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14 話したいから話しましょう。

 闇色の竜を倒すという目的があって、英雄の子孫たちがいて、何かがあるからゲームになるし物語は生まれるし、そりゃあメインキャラクターたちは背負うものがあるよね。

 アルベルトは両親を亡くしているし、他のメインキャラクターたちも、何もないわけない。

 私が、前世の私が、親愛度を上げてこなかったから知らないだけで、デュランにも、クリスにもカイルにも、何かがあって、だからこそ彼らは主人公たちなんだ。


 だからといって、仕方ないよねメインキャラクターなんだからとは言えないし、私はモブなんでとも言えないし。

 関係ないよね。闇色の竜と戦うときに私は役に立たないだけで、今デュランに何もしないのは、それは違う。


「デュラン様のせいではありませんわ」

「俺のせいです。アルフレッド様はあんなに皆を率いてくれたのに、俺は……アルフレッド様は、俺をまったく責めることもなくて」


 約四百年前の炎の剣の英雄、アルフレッド・ローレル。光魔法の血を引く王族の王女と恋仲の設定だった。炎の剣の英雄は明るくて、水の槍の英雄は控えめで。そんなわかりやすいテンプレート設定が採用されているからいつだって炎の剣は光で、水の槍は影なんだ。


 アルフレッドやローランドの名前は歴史書を読めば載っている。今の話がデュランに前世の記憶があるという証明にはならない。

 けど、こんなに苦しむ嘘をつく理由もない。


 何より私は、前世の記憶が存在することを知っている。一人でそれを抱え込むことに、少しの辛さと時々ひどく大きくなる寂しさが伴うことも。


「デュラン様は、いつからその記憶をお持ちなのですか?」


 リンダ・バーチはゲームで単なるアルベルトの支援キャラクターで、デュランとの関わりもたぶんない。後半でてこないくらいだし、たぶん課金してアルベルト以外のキャラクターのストーリーを読めるようになったとしても出番もないのだろう。

 でも現実、私はデュランと関わっている。私が聞けるなら、デュランが話すことで少しでも肩の荷がおりるなら、そうしたい。


「はっきりしたのは、ティナがきっかけだったのだと思います」

「ティナ様が?」

「父が水の槍について俺に教えてくれた時に、一緒にいたティナが水の槍に触れて、泣き出したんです」

「ティナ様が……泣き出したんですか?」

「はい、そのときに、槍が少女を貫くところが、頭に浮かんで……」


 ぽつりぽつりと話し出すデュランの言葉を、促すことも遮ることもせず、ただ頷いて聞いていた。

 どこかティナと距離があるような発言は、ただ辛かったのだろうか。


「それからは、どことなく感じていた違和感のようなものが、腑に落ちたようでした。それに、ある時、父から伝えられたのです」

「マグノリア侯爵から?」


 何を? とは聞かなかったが、デュランは私の言葉に頷いて話しだした。


「俺は、自分の記憶の話をしたんです。水の槍が亜麻色の髪の少女を貫いた、ローランド・マグノリアが、それを行って、闇色の竜が甦ったと」 


 小さく頷いて、デュランの言葉の続きを待った。


「父は、なぜその話を知っているのかと、マグノリア家を継ぐことが決まったら話をする予定だったと」

「魔法属性がわかる前だったのですか?」

「はい」


 水の槍を継ぐなら、水の魔法属性がないと継げない。継ぐことが決まってないなら、デュランの魔法属性はまだ分かってなかった。

 アルベルトは八歳時点でわかっていたから、デュランは八歳より下だったのだろう。


 そんな幼いデュランがそんな記憶を抱えていたのか。

 歴史書にも書かれていない物語。

 どれか一つの聖具が穢れれば封印は解けるとか、穢す方法はなにかなんて、そんなことは受け継ぐべきじゃない。当たり前だ。


「父から聞いて、俺は確信しました。あの時に、俺のせいで闇色の竜は復活したのだと」


「デュラン様」


 そっと呟くと、デュランは伏せていた目を少しだけこちらに向けた。


「四百年前の戦いで、ローランド様たちは勝って、そして平和が続いていますわ」

「それは、アルフレッド様たちが」

「誰も欠けてないのですから、きっと誰もが戦ったのです。そして今、私たちは平和に生きているのは確かでしょう?」

「……それは……」

「それに、デュラン様はローランド様ではありませんし、アルベルト様はアルフレッド様ではありません。何より、ティナはデュラン様の妹で、生贄になった人ではありませんわ」

「……リンダ様は……俺の話を、信じるんですか?」

「えぇ、もちろんです」


 疑いようがないもの。ゲームにないことまで知っているデュランの話を。


「リンダ様は、ご自身にも前世の記憶があるから、俺の前世の話も信じてくれたのですか?」


 そうきたか。そうだよね、デュランがそんな記憶を、前世の記憶を持っていたなら、私が前世って言ったことを聞き逃すはずないよね。

 しかし、どうしよう。


「えっと……でも、私の前世の記憶は、デュラン様のものとはまるで違いますわ」

「俺に、リンダ様の前世の話を聞かせてもらえませんか。聞きたかったんです、あなたの話を」


 デュランは真っ直ぐに私を見ていた。

 これは、断れないな……。

 デュランはきっと誰かに受け止めて欲しかったのだろう。自分が前世の記憶があるなんて、信じがたいそんな話を、ただ聞いて、信じて欲しかったのだろう。


 そうだよね。私だって、本当は誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。

 ひっそりとひとりぼっちで終わった、誰も知らない私の前世の話を。


「ええ、私にも、前世の記憶があるのです」


 ぬるくなった紅茶を口にして、私はゆっくりとすべてを話した。自分で噛みしめるように、デュランに応えるように。


「私の前世の記憶はデュラン様と違って……この国のものではありませんでしたわ。私の生きていた世界には闇色の竜はいませんでした。闇色の竜も魔物もいなければ、魔法も無縁で、剣も持たず、冒険もない、ただ平和な暮らしでしたわ。前世の私は、貴族でもなく、両親も早くに亡くし、伴侶もおらず、子供もおらず、家族がなかったので、一人で生活を営んでおりました。仕事には就いていたので、給金があり、生活はできていました。平凡で、ありふれていて、少しだけさみしい、穏やかな暮らしでした。ですがある時、私の暮らしていた……身寄りのない者ばかりの集落で生活していたのですが、そこで火事が起こり、煙に巻かれて私は亡くなったのです。ひっそりと、今の両親の年齢よりも手前で、その生涯を閉じたのですわ」


 ただそれだけの、短い話だった。


 前世の私は、システムエンジニアだった。

 アップデートの夜間作業明けにふとさみしい気持ちにかられ、飲んで、ゲームして、現実から逃げるように眠った。

 そうしたら火事が起きた。

 住んでいたマンションは単身者向けで、ほぼ会社員。平日の昼間にいたのは私くらいだったろう。火元になったであろう部屋の主もいなくて、誰も通報せず、火が広がったのだろう。

 そして、私は煙に巻かれて、そのまま――。

 リンダ・バーチが頭を打ったのをきっかけに蘇った前世の記憶。このゲームとひとりぼっちで亡くなった私。


 そのままデュランに話すのは躊躇われた。自分でもなんだか情けなくて恥ずかしかったし、デュランに失望されるのも嫌だった。

 だからいろいろと表現を変えた。だけど嘘はついてない。盛ってもいない。


 ただ、語るには淋しい前世だなと、語り終えた後で思った。

 もしデュランが、前世の話で同じような記憶を分かち合えると思っていたなら申し訳ない。


 彼の辛さは、彼の孤独は、私にはわからない。

 英雄でも主役でもメインキャラクターでもない。

 私は、裏方のモブなのだ。リンダでも前世でも。


 話し終えても、デュランは何も言わなかった。

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