13 あなたと街に行きたいの。
そしてマグノリア家の訪問から二日後の約束の日。
「ねぇねぇこの服は?」
「お母様、そんな気合の入った服じゃなくていいです
から」
「じゃあこれとか……」
「いえほんと、何気ない普段着で」
「でも魔導書買うんでしょ? それなりの服にしておきなよ」
「そうよぉ、それなりにお金持ってる風に見えないと。王都なら危険はないでしょうし」
「店にとって失礼だからね」
まぁ……わかる。銀座の宝石店に行くならそれなりの服で行く感じ。行ったことないけどわかる。
上質そうなラベンダー色のワンピースにグリーンのはおりもの。セミロングの髪はサイドに編み込みをして、明らかに良家のお嬢さんが出来上がった、
申し訳ないね、中身は全然なのに着飾ってしまって……。
「お兄様は一緒に来てくれませんの? かわいい妹の初めての魔導書購入ですよ」
「兄は午後から愛しのエスニャと約束があるからね。妹と婚約者。仕方ないなぁ、婚約者だよね」
「妹が心配じゃありませんの?」
ふてくされて言うと、兄は笑って、笑ってから少しだけ真面目な顔をして、また笑顔に戻って言った。
「かわいい妹は心配だよ。でもデュラン様ならね、大丈夫」
母はうんうんと頷いている。まぁ確かに四英雄の直系の子孫。安心材料としては充分だろうけど。
迎えに来てくれたデュランはやっぱり上質なネイビーのシャツと黒いパンツで、まぁ、それなりの服で良かったのかな? と思った。
マグノリア家の馬車で特にこれといった会話もなく街に向かった。なんとなく話さなきゃいけない空気もなかったし、そういえば何か話があったんだっけ? とは思ったけど、あれば言い出すだろうし、もうないかもしれないし。
どこで魔導書を買うかとか、修理はどこでとか、そんな仕事の買い出しみたいな会話をしながら馬車は進んだ。
無理に話さなくていいのは心地よくて特に苦にはならなかった。
「三時間ほどお預かりします」
先に修理工房に来て良かった。現実の修理には時間がかかる。そうだよね、コマンド一つで直るわけではないものね。
読み通りだったので、デュランの魔導書をまず修理に出して、それから私の氷の魔導書を買いに行くことにした。
正直、一緒に来てくれて本当に本当に良かった。
名前を聞かれて、身元を確認されて、本屋の奥のもはや本屋ではない空間に通されて、カウンターに座らされて、魔導書を用意された。
デュランの付き添いはとても助かった。マグノリア侯爵家のデュランって名乗ったらより一層かしこまられたし、デュランの身元が証明されてからは、私相手にも恐縮していたものね……。
店員さんには申し訳なかったけど、本当に一緒に来てくれて良かった。デュランやルナがいなかったら無理だった。
前世で買った一番高いものがネットでポチったパソコンの私には耐えられなかった。宝石も買ったことない、家も車も買ったことない。回らない寿司屋にも行ったことない。
九歳にして前世の自分よりお金を使っている気がする……。
「リンダ様、どうしますか? すみません、こういったときに気の利いた誘いもできなくて」
水の魔導書を修理に出し、氷の魔導書の購入も終わった。あと二時間くらいある。こういったときに気の利いた誘いができる十歳って怖いからしなくていい。
「お茶でもしましょ……あ、すみません。ちょっとあそこの店を見ても良いですか?」
「はい。リンダ様は、王都にはよく来るんですか?」
「よく来ます。お菓子を買いに来たり、アクセサリーを見に来たりしますわ」
私はよく街に来る。貴族のお屋敷でおとなしくしているより、街でいろいろなものを見るのが楽しい。
前世を思い出す前から、元からリンダはこうなのだ。
前世を思い出した今、街に来る理由は増えた。
学園に入った後にアルベルトの恋愛を応援するために、攻略キャラクターたちの好きそうなものをリサーチしておきたい。
リンダ、彼女らの好みの品とかをアルベルトに聞かれた時に答えないといけないのでね。親愛度の上がる選択肢を正しく伝えたいからね。
これまでにも何度か立ち寄った手頃な装飾品の店に入ると、ふと見覚えのあるものを見つけた。
「あれ、これって……」
赤いベロア生地のヘアバンド。
ゲームのキャラクターは、個性が大事だ。
それは内面的なことはもちろん、髪や瞳の色だったり、髪型だったりで、外見が混ざらないようになっている。髪型は基本的に固定されている。ヘアアクセサリーもしかり。毎度同じものをつけっぱなしにしている。制服と同じで、アイコン化しているのだ
「それが気になるのですか?」
「ティナ様に、すごくよく似合いそうだなと思いまして……私の中でティナ様はこういったヘアアクセサリーをつけているイメージなのですわ」
そう。これはティナがつけていたものによく似ている。
リンダもヘアアクセサリーをつけていたがこれではない。これは、ティナのだ。
「ティナがこういうヘアアクセサリーをつけているイメージ、ですか?」
「ええ、ティナ様はこういったヘアアクセサリーはお持ちではないのですか?」
デュランは、ゆっくり首をかしげた。
「俺は見たことがないですね。ティナが好きそうでしょうか?」
「ティナ様にお似合いだと思いますわ」
デュランはそのヘアバンドをまじまじと見ると、店員が寄ってきた。ティナのことを思ってか、店員の目線のせいかわからないが、デュランは購入を決めた。
「ありがとうございましたー」
店員のお礼を聞きながら店を出た。
「リンダ様は何も買わなくて良かったのですか。今日のお礼に何か差し上げたいのですが」
「お礼……? でしたら、私があげる側では……」
「修理につき合わせていますし」
「私が望んだことですわ。魔導書の購入にも付き合っていただいてますし……。それ、ティナ様に気に入ってもらえるといいのですけど、今日はお家にいるんですか?」
この間マグノリア家に行ったときにティナは出てこなかった。まだ六歳とかだし家にいることも多いだろうと、そんな何気ない質問だった。
「店員さんも来たので、つい買ってしまいましたが、俺からのプレゼントは受け取らないかもしれませんね。特に誕生日とかでもないですし」
「兄からのプレゼントでしたら受け取るのでは? 何でもない日のプレゼントは驚くかもしれませんが、嬉しいものだと思いますよ」
「俺は……」
デュランの歩調が緩んだ。
何か言いたいことがあるように見えた。私が、メインキャラクターでもない私が聞くものかは分からないけど、でもこういうのって、何も知らない人のほうが、あまり関係のない人のほうが話しやすかったりするんだろうか。
「デュラン様、お茶しませんか? あそこのお店なんていかがでしょう」
時間もあることだし、デュランをお茶に誘って、私は紅茶とスコーンを頼んだ。デュランは紅茶とアップルパイ。
頼んだものが届いて、温かいうちに食べた。無理に話を促すのはやめておいた。言いたくないなら言わなくていいし、話したかったら聞くし。そんな風に考えて紅茶を飲んでカップを置いた。
「リンダ様にも、前世の記憶があるのですか?」
紅茶を口に含んでいたら多分むせていた。前世ってうっかり言ったしなぁ、この間……。
ううん、それよりも。
「あの、リンダ様にも、っておっしゃいました?」
「俺にも前世の記憶があるので、リンダ様もそうなのかと思ったのですが」
「え? 前世の記憶が? どのようなものですか?」
仲間? 私と同じなのだろうか。同じ異世界転生者?
「俺の前世は、マグノリア家の祖先です。前世でも俺は、闇色の竜と戦いました」
前世でも俺は闇色の竜と戦いました。
異世界転生者ではなかった。けど、パワーワードが出てきた。
「前世で闇色の竜と……えっと……何百年も前の、闇色の竜の封印が解けたときでしょうか?」
「そうですね、俺はローランド・マグノリア、でした」
エタロマの二作目の水の槍のキャラクターだ。
今から約四百年前の戦いの時だろう。
エタロマはエタロマとして、この世界にはこの世界の歴史があるわけで、記憶を取り戻してから、この世界がエタロマの世界かどうか確認したくて歴史書も何冊も読んだ。
約四百年前、マグノリア家で戦いに挑んだのはローランド・マグノリア。その名前は知っていても不思議じゃない。
だけど、ローランド・マグノリアの記憶が、デュランにある? そこには不思議しかない。
もしかして四英雄って前世の記憶を受け継いでいたりするのだろうか?
ううん、アルベルトはそんな話は一切していなかった。気がする。四英雄だけに伝えられてる話があるとか?
「あの……もし四英雄に関わる話でしたららアルベルト様相手のがお話しやすいでしょうか?」
「いえ、もし、アルベルト様も前世の記憶があったり、伝えられている話があるなら、俺が憎いと思いますし」
「……どうして、ですか?」
「俺のせいで、俺のせいで復活したからです。闇色の竜が」
どうして……? 頭の中でエタロマシリーズのことを必死で思い出す。
ううん、それよりも、この世界は、この国は今は平和で、確かにここにある。それは闇色の竜を打ち倒して封印してきた何よりの証拠だ。
なのにどうして?
妙な的外れの指摘になったらどうしようと、何も言えずにいた。今は前世の知識も逆に邪魔にしかならない。
「……リンダ様は、邪教のものたちが、闇色の竜をどう復活させるのか知っていますか?」
デュランがぽつりぽつりと話し出す。
歴史書には闇色の竜が復活したとしか載っていない。
このゲームでは、攻略キャラクターの一人、治癒魔法を使う少女、オリビア・エルムが闇色の竜の生贄に選ばれる。
封印が解けた闇色の竜の力を増すために、オリビアを犠牲にするのだ。
これが阻止できないと、オリビアは亡くなるし、闇色の竜はすごく強くなる。だから阻止しないといけない。
だけど、この時点で復活はしているのだ。
それはエタロマに描かれてなかったはず。闇色の竜が復活したとしか、そうとしか描かれていないはずなのだ。
頼るべきゲームがあてにならない今、私は、リンダ・バーチとして考えるしかなかった。
「封印が弱まったせいでしょうか……?」
「封印は何年も経つと弱まるようですね。ただそれだけで闇色の竜が復活するわけではなく、きっかけが必要なんです」
「きっかけ、とは?」
「魔物がどうして生まれるのか、ご存じですか?」
「生き物が闇の魔力で満たされると、魔物になります……」
「そうです。闇色の竜は封印されていても、闇の魔力は持っている。弱くなった封印に穴を開けて、闇色の竜にほんの少し闇の魔力をあげれば、闇色の竜は復活します」
ほんの少し闇の魔力を、あげる?
考えが追いつかない。デュランの前世の記憶を疑う余地はなかった。
「あの……ほんの少しの闇の魔力って……」
のどが渇いて喋りづらい。でも紅茶を飲んでもきっと渇きはとれない。息苦しさを感じるなか、考えを巡らせる。
闇色の竜を強くするためにオリビアという生贄が必要だった。
じゃあ、闇色の竜を復活させるために、そのときももしかして……。
「誰か、が、犠牲になったり、するのでしょうか……」
最後まで口にできたかよくわからなかった。間違った推測であってほしいと思った。
「はい。封印を壊して、竜の口に闇の魔力を注ぎ込んた人を、生贄を放り込むんです」
「封印は壊れるものなのですか?」
「聖具が生贄の血で穢れれば、封印は壊れます」
「聖具が生贄の血で穢れれば……」
――俺のせいで復活したからです――。
まさか。
「その、聖具は、四つの聖具が、ということでしょうか……」
デュランの顔は見られなかった。
どうか、間違った考えであってほしい。
「いいえ、どれか一つです。そしてその戦いの時、水の槍が生贄を殺したんです。だから闇色の竜は復活した。俺のせいなんです」




