18 とてもあたたかい皆さまでした。
夕食はとても豪華だった。前菜はテリーヌ、貝のトマトスープ、白身魚のソテー、ライ麦パン、デザートはみかんなどの柑橘フルーツのゼリー寄せ。本当に食が充実した世界で良かった。
「どれも美味しいです……ティナ様? 人参とほうれん草、苦手なんですか?」
魚のソテーに添えてある野菜をたくみに残そうとしている。
「お腹がいっぱいになってしまうので……」
「それだとデザートも食べられませんねぇ」
「デザートは入ります……」
「ティナったら嘘ばっかり、リンダちゃんはよく食べてくれて、うちの料理人も喜ぶわ」
「あぁ……アルベルト様は割となんでもよく召し上がるんですよね、よく一緒に食事してたのでそのクセですかね」
私がそう言うとティナは、無言で野菜に手を付け始めた。ナンナ様はニコニコとティナを見つめたあとで、私に言った。
「四英雄の当主は王族と食事する機会もあるし、その席では残したりなんてできないわよね、妻として同席することもあるし」
ナンナ様は、ティナをアルベルトの相手にと考えているのだろうか? それにはデュランの相手探しのが先な気がする。もしデュランの相手が見つからなかったら、ティナが婿をとるだろうし……そうなると水属性だろうなぁ。
「リンダさんは、嫌いなものはないんだな。デュランもないぞ」
「そうなんですか? デュラン様は甘いものは苦手では?」
デザートを食べていたデュランが、そっとスプーンを置いた。
「言いましたっけ……リンダ様に」
「いいえ? 以前お店でアップルパイを頼んだ時、だいぶ紅茶の進みが良かったので」
「そうでしたか……」
「あ、違ってましたか?」
デュランは右手で口元を覆ってしまった。心なしか頬と耳が赤い。指摘してまずかっただろうか。
「そうなのよ、お父さんに似たのかしらねぇ……リンダちゃんの持ってきてくれたアップルパイは甘さが控えめだったわよね」
「はい、うちは素材の甘さを生かしているので」
「デュランはあのアップルパイは気に入ったみたいよ、うちの人もね」
そう言ってナンナ様はオーディン様を指し示した。オーディン様は手で顔の下半分を覆ってコクリと縦に頷いた。
デュランは父親のオーディン様とよく似ていた。親子だし同じ水属性だから似てる方が自然だけど、顔も雰囲気も、口下手なところも、感情を表に出すのが苦手で繊細なところも、本当はすごく思いやりがあって優しいところも、似ている。
ナンナ様は私とよく似ていた。氷属性はやっぱり、ちょっとアグレッシブで、そこそこにドライだった。それに、ナンナ様がオーディン様を語る様子は面白かった。
夕食をいただいて少し休んで、帰る私をデュランが馬車まで送ってくれた。
馬車までの道をデュランと歩いている間に、オーディン様とデュラン様は似てますね、それに氷属性同士、私はナンナ様とはとても気が合いそうです、と言ったら、デュランはまた口元を覆ってしまった。
「あ、もしかして似てるって言われるの、迷惑でした?」
「いえ、今は、嬉しいです……」
? あぁ、やっぱり親に似てるって言われるのが嫌な時代ってあるよね。十歳にしてそこは抜け出してるんだなぁ。
そう思っているうちに馬車に着いた。
「デュラン様、また魔法の練習に行きましょうね。ナンナ様には魔導書を渡されてしまいましたし」
そう結局、ナンナ様からは氷の魔導書を渡されてしまっていた。
「それなら、母は、その魔導書がマグノリア家に戻ってくると考えてのことですから……」
「もちろんちゃんと返しますわ!」
そう言って馬車に乗り込んだ。魔導書は馬車の中でもしっかり抱え込んでいた。
こんな高価なもの借りたまま、返さないわけにはいかないよね。
とりあえず借りてる間はありがたく使わせてもらおう。マグノリア家はみんな優しかったなぁ。侯爵家の、高位貴族の余裕ってやつかな?
私とアルベルトとデュランとティナは、その日以降も定期的に魔法の練習を繰り返していた。
アルベルトはゲームでは開始時、かなりレベルが低い設定だった。しかし今は順調に成長しているので、それなりに有利な展開で進められそうだった。このまま学園入学までこの練習を続けられればだけど。
ティナはアルベルトに明らかに好意は見えるものの、特に無理に何かするわけでもないので、微笑ましく見ていた。私のことはお姉様呼びで懐いている。
デュラン様もしっかりと魔法の練習に励んでいて、ゲームで使えるようになる時の初期レベルはとうに超えている。性格もゲームよりは柔らかいように感じた。ティナとの和解のおかげかな?
私も順調に魔法が上達していて、レベル上げは順調。アルベルトとその周りの関係性は穏やかで、支援キャラクターとしての役割も上手くいってる、たぶん。
上手くいってて、行き過ぎてるような気すらしていた。
だから、そこに入り込んできた一台の馬車は、まるで警鐘のように、平穏を壊す知らせのように思えてしまった。
「リンダ。あれバーチ家の馬車じゃない?」
「え?」
アルベルトの指さす方向を見ると、確かにバーチ家の馬車だった。バーチ家の、というか、お父様の馬車が、私たちのいつもの魔法練習場所に入り込んできた。
「突然お邪魔してすまないね」
予想を裏切ることなく、降りてきたのはこの国の宰相、アレス・バーチ伯爵だった。
「お父様、どうしたのです? なにかあったのです……か……」
急に訪れたお父様の姿に、バーチ家に何かあったのかと駆け寄った。
しかしお父様は一人ではなく、馬車からはもう一人降りてきた。
「オーディン様……?」
「父上……」
「お父様?」
「マグノリア伯爵」
私もデュランもティナもアルベルトも、オーディン・マグノリア様に注目した。
アレス・バーチとオーディン・マグノリアはお互いに目を合わせて頷き合った。それからオーディン様はデュランに目をやり、口を開いた。
「デュラン、しばらく遠征に出る。お前と、ティナもだ」
「……どういうことですか?」
「パーム侯爵からの要請だ。ウィローの双子も一緒だ」
デュランも、ティナもアルベルトもぽかんとした表情をしていた。
私もそんな皆の表情を見つつ、自分もぽかんとしつつ、頭の中では必死にゲームを思い出していた。
この国の西に領土を持つ、風の弓のパーム侯爵。次期当主はクリス・パーム。その妹のシャーリー・パームはアルベルトの婚約者候補、つまり攻略キャラクターの一人。
ウィローの双子は大地の魔導書のウィロー家。攻略キャラクターのノエラ・ウィローが双子の姉で、次期当主は双子の弟のカイル・ウィロー。
エターナル・ロマネスク〜誰がための炎の剣〜はアルベルトの学園入学から始まる。入学は十五歳。今は九歳。
まだ六年もあるのに、何かが動き始めている気がした。
「お父様、どういうことですか?」
膠着状態をいち早く壊したのはティナだった。父であるマグノリア侯爵に問いかける。が……、視線を彷徨わせ、口を開こうとして、閉じた。何から伝えたらいいのか困っているようだった。オーディン様が口下手だからか、話が煩雑なのかはまだわからない。
「説明させてもらって良いかな」
「頼む」
マグノリア侯爵は、即答でアレス・バーチに委ねた。お父様、説明とか上手だしね。伊達に宰相ではない。
今の様子を見る限りでは、大体の人がマグノリア侯爵より説明上手だろうけどね。
「風の弓のパーム侯爵領で、邪教のものたちの動きがあると報告があった。そこでパーム侯爵は領土を回って、邪教徒がいればしかるべき対処をしたい。そこで、パーム侯爵がマグノリア侯爵とウィロー侯爵に応援を頼んだんだ」
こんなに早く、邪教徒が?
……ううん、待って。
攻略キャラクターのシャーリー・パームとメインキャラクターのクリス・パームのことを思い出す。
二人とも、最初はアルベルトと仲が良くない。理屈を考えればゲームの中で親愛度を上げていくのだから、最初は低めに設定してある。それがだんだん親しくなって態度が変わっていくのを楽しむのだから。
それはゲーム的な理屈で、それを自然にするための理由があった。
シャーリーが、クリスがアルベルトと仲が良くない理由は、確か、幼い頃に助けに来てくれなかった…… そんな理由だった気がする。
そして今、目の前で、アルベルト以外に、ローレル家以外に応援要請が行われている。
「パーム侯爵家に、我がマグノリア家とウィロー家が、ですか?」
「はい」
ようやくデュランが質問した。バーチ伯爵が、お父様が静かに答える。
「俺が行って役に立てるでしょうか。ましてやティナが?」
デュランが素直な疑問を口にする。確かに、そんな危ないところにどうしてティナを?
「デュラン様とティナ様、ウィロー家のノエラ様とカイル様には、クリス様とシャーリー様と一緒にいてあげて欲しいのです。戦って欲しいわけではありません。もちろん、戦いにならない保証もありませんが」
「クリス様とシャーリー様と過ごす? それが役に立てるのですか?」
デュランは食い下がる。ティナを連れていきたくないのかもしれない。
「牽制にはなると思います。パーム侯爵の兄が、邪教信仰に身を寄せています。幼いクリス様とシャーリー様が取り込まれないように守ってほしいのです」
え?
知らない話が出てきた。
そもそもゲームには現公爵、侯爵の話はほとんど出てこない。
アルベルトの親は亡くなっていて叔父叔母が公爵をしている。その他の当主はほぼほぼ出てこないが、デュラン、クリス、カイルは誰も当主ではないから、当主が健在なのだろうとわかるくらいだった。
課金アイテムで親愛度を上げて、それぞれのルートを開いていていれば、もっと情報はあったかもしれない。
だけど私には今さらルートは開けない。
「彼は、パーム侯爵の兄君は、魔力なしでね」
私の知らない話で、私は四英雄の子孫でもなくて、私は、私は何の役にも立てず、ただ話の邪魔をしないようにした。




