20 よく晴れた天気の良い日でした。
よく晴れたその日は、魔法の練習のために庭で過ごすには絶好の天気だった。
氷魔法に晴れが適当かはわからないけど。
「リンダ、リンダ!」
お庭で魔法の練習にいそしんでいた私のもとに、お母様が元気に駆け込んできた。おっとりめのお母様がめずらしいな?
「お母様、どうなさいましたの?」
「リンダ、デュラン・マグノリア侯子がこれからいらっしゃるそうなの」
「デュラン様が?」
遠征前に会おうとか言ってたやつかな? 私に先触れはなかったけど、お母様の手に手紙らしきものが握られている。
そもそも遠征前に会いに行っていいかと聞かれたか
ら良いって言ったけど、理由は聞いてない。なんだろう? 魔導書返せとか? でもあれ、氷の魔導書だし。いや言われたらもちろん返すけど……。
「何か準備しておくものとかあります?」
「リンダ自身でしょう?」
「私?」
「訪問をお受けするのね?」
「? 断る理由はありませんわ?」
「婚約をお受けするのね?」
はい? 何の話?
お母様はそう口にするのをこらえた私の戸惑いには気付かず、たぶん全面に出てると思うが気付かず、一人焦っていた。
「お父様にも使いを出さないと。今日は王城に行っているから、呼び戻すのはそんなに大変じゃないわね、良かった」
なんか焦ってるなぁ……。目の前でお母様が慌てているので、こちらとしては冷静になれる。
いやでもこれ、なにか手伝った方が良いのかな?
「お母様、リンダにできることはありますか?」
「あら、いけない。お母様が準備するから、リンダは身支度しなさい、ルナ!」
「おまかせください」
お母様の合図を受けたルナは私を部屋へと促した。身支度? そんな変な格好してるわけでもないけど……魔法の練習してたから動きやすさ重視ではあるけど。
「ルナ、なんでお母様はあんなに慌てているの?」
「デュラン・マグノリア様からリンダ様に婚約の申し入れをするために来訪したい、できる限り早く、との手紙が届いて、レベッカ様がすぐにでもどうぞと返したからです」
なるほど。
……なるほど?
「え、お母様なんですぐにでもどうぞとか言ってしまったの?」
「そこではないでしょう、リンダ様が婚約の話をあらかじめ伝えなかったせいでは?」
「え、だって婚約の話……婚約の話? もしかして私が?」
ルナは一度立ち止まって振り返り、私をじっくり眺めて、しっかりとゆっくりと頷いた。
「はい、リンダ様がです」
「デュラン様と?」
「はい、デュラン様がリンダ様に婚約の申し入れに来る、と、お伝えしていますよね?」
「はいごめんなさい」
「メイドにすぐ謝る必要はありません。侯爵夫人になるのですし」
そう言うとまたルナは進み出す。
その後をついて私の部屋に向かいながら伝えた。
「すぐ謝ったっていいじゃない。ルナと私の仲だもの」
「ツッコむのはそちらなんですね」
「まだ侯爵夫人じゃないわ……」
「今はまだ、ですね」
部屋に着くとルナを筆頭にメイドたちが私を取り囲んだ。急ぎ湯浴みをして、髪を服をアクセサリーを整える。
淡いブルーの上品なワンピース、ヘアアクセサリーは夜の空の色のような深い濃紺。デュランの髪や目を思わせるような色だった。
されるがままに身支度は進み、私が考えることもなかった。
だから私は、空いた思考回路で今何が起こっているのかを考えていた。
デュランと、リンダが、婚約?
それは大丈夫なの? ゲームに悪い影響はないの?
なんとなく問題がなさそうな気はしていた。
デュランに婚約者がいるかどうかの話は、私が知る限りではない。無課金の場合にそんな話は出てこない。
アルベルトの恋愛支援キャラクターという立ち位置を考えても、リンダがデュランの婚約者なら、アルベルトの攻略キャラクターにいなくて当然。
問題はなさそう。
もしかしてこれは、課金した場合の物語じゃないだろうか。
そう考えていたところで身支度は終わり、母の最終チェックを受けるために移動した。
「あらあら! かわいい! きれい! さすがねぇ、ありがとうルナ」
「恐れ入ります」
「素材もいいし、リンダは本当にかわいいわね」
「ありがとうございます……」
これから学園で美男美女と過ごすことになることを知っている凡人としては、素直に喜べない。
「お母様、いろいろとご準備ありがとうございます」
テーブルには軽めのアフターヌーンティーの準備が広がっていた。
スコーンにはリンゴジャムとクロテッドクリームを添えて、それから見た目を彩るフルーツと、クッキー、タルトタタン。タルトタタンにしたのはアップルパイを作るほどの時間がなかったのだろう。
「あと何があったほうがいいとかある? リンダ」
デュラン様の好みがわからないから、との母の声に、テーブルを見て意見を返す
「そのリンゴジャムって甘めかしら? デュラン様は自然な甘さの方が好みだから、甘みが強いならクロテッドクリームを多めに準備を、クッキーは甘いものだけ? 塩味が強いものはあるかしら? そしたらそれはお皿を分けてそちらに……。あぁ、あと紅茶は何を?」
「こちらか、こちらでしょうか?」
「華やかな香りのものより、渋みが感じられる方がいいわ、そちらで。ミルクも添えてね、二杯目で淹れるかもしれないから」
私の言葉にメイドが微調整しているところ、母を見るとうんうん、とうなずいていた。
なんですか? と目で問いかけると、ふっと柔らかな笑顔を浮かべた。
「デュラン様、もうすぐ遠征に行くのよね? どのくらいで戻れるかわからないのですって?」
領土が手薄になる話なんて、大大的に広められている話ではないが、母が知らないはずはない。そして今この状況で気にしないはずもない。
「そうですね、私に……我が家に来ている場合ではないかもしれませんね」
「あら、こんな時だから会いに来たのでしょう?」
「え?」
「遠くに行ってしばらく会えないかもしれないのだもの。リンダに会っておきたいのよ。それに婚約してしまえば他の人に取られにくいしね」
母はそう言って穏やかに笑う。からかってる様子でもないので言い返しづらい。
デュラン様が、私に、婚約の申し込みかぁ。
「やっぱり宰相の娘で伯爵家って、都合いいですよね」
「あらもしかして、貴族の結婚に気持ちなんていらないと思ってる?」
「思ってます。あるに越したことはない、とも思ってますけど」
デュランに好かれるようなことをした覚えもない。もし、婚約の申し込みをされるのであれば、それは、ゲームでそういう設定だったのかもしれない、課金した場合の設定として用意してあったのでは、そう思っている。
「母さんたちは恋愛結婚なのよね」
「はい?」
「私もお父様との婚約は突然だったのよね、親同士がお仕事の付き合いがあってそれで出会って、次の週には私のお父様に婚約の申し込みが来たのよ。突然だったけど嬉しかったわ」
急すぎない? 絶対一目惚れじゃない。しかもお父様の一方的な。
「お父様とお母様って、政略結婚じゃなかったのですか?」
「家柄もあっていたけど、婚約の時にはもう好きだったわ。あの人も私のことが好きだったのよ、リンダ、お父様を見ればわかるでしょ」
婚約が先で、その後恋愛? 貴族同士って感じだなぁ。やっぱりそういうものよね。付き合ってから好きになるみたいな?
私も、デュランを好きになるのだろうか。
デュランは、どうして私に婚約を申し込もうと思ったのだろう。
「本日は、急な訪問となり、申し訳ありません。訪問を許していただいてありがとうございます」
馬車から降りたデュランは、青いバラの花束を手にしていた。そして、リンダの九歳までの人生でも、前世の私の人生丸ごとでももらったことのないようなその花束を、ひざまずいて私に差し出した。
「受け取ってください」
「ありがとうございます……とてもきれいです」
綺麗すぎて語彙力も下がる。きれいとしか言いようがなくて、もう一度小さくきれいと呟いた。
完全にどうしていいかわからない私は、お母様に助けられた。
「デュラン様、ようこそいらっしゃいました。主人のアーサー・バーチに代わりまして、レベッカ・バーチが歓迎いたしますわ」
ひざまずいていたデュランは立ち上がって母と挨拶を交わす。実は初対面だったらしい。
「主人ももうすぐ帰ってくると思いますが……リンダ、それまでにデュラン様にお庭を案内したらどうかしら」
「あ、はい」
「お願いします、リンダ様」
二人で少し話でもしなさい。デュランも私もその意図は汲み取れる。
青いバラの花束は名残り惜しくもルナに引き渡し、私とデュランは二人で歩き出した。




