダが俺に決めるだけの時間を取らなかったのは、悪かったと思っている」


 たぶん、デュランが私に決めたのは前世の話を最初に受け入れたのが私というだけだと思う。刷り込み現象でこんなことになるのはちょっと申し訳ない。

 悪いと思うのは私の方なので、私に悪いと思わなくていい。大体私、言われなければ決めなかったと思うし。デュランの婚約者が自分でいいのかまだ信じられないし。


「私は良いのです、嬉しかったですし。その、もし、デュラン様が他に思う人ができたら身を引きますので教えてください。あ、でも遠征でシャーリー様やノエラ様と仲良くされるのは、ちょっと困りますけど」


 あの二人はアルベルトの攻略キャラクターだから、デュランと親密になってもらっては困る。


「しないよ。俺にはリンダだけだから」


 デュランは私を安心させるように微笑んだ。あれ? これは何を言っても誤解させてしまっている気がする。申し訳ない……!


「私、一生懸命頑張りますわ。デュラン様を幸せにしますわ!」

「ありがとう。俺はリンダを幸せにするために頑張るから」


 何を言ってもダメだ……! なんだかダメだ……! よくわからない! なんかこそばゆい!!


「リンダ、遠征が終わったら、いや、闇色の竜との戦いが終わったら、そしたら一緒に、リンダも知らない物語を作ろう」

「はい……。はい、その時を楽しみにしていますわ」


 そうして、私はデュランを見送った。

 遠征といっても、手紙もやりとりできるだろうし、ずっと内乱が起きているわけでもないから、会うこともできなくはない。きっと、たぶん。


 それでも、初めての婚約者、初めての離ればなれに、どうしても切なくなってしまった。


 アルベルトの支援キャラクターに過ぎない私が、メインキャラクターと婚約。そんな分不相応な事態になんだかついていけてなくて。正しいのかもわからなくて。

 私は、デュランの乗せた馬車が見えなくなっても、立ち尽くしたまま、しばらくそこから動けなかった。ルナが声をかけてくれるまで、ずっと。

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