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22 実感はまだないけれど。

「婚約の申請書面を持ってきたよ」


 そんな父をとりあえず席につかせ、テーブルには私とデュラン、私の父と母、学園が中休み中の兄が揃った。あとお茶とお茶菓子。


「お父様、一応聞きますが、良いのですね? デュラン様と婚約して」

「断る理由があるなら言ってごらん。我がバーチ家の娘だ。家格も派閥も資産も領地も問題はない。断るとしたらリンダがデュラン様が嫌いとか、他に慕う人がいるとか、そういう個人の感情かな」

「きら……そんなことはありませんわ!」


 お父様の言葉にデュランがカップをガチャリとした同様の音が聞こえたので慌てて否定した。


「じゃあ問題はないだろう」


 ささ、お茶をどうぞ、と横から出てきた母にあっさりと良い良くない問題は打ち切られた。

 横のデュランを見ると、デュランはぺこりと私の家族に頭を下げた。


「お許しいただきありがとうございます」


 優雅にそう言って、お茶を口にした。

 前世年齢あわせたら私の方がかなり年上だけど、貴族としては完全にデュランが上なのよね。きれいな所作。

 いいのかな、ほんとにこんな私で……。


「さ、お菓子も食べてください。あ、デュラン様。クッキーはこっちのものは甘くないですから。あまり甘いものは得意じゃないとお聞きしたので」

「ありがとうございます。知っていて下さったんですね。以前いただいたアップルパイも美味しかったです」

「今日は時間がなくてアップルパイは用意できなかったんですけど、タルトタタンも美味しいですよ」

「うちはリンゴが名産ですから、どうぞ」


 母と兄は上機嫌でデュランにそう告げる。めちゃめちゃフレンドリーだな。戸惑わせないであげてほしい。


「あ。マグノリア卿の方で婚約の書面はもう用意していましたかね?」


 父が婚約申請書をひらつかせつつ、デュランに尋ねる。そんな気軽にひらつかせないでほしい。


「いえ、バーチ伯爵の同意を得たら準備すると言っていました。それに遠征の準備もあったので、申し出が先行してしまいました。すみません」

「まあそうだろううと思っていたよ。彼、書類仕事得意じゃないしね。うちで用意して、マグノリア卿のサインだけ残して、サインと提出はお願いしようかな。遠征前には王家に挨拶に行くのでしょう」

「えぇ、そうしてくださると助かります。俺が必ずサインさせて提出させます」


 サクサクと話が進んでいく。

 マグノリア侯爵、書類仕事得意じゃないのか。というか、単にうちの父が書類仕事が得意なんじゃないのだろうか、宰相。

 ……マグノリア侯爵、ちょっと置き去り過ぎない?


「あの、マグノリア侯爵は、この婚約に反対とかはなさっていないのですか?」

「反対? いいえまったく。歓迎していました」

「歓迎……?」


 歓迎される心当たりはまるでない。確かに面識はあるけど、一度マグノリア家で食事をしたときと先日の魔法の練習のとき、どちらも特別なこともしていないし。


「ティナも頼み込んでましたし」

「はい? ティナ様が?」


 あ、そうか。ほかの四英雄の子孫に手を出されたくないから、デュランとくっついてもらいたがっていたっけ。


「あぁ、そうでしたか、ティナ様が……」

「リンダ様? 誤解のないように言っておきますが、ティナは俺を後押ししてくれただけで、あなたと婚約したいと父に申し出たのは俺の意思ですよ」


 デュランは私の家族の前でしれっとそう言ってくる。俺の意思かぁ……。でも結局、デュランが私を好きというのは、実感ないんだよなぁ。


 ただ、感情は抜きにして、理屈、状況を考えれば、そりゃあマグノリア侯爵は反対しないだろう。反対する理由がないのだろう。

 そもそもデュランは四英雄の子孫というだけで、婚約相手を見つけるのは慎重になるし、大ごとになる。かといって結婚しないことは、家を途絶えさせることは決して許されない。

 マグノリア侯爵もまぁそうだろうけど、デュランはあまり社交的な性格ではない。学園や社交界で婚約者を見つけるのは難しそうだし、下手したら変な女にトラップでも仕掛けられるかもしれない。


 そんなデュランがマグノリア侯爵に婚約したいと言った相手は、しがらみのない裕福な伯爵家の娘。父親は宰相でマグノリア侯爵と面識あり。兄がいて家を継ぐこともなく嫁入りに問題ない。かつ、ついこの間まで、アルベルトの婚約者候補と思われていた保証付き。アルベルトの婚約者候補から外れた理由も、ただ魔法属性が氷というだけだ。水の槍のマグノリア家なら何の問題もない。


 あぁ……こうなるともう、デュランと婚約することが自然だったように思えてならない。


「まぁオーディンが反対はしないだろう。デュラン様もそう言ってくれるなら何よりです。バーチ家としても反対する理由はありません」

「良かったね、アルベルト様の婚約者候補から外れたから、もうリンダをもらってくれる人なんていないかと思っていたけど」

「デュラン様がまさか……正直、リンダの良さがわかる相手が、こんなに早く現れるなんて思いませんでしたわ。子供らしさもあまりなくて、男性からしたら可愛げのない扱いづらい娘ですし、幸いにもうちはアーサーがいますから、リンダが行き遅れても家は問題ないですし、リンダは一生嫁に行かないか、もしくはアルベルト様の妾とか考えていましたけど……デュラン様がリンダの良さをわかってくださるなんて親として嬉しい限りですわ」


 父が、兄が、母が、方向性はともかく歓迎してくれている。方向性問題だな?


「お母様、多分、私やデュラン様に聞かせるにはよろしくない部分が含まれています」


 行き遅れか妾か……。どっちを選んだだろう私。

 デュランは若干ぎこちない微笑みを浮かべていた。あの微笑みにぎこちなさを読み取れるのはたぶん私くらいだろう。


「良かったです、早めに婚約ができて。遠征に行っている間に他の人に取られるのは嫌でしたから」

「多分、誰も取りませんわ……」

「リンダ様は自己評価が低いんですよ。もっと自分のことを肯定してください」


 だって私、これからどんどん脇役になるもの……。にしても、デュランにそう言われるなんて……。それあなただからね? 自己評価が低くてアルベルトに心を閉ざしているの。


「デュラン様」


 急に父が姿勢を正した。仕事モード? あまり見たことがないピリッとした雰囲気を出している。


「うちの娘をよろしくお願いします。大事にしてくれ。大事にしないなら婚約は破棄するまでだ」


 座ったままではあるが、父は頭を下げた。


「あら、デュラン様との婚約が破棄になったら、リンダにもうもらい手なんて現れないでしょう?」

「そうなったらそうなったで、俺がバーチ伯爵家にちゃんと居場所を作るよ」


 母と兄はちょっと迷惑だけど、でも、心配してくれてるのはわかるのよね。こんな感じなんだな、家族に心配されるって。


「はい、リンダ様のことは幸せにしますし、必ず守ります。ですから俺にその権利を下さい」


 デュランは真剣にそう返した。


「頼んだ。……ところで」


 お父様の目は真剣だ。デュランもつられて真剣に視線を返している。


「リンダの何が気に入ったんだい?」

「は?」


 真剣になにしてんだこの父親?! ストレートすぎる質問。デュランの回答が怖い。


「たくさんありますが、人に対して優しく、気遣いがあって、落ち着きがあって、そして真っ直ぐに話を聞いてくれて、疑いもせず信じてくれるところでしょうか。もちろん外見も愛らしいと思っています」


 顔を覆い隠したかった。地に埋もれるものなら埋もれたい。恥ずかしい。顔を覆い隠すこともしづらく地に埋まることもできず、ただ俯いた。


 前世の話のせいだ、多分。あと落ち着きがあるのは中身が普通の九歳じゃないからだよ。わかるでしょデュラン。前世から蓄積するものがあるのよ。

 これって、すりこみ? ってやつなのかな?

 前世の話を、彼が聞いてほしかったように最初に聞いたのが私だったから、的な……。


「安心したよ。うちの娘を大事にしてくれればそれでいい」

「大事にします。闇色の竜が復活しても、必ず守ってみせます。命を懸けてでも――」

「デュラン様、本当に命を懸けたら、私、怒りますわ」

「……気を付けよう」

「一緒に生き延びてくださいね」


 両親も兄もは私たちのやり取りを笑ってみていたが、私も表面上笑みを浮かべてはいたが、内心は全然笑えなかった。デュランの笑みは、今回は私には読みきれなかった。

 デュランが命を懸けたら闇色の竜を倒せない。もし闇色の竜を倒せなかったら、バッドエンドで私は死ぬ。自分一人の命じゃない。

 私とデュランは一蓮托生なのだ。

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