21 本当に私でいいんでしょうか。
デュランと二人で歩き出したものの、何を言っていいのかわからない。デュランも少しの間黙ったままだったが、庭の花壇に差し掛かり、沈黙は案外早く打ち切られた。
「リンダ様、好きな花とかありました?」
「はい?」
「あればそれを贈りたかったのですが、知らなかったので」
「あ、えっと、お花、ありがとうございました……あの、嬉しかったです」
「それなら良かった」
どうしよう。いつもは割と心地よいデュランとの沈黙が今は気まずい。どうしよう。
「リンダ様、二人のうちにしっかり言っておきたいことがあるんです」
「はい?!」
改まった気配に声は裏返って焦りが前面に出ていたけど、デュランは指摘せず、立ち止まって、ひざまずいて、私の手を取った。
「リンダ・バーチ様。デュラン・マグノリアはあなたに愛を誓います。どうか私と結婚してください」
そう言って、手の甲に口づけた。
何も言えずにいる私を、黒い瞳が見上げる。よく見ると少し青みのある黒だと気付いた。
「デュラン様……。ひとつ聞いても良いでしょうか?」
「どうぞ」
「どうして私なのですか?」
ひざまずいているデュランには同じ目線で話がしたいと立ってもらい、回答をもらおうと首をかしげる。
「どうして、というのは?」
「デュラン様は、もっと、ふさわしい方がいるかと思いますし……」
「リンダ様……」
四英雄の子孫の侯爵家の長男だ。
対して私は、父が宰相というだけの伯爵令嬢で、特別に美しいわけでも強大な魔力があるわけでもない。特殊スキルもない。
それに彼はメインキャラクターで、私は単なる支援キャラクターだ。
メインキャラクターじゃない私は都合がいいのかもしれない。でもそれならもっと良い人は、デュランにはいくらでもいるし選べる。高確率で死ぬ私じゃなくていい。
私を選ぶ必要はない。選ばれる理由もない。
「リンダ様は、俺との結婚はしたくないということでしょうか」
「え? いえ、違います」
「四英雄の子孫なんて重苦しい立場ですし、過去には闇色の竜を復活させた落ち度もある家です。それに俺はアルベルト様のような華やかさもないし、今のところ強くもない」
「え、いえ、デュラン様は」
「アルベルト様の婚約者候補だったあなたが、俺では不満かもしれませんね」
「デュラン様!」
私から目をそらしたまま矢継ぎ早に言葉を続けるデュランを、腕を掴んで止めた。
「……」
「……あ、ごめんなさい」
慌てて手を離した。気まずい。
「あの、デュラン様が、ではなくて、私の問題なんです」
「俺を受け入れられないわけではないんですね」
「デュラン様のことは好きです」
うん。デュランのことは好きだ。
青みがかった黒髪と黒い目は安心するし、いつも穏やかにゆっくりと話す声も心地良い。一緒にいる時に無理に会話をしなくて良い穏やかな空気も。それに、前世の記憶を持って苦しんでいた姿は、力になりたいと、そう思ってしまう。
でも私は、アルベルトの支援キャラクターで、デュランには何もできないのに。
「私のような脇役は、デュラン様には釣り合いません……」
「脇役?」
デュランの目が見れずうつむいたまま、顔を見ていない私でも、彼は不思議な顔をして首をかしげているのだろうと思った。
「誰にとってです? 俺には、大事な人なのに」
「私は、デュラン様に何もしていませんし、何もできません、そんなふうに言ってもらえることは何も……」
「俺の話を信じてくれました。前世の話を」
デュランはそう言いながら私の手に自分の手を重ねた。意外と自分の手が冷えていたことがわかった。じわりとした温かさが、デュランの手から伝わる。
「前世の話……」
そんなことで? とは言えない。私だって前世なんて信じてもらえないと思うからだ。だけど信じてほしいと思う気持ちも知っている。
「どれだけ言えば伝わりますか? 俺にとってはあなたは大切な人なのだと」
切ない声だった。悲しませたいわけじゃないのに。
「リンダ様は、初めて会ったときに、俺たちのせいで怪我をしたのに、誰を責めることもなかった。それどころかお礼まで言っていた。それから魔法の練習に行くときも、馬車で穏やかに話を聞いてくれて、無言でもただ心地よかった。魔法に素直に感心して、魔導書の修理も教えてくれて、ティナと仲良くなるきっかけをくれた。それに俺の前世の話を聞いて、認めてくれた」
「特別なことは何も、誰だってするようなことしかしていません」
「それでも、俺にそれをしてくれたのはあなたです」
握っている手に緩やかに力が込められる。
「だからどうか、リンダ様。俺と結婚してください。俺は、あなたがいいんです」
「デュラン様……」
「俺が俺のままでいられる、そんな人はあなたしかいない。いや、あなただけでいい、あなただけがいい」
あぁ、そうか。私がこんなに苦しいのは、私が私のままいないからだ。
本当に私のことを話していないからだ。話したいと思うから、わかってほしいと思うからだ。
「デュラン様」
「はい」
「私には、前世の記憶があるのです」
「? はい」
明らかに首を傾げたのに、疑問を口にせず、私の話を聞こうとしてくれる。こういうところが好きなのだ。
だから話そう。大丈夫、それで嫌われたりしても、私は脇役だったってだけなんだから。
私は、改めて前世の話をした。ゲームは説明がしがたかったので、物語だと、なるべく嘘のないように話した。
私は四英雄の話を知っていること。闇色の竜も知っていたこと。
戦いは繰り返されていて、私たちが学園にいるときにそれが起こること。
リンダはアルベルトを生かすための登場人物に過ぎないこと。
闇色の竜に負けたらリンダは死んでしまうこと。
闇色の竜に勝った場合の物語を私は知らないこと。
アルベルトが親愛度をあげないといけないことは話さなかった。それを知って責務のように親しくなるのは違う。自分の命がかかっていたって、道理は通したい。
話してしまえば、これだけのことだったんだな、と、急に気は楽になった。
デュランは相変わらず、無理に言葉を挟んだりはせず、私が話し終えたのを見計らってゆっくりと話しだした。
「リンダ様……」
「はい」
「その物語の中で、俺とあなたは関わりがなかったのでしょうか」
「えっと……どうなんでしょう?」
「……どうなんでしょう?」
あるともないとも言えない。アルベルトに居場所か何か聞かれたら答える知識はあったんだろうけど。
「物事がアルベルト様の視点で進むので……その他の関係性は分からないところも多くて」
デュランはぎゅっと私の手を握って言った。
「それなら、俺とリンダ様は、そうなってもいいですよね」
「そうなってもって……デュラン様、私なんかで、良いのですか?」
「リンダ様がいいのです。」
「えっと……」
「俺にとって、あなたはただ一人の大切な人です。俺は今まで、自分の記憶を恨んだ。闇色の竜と再び戦うのも怖かった。誰かが目の前で犠牲になるのも怖かった。それくらいなら自分が犠牲になった方がいいと想っていた」
「だ、だめですわ。デュラン様が犠牲になっては。私と違って、あなたは大事な人なのですから」
デュランに犠牲になってもらっては困る。
四英雄が闇色の竜に与えるダメージは非常に大きい。逆にいうと、四英雄の誰かが死ぬということは、離脱するということは、闇色の竜を倒すことは非常に困難になる。
ましてや現実だ。
離脱では済まないかもしれない。復活はないかもしれない。
「あ、もしかして、俺が犠牲になると闇色の竜を倒すことに支障が出ますか?」
「あぁはい、それはもう」
「だとしたら、リンダ様のために死ぬわけにはいかないですね、二人で生き延びましょう」
? そういうことになるのか?
「あの、でも、私が亡くなっても物語に支障は」
「あなたが犠牲になるくらいなら俺がなります」
「だからそれは! だめですってば!」
「じゃあ、二人で生き延びるしかないですね」
ええぇ、なんで言い負かされるの十歳に。
「あなたは、俺の大事な人です。あなたのために闇色の竜を倒したい。あなたのために強くなります。あなたを守りたい。リンダ様。どうか、俺と結婚して欲しい。俺のことは、好きにはなれませんか?」
「え、いえ、デュラン様のことは好きです」
「それなら、問題ないですよね」
えええ、デュランって、メインキャラクターと恋愛しないよね? 大丈夫だよね?
デュランを見ると、機嫌の良さそうな微笑みを浮かべている。
えぇぇ……。いいのか?
でも、考えてみれば筋は通っている。
リンダ・バーチがアルベルトのそばにいても、まったく攻略対象にならないわけ。幼なじみ、宰相の娘の伯爵令嬢の属性で攻略キャラクターから外れていて、それでいてそばにいられるわけ。
それがデュランの婚約者だとしたら。
「もしかして、私が知らないだけでこういう物語があるのでしょうか」
「それは少し不満ですね……」
「不満?」
「俺は自分の意志であなたを選んだと思っているので」
「ありがとうございます……」
どうか、この先の物語に変な影響がありませんように。
そう願った私の瞳をデュランが覗き込む。
「リンダ様、返事はまだいただけてませんが」
「あ、気の利いた言葉のお返しもできなくて、申し訳ありません……。謹んでお受けいたしますわ。どうぞよろしくお願いします」
デュランは私の返事を受けて、もう一度手に口づけをした。
花束を渡されたりひざまずかれたり結婚の申し込みをされたり婚約したり。
九歳のリンダも、前世のアラサーOLも、こういうときのリアクションは学んできていない。
とりあえずは室内に戻ろうかとデュランと歩き出したところ、わが家のメイドが呼びにきた。お父様が帰ってきたらしい。
お父様に何をどう話せば良いのだろう。経験がなさ過ぎて想定外過ぎてわからない。まぁ…多分うちの父は反対しないし。母もしないし。とりあえず婚約の具体的な形式面の話し合い、って感じになるだろうな。
屋敷の入り口で、ちょうどお父様と一緒になり、私とデュランを見るなり、笑顔で一言言われた。
「婚約の申請書面を持ってきたよ」
話が早すぎるよ、お父様。仕事できるなぁ。




