12 あなたに強くなってほしい。
「美味しいですね。このアップルパイ」
「お口にあったなら良かったです。うちの領地のリンゴは美味しいんですよ。それで、デュラン様、今度一緒に街に行きませんか」
「構いませんけど……唐突ですね?」
持参したアップルパイと用意してくれた紅茶に手を付けず話し出すなんて真似はしない。中身は大人なんだから。だから手を付けるまでは待った。
待ったけど、アップルパイは美味しいけど、もうデュランと街に行きたくて仕方ない。
「リンダ様は氷の魔導書を買うのでしょう? 付き合いますよ」
「それは良いのですが、私、修理屋さんに行きたいのです、魔導書の」
「修理……?」
「そのデュラン様の水の魔導書を直してみてほしいのです」
フォークを口に運ぶデュランの手が止まった。目線が『何言ってんだ?』と言っているように感じられる。たぶんもう少しまろやかな物言いだろうと思うけど。
魔導書の修理が見たい。というか、デュランの魔導書を直してほしい。
魔導書を直して、魔法の練習に励んでほしい。
このゲームでレベル不足になりやすいのだデュランは。
闇色の竜を倒すには、四英雄と光魔法の少女のレベルは大事。治癒もレベルは高いほうがいいけど、まぁ治癒属性の少女は、攻撃を受けたときにうっかり死なない程度のレベルがあれば大丈夫。
四英雄と光魔法の少女のレベルは、相手に与えるダメージに直結する。
アルベルトは主人公だから、レベルは上げやすい。なにするにも彼を操作するんだから。
学園であとに出てくるキャラクターは初期レベルが高い。
戦闘訓練で最後にパーティに合流する風の弓のパーム家のクリスと、封印の魔導書のウィロー家のカイルは強い。アルベルトのレベルを一生懸命上げないとこの二人に追いつかないくらい、レベルが高い。
反面、学園で割と早めに合流するデュランは弱い。しかもなぜかアルベルトとの親愛度も上がりにくい。たから、アルベルトに引っ張られることもない。ずっと弱い。
デュランをそのまま放っておくと後半で戦闘ばかりになったときに、ちゃんと狙われて、ちゃんと死ぬ。死ぬというかまぁ、HPがなくなって離脱。
そうすると戦闘が終わるまで復活しないので、経験値を得られず次も死んで、四英雄全員が一定レベルないと進めなくなるところでちゃんと足を引っ張る。しっかり進めなくなる。
ゲームなら最初からやり直しもできる、セーブもできる。だけど現実にリセットはない。進めなくなってもストーリーは続いてしまう。デュランが倒れても……ううん、ゲームでは倒れたけど、次の章では復活したけど、本当は、本当に死ぬかもしれない。
そうなれば闇色の竜を封印できない。
そうなればリンダは死ぬ。
彼には強くなってもらわないといけない。
だから、魔導書がこのままボロボロで、魔法の練習に差し支える状態では困るのだ。
彼の魔導書を修理して、魔法の練習に付き合って欲しいなんて口実で練習をさせて、彼のレベルを上げていきたい。
今から彼を強くすれば、きっとそれなりの強キャラクターに育つだろう。
「デュラン様の魔導書は、修理が必要な状態だと思うのです。だから修理しに街に行きましょう」
「修理、ですか。しかしなぜリンダ様が」
わかる。
そうなる。
けど死にたくないからとか言えない。
「あの……見てみたいんです! 魔導書が修理でどれくらい変わるのかを!」
デュランの顔に疑問符が見える。でももう押し切るしかない。
「ほら、やっぱりその、修理の方が安上がりですし、修理で充分なら、心置きなく魔法の練習できますし?」
あんまり表情の動かないデュランだけど、納得いってないことはわかる。
「あとほら、また魔法の練習したいですし」
「練習には付き合いますよ」
「いえ、その」
それはそれでありがたいけど、自分の身を守れるようにはなりたいし、ありがたいけど、支援キャラクターの私が、後半どこいったかもわからないリンダか強くなっても、闇色の竜は倒せない。
「あの、デュラン様に、強くなって欲しいのです」
「俺に?」
「はい、その……」
私が死ぬからとは言えない。あなたが死ぬかもしれないとも言いたくない。
「その……私、不安なのです」
「はい?」
そのきょとんとした顔を見なくても、きょとんとしていることがわかるような、調子外れのはい? だった。
しかし私ももう後には引けない。
「闇色の竜の夢を見るんです」
ガチャリとデュランの紅茶のカップが音を立てる。口に運ぼうとしたところでテーブルの上にあったし、紅茶も減っていた。
こぼれることもなく、ただ食器が音を立てただけ。カップとソーサーが鳴っただけだ。そのはずだけど、デュランの表情は強張っていた。
伏せた目はゆっくりと瞬きを二、三度繰り返し、黒い瞳がゆっくりと私を見た。
「闇色の竜の、どんな夢ですか……?」
あとには引けない私は、私たちが学園に通っていたら、闇色の竜が生贄を取り込んで復活し、闇色の竜のせいでこの国は闇に閉ざされたこと。
私はその中で、闇色の竜のブレスのせいで火事が起こり、巻き込まれて死んだことを話した。
デュランの表情は強張っていて、時折伏せる目には悲しさが混じっていて、本当にこんな嘘をついて申し訳ないと思った。でももう、撤回もできなかった。
前世を夢としてしまえば嘘ではないだろうと自分に言い聞かせた。
「いつから……」
「え?」
「いつからそのような夢を……?」
え、いつからだろう。
えっと、デュランとティナと会って……。
考えてみれば、四英雄の子供たち、ゲームキャラクターに会ったのがきっかけだったのかもしれない。
「デュラン様とティナ様と出会った日でしょうか」
「申し訳ありません」
……? なんで謝るの……?
「いえ、あの日に前世の記憶を思い出しただけなので」
私がサラリとそういうと、デュランは謝罪のために下げた頭を上げて、ゆっくりと口を開いた。
「前世の記憶……?」
自分のサラリとした物言いが失言だったことに気づいた。
もうここまで来たら、押し切るしかないんだ。仕方ない。
「あの! 私は、悲しい夢が現実にならないように、その、強くなりたいですし、その……」
言葉を選んでいると、デュランはなぜか『アルベルト様のためですか?』というので慌てて否定した。
「違います! 私は、私のためにデュラン様に強くなってほしいんです!」
穴があったらきっと埋まってる、心にドアがあるなら閉じて鍵をかけたい。
「だめ、でしょうか……」
顔も見ずにそう尋ねてから、そっと様子をうかがうと、デュランは紅茶をゆっくりと飲んだ。こんな事を言いだした私にどう返そうか考えているようにも見える。考える時間を取って、紅茶のカップを置いて、一言。
「氷の魔導書を買うついでなら」
「あ、はい……」
まぁ……いいか。うん、いいとしよう。
デュランはこのまま行ってくれそうな勢いだったが、高級品を買うのに準備もなしに行けないから、後日ゆっくりでお願いしたいと伝え、戸惑うデュランを押し切り、二日後に行く約束を取り付けた。
別れ際にデュランは、話したいことがあったので、今度話していいですか? と言っていたので、もちろん、と答えておいた。
話したいことってなんだ? と一瞬だけ考えたけど、そういえばティナの姿を見なかったけどいないのかな? と、すぐに気はそれていった。




