15 思うことはあるけれど。
しばらく二人とも無言で紅茶を飲んでいたが、カップは空になってしまった。
時間的にはまっすぐ修理工房に取りに行くと少し早いくらいだろうか。無言はいいけど、いくつか空席があるとは言え、店の席を占拠するのも申し訳ない。
ゆっくり向かいましょうか? と言おうとしたところで、デュランが口を開いた。
「リンダ様は、予知能力はないのですよね?」
「予知? ありませんわ」
予知? なんで? と思ったと同時にデュランは言った。
「闇色の竜の夢の話で」
あ、したなぁ私。闇色の竜の夢を見るとか言ったっけ……何話したっけ?
「……夢は、単なる夢かと思いますわ」
「それならいいのですが」
含みのある言い方! なんか変なこと言ってた?
……言ってないよね? 学園に通ってた頃に封印が解けるだろうとかは、年数から考えて変じゃないし。不安にかられてみた夢、で通るよね……?
「確認ですが……リンダ様は、闇色の竜のブレスで起きた火事によって死んだのですよね?」
「火事は……前世の記憶と混ざっているかもしれません」
「そうですか……」
え? 何の考え込み? わからないけど、なんでかはわからないけど、デュランが考え込んでいるのはわかる。考え込んでる。
確かにそんなことを話した。リンダが本当にそれで死ぬかはわからないけど、とりあえず闇色の竜に負けると死ぬことを伝えたくて。何か変だったかな?
何か言おうかと思ったが、何も言えることがないのでとりあえず黙っていた。
「俺は……」
「失礼します」
デュランが何か言おうとして止まったとき、マグノリア家の従者が声をかけてきた。
「そろそろ修理の終わる時間になりますが、取ってきますか? それとも取りに向かいますか」
気づけば魔導書の修理の終わる時間になっていたらしい。
「魔導書、修理が終わったものを早く見てみたいですわ。取りに行きましょう、デュラン様」
私がそう言うと、デュランも少し考え込むような様子を見せたが、微笑んで同意してくれた。
マグノリア家のお付きのものはうんうんとうなずいていた。
修理が終わった魔導書を見て、私は感動した。
読みやすい……!
「こんなにも変わるものなんですね……」
「そうですね、リンダ様、その……見てみますか?」
デュランが私にそっと魔導書を差し出そうとする。横から覗き込んでいたのが気になってしまったらしい。
「あ、いえ、すみません。覗き込んでしまって。見てみたかっただけで、もう十分です」
慌てて距離を取る。
それはそれでデュランの引っ込みが着かなそう。差し出してくれたのに断って悪かったかな?
「あの、リンダ様」
「はい?」
「また、魔法の練習に行きませんか?」
「行きたいです! 行きましょう、皆で」
「……はい、皆で」
こうして私とデュラン、アルベルトとティナは、私の二回目の魔法の練習に付き添うことになった。
そして今日の私はローレル家の馬車に乗っている。
アルベルトと一緒に。
デュランとティナはマグノリア家の馬車で一緒に向かうそうで、現地集合とのことだった。兄妹で出発地も目的地も同じだもんね。
私は、前回は馬車の中でデュランと二人だったが、今回はアルベルトと二人。前世の記憶を取り戻してから、アルベルトと二人で話すのは初めてだった。
……アルベルトって、私が婚約者候補だって話、知ってたのかな? いやでも、それを聞いてどうする? 聞かない方がいいかな?
「リンダ、今日は魔導書は持ってきたの?」
「あ、はい。この間買ってきましたわ」
私はアルベルトに氷の魔導書を見せびらかすように見せた。
「バーチ家じゃなくて自分の魔導書? アレス伯爵、よく買いに行く時間あったね」
「いいえ、デュラン様と買いに行きましたわ」
「……デュラン様と? リンダが?」
「はい、この間デュラン様の水の魔導書を修理して……あ、そうだ。アルベルト様の火の魔導書、見せてもらえません?」
「僕の火の魔導書? いいよ」
アルベルトの魔導書は修理が必要じゃないだろうか? 魔法の練習に差し障りはないか? そう思って見てみたかったのだが、アルベルトの火の魔導書は綺麗だった。
「綺麗で、読みやすいですね」
「修理したばっかりだからね。この間の魔法の練習の後に行ってきたんだ。デュラン様も一緒に誘えば良かったかな」
素晴らしい。さすが主人公。
デュランを誘ってあげてほしい。
まぁゲームでアルベルトとデュランはそれほど接点なかったけど……。ライバル扱いだったし。
アルベルトと仲良くなって欲しいけどなぁ。アルベルトと親愛度が上がればメリットしかないのだから。
親愛度があがったらあがったでデュランとアルベルトで変な道に走ったりはしないよね? 気配ないし大丈夫だよね?
そう考えながら、ぱらぱらと火の魔導書をめくる。
「どうかした? 何か気になる?」
そう言って、アルベルトは私が開いている魔導書を覗き込む。
……近いね? 主人公って、誰に対してもこういう距離感なんだろうなぁ。
「この間デュラン様の魔導書を見せてもらって、修理前と修理後を見たのが興味深かったのですわ」
少しだけ距離を適正にしながら火の魔導書をパタンと閉じて、アルベルトに返した。
「結構びっくりするよね。修理前と修理後を見るとさ」
「はい、びっくりしましたわ」
「デュラン様と仲良いよね、リンダ」
「そう……ですか? アルベルト様は、デュラン様やティナ様とはどうですか?」
私とデュランが仲が良くても支援効果もないから意味がない。そもそも私は戦闘に参加しないし。アルベルトのが仲良くなって欲しい。
「少なくとも一緒に街に行くような関係じゃないかな」
ん? もしかして誘ってほしかったのだろうか?
アルベルトとティナも誘って一緒に行けば良かったかな?
けどティナとアルベルトがあんまり親愛度上がってもだし……。
「……あ! アルベルト様はティナ様との婚約の話が出たりはしないのでしょうか?」
「リンダ、気になるの?」
なるよ。だってアルベルトは学園で恋愛しないといけないから、ティナとくっついてもらっちゃ困る。しかしそうも言えないので、ここはなんか気になった理由は適当に言っておこう。
「母が、そのような話を耳にしたそうで。ティナ様がアルベルト様に婚約の打診をしているとか、そのような」
「噂でしょ。僕とリンダだって婚約者候補だって話が出てたけど、まったく何もなかったじゃない」
ぐ……。やっぱり、アルベルトも知っていた。
「やっぱり、その噂ってあったのですよね、アルベルト様と、私の……」
「まぁリンダと僕なら噂がない方が不思議でしょ」
そこまで言う? と私が不満を口にしようとした。
「リンダならしがらみがないからね」
はい?
「しがらみ? ですか?」
「四英雄の家同士だとやっぱり、婚約がダメって訳じゃないけど、結構シビアっていうか……やりづらいんだよね」
「やりづらい……ですか?」
「そう、僕たちは四百年目の子だしさ。最終的に全員一緒に戦わないといけないから。そこで恋愛を持ち込んで戦いに影響があったらよくないから、下手に内々で恋愛できないっていうか」
……確かに。ゲームだと支援効果が得られるけど、現実でそれはわからないし、二つの家が一緒になってどこかの家系が途絶えたらとんでもなく困るだろうし。
ティナに限らず、他の四英雄の家系の攻略キャラクターたちの親愛度は上がりづらいかもしれない。
そうも口に出せない私がアルベルトに言えるのは、なんだか大変なんですねぇ、の一言だった。
思うことはいろいろあるけど、言えないことが多すぎる。前世の話をしたデュランにも、親愛度のことは言えないしなぁ。




