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11 マグノリア家にお邪魔します。

「どうぞ、こちらへ。デュラン様がお待ちです」


 マグノリア家のメイドに出迎えられ、ルナと一緒に進むと、デュラン本人がそこにいた。部屋で待つとかじゃないんだ……。

 通された応接間? のテーブルには、魔導書は置いてなかった。


「リンダ様、お待ちしてました」

「ごきげんよう、デュラン様」


 お挨拶をすませると、すぐにデュランは歩き出した。


「俺の部屋へ」

「あ、はい」


 素直についていくが、いいんだろうか? 礼儀がなってないとかないよね?


「デュラン様、お茶はお部屋にお持ちしてよろしいですか?」

「ああ、頼む」

「失礼します。こちらを……」


 ルナはマグノリア家のメイドに手土産を渡した。もちろんアップルパイ。

 ルナを待ってから、デュランはまた歩き出した。まぁ、俺の部屋ってことはデュランの自室に行くのだろうし、いくら子供とはいえ、あまり室内で二人にならないほうがいいよね。十歳とかだとこの世界ではそれなりだろうし。


 とはいえ魔導書の受け渡しはこっそりやりたい。情けなさすぎる……。ルナにはもうバレてるからいいけど。


 デュランの後をついていきながらちらりと目線を動かすが、デュランの後を周りに私にとってのルナみたいなメイドの姿はなかった。よかった。

 いや、というか初めて訪れた伯爵令嬢が、こんなにすんなり、由緒正しい四英雄の血を引く侯爵家の長男の私室に通されて良いのだろうか? しかも本人の案内で? 宰相の娘ってそんなに信用ある? 私、なんだと思われてる?


 そんなことを思いながら、部屋に着いた。

 殺風景な部屋だった。ベッドとかデスクとかはあるしソファもあるけど、余計なものがない、そんな感じだ。少しだけさみしくなるような、そんな部屋。

 促されるままソファに座った。ルナは室内には入ったものの、部屋の入り口近くに立っていた。マグノリア家のメイドはいないようだった。

 そして私の前にあるテーブルには、魔導書が三冊、火と水と風の魔導書が置かれていた。


「このたびは……ご迷惑をおかけしました」


 座ったままだが、深々と頭を下げた。


「いえ、一日魔導書を預かっただけですから」

「ありがとうございます。そしてこちらをお返しします」


 おずおずと頭を上げないままに、しっかりと抱きかかえた布を開いて氷の魔導書を差し出す。


「氷の魔導書は家にありましたか?」

「あるのですが、あれは保存用だから今度買う予定です」

「それならまだそれをお持ちください」


 テーブルの上で氷の魔導書をずいっとデュランの方に出すが、デュランは手を伸ばさない。


「あの、高級品ですし、さすがに気が引けるというかですね」

「バーチ家のご令嬢とは思えないですね」


 わかる。

 なんだろうなぁ、前世の記憶が入ったことでリンダの記憶が消えたわけじゃないけど、大人の金銭感覚を覚えちゃった感じなんだよなぁ。


 本来、八、九歳の子供は自分の魔導書が欲しい! って無邪気にねだってもおかしくないんだよね。たぶん裕福な貴族の令嬢は気兼ねなく親に買ってもらうだろうし、バーチ家は裕福だし。

 もっと無邪気にしたほうがいいのか? でもまぁ、親に魔導書を買ってもらうのと、デュランから借りたままっていうのは違うよなぁ。

 大人の分別と子供の感覚で揺れ動いている私に、デュランがそっと声をかける。


「今度買う予定、とはいつなんです?」

「いつでしょう……兄次第でしょうか……」 


『ついでにデュラン様と買いに行ったら?』

 兄の言葉を思い出し、今ごろになってどんなついでだよ、と心の中でツッコんだ。


「俺も一緒に行ってもいいでしょうか?」

「え? どうしてですか? 保存用と実用にしようと?」

「保存用と実用……いえ、そういうわけではないのですが」


 ちがうか。そうだよな。

 オタクの概念を心にそっとしまい込んだ私に、少し待つように告げて、デュランはデスクの方に向かった。

 一冊の魔導書を持って戻ってきた。

 かなり使い込まれた様子のある水の魔導書だった。


「俺の魔導書です。リンダ様、バーチ家の水の魔導書を見せていただいていいですか?」


 そう言いながらデュランは自分の水の魔導書を私に読める方向に回転させ、最初の方のページを開いた。

 それにならって、デュランが預かっていた、バーチ家の水の魔導書を並べる。


「練習の時に気になったので、失礼ですが、預かってる間にも魔導書を見せていただきました」


 デュランは指でデュランの魔導書の文章をさす。もう片方の手の指は魔導書に触れない程度に文を指し示した。


「読みづらさが違いますよね」


 ……読みづらさ?

 そう思って指し示された文章を見比べてみると、確かに、読みづらい。

 

 どうしてだろう? 字が薄いというか、書体が崩れているというか。なにか、読みづらい。


 んんん? 魔導書って劣化するの?

 あ。


「使用回数が減っているんですね……?」


 そうだ。ゲームでは、武器には使用回数がある。

 使用回数がゼロになると壊れて使えなくなるので、適宜、戦いの前などに修理をして使用回数を戻さないといけない。

 ゲームでは使用回数が表示されるけど、実際はこういう風になるの? 剣なら刃こぼれとかだろうか。弓は矢の数だよね多分。魔導書はこんな風に字が読みづらくなるのか。なんだろう? ゲシュタルト崩壊?


「リンダ様、使用回数、とは?」

 あ。

 ゲーム用語だ……。いや、でも、武器は修理しないと壊れる、は現実的な考えのはず。


「あの、使用回数は少し変な言い方ですけど、武器は、例えば剣なら、使ったら研いでもらったり、刃こぼれしてたら修理しますよね? 魔導書も一緒で修理しないと壊れてしまうのでは?」

「あぁ……そうか。使いにくくなったら言えと父に言われていたのですが、こういうことだったんですね」

「言ってないんですか?」

「会ってないですね」


 うちみたいなもんかなぁ? 仕事かな? 私も父が遠征にいきがちであまり顔を合わせることはない。マグノリア侯爵もそうでもおかしくはない。


「マグノリア侯爵もお仕事がお忙しいのですか?」

「最近は、西のパーム侯爵のところによく行っています。邪教のものの動きがあるようで。東のウィロー侯爵もよく行っているようです」

「え? もうあるんですか? 邪教のものの動きが?」


 思わず立ち上がってしまった。

 早い。

 え? ゲーム始まって二年目の秋じゃないの? 闇色の竜の封印が解けるのって。


 ……いや、違うか。

 崩れ落ちるようにソファに座り、考える。

 何百年も待ち続けた闇色の竜の封印を解く機会。それが、急に動き出すわけはない。この時点から動いていたの? パーム侯爵のところで?

 パーム侯爵領って、四英雄の一人、風の弓の英雄の血をひいているあの、パーム侯爵のところだよね?


 兄のクリス・パームはアルベルトの二つ上でパーティの攻撃の主力ともいえる、風属性の弓使い。

 妹のシャーリー・パームはアルベルトと同学年で攻略キャラクター。魔法属性は雷。

 兄のクリスはゲームスタート時点、アルベルトの入学時点ですでに三年生なので、前半はほとんど出てこなかった。後半では仲間になるが、それはもう強かった。


 後から仲間になるキャラクターって初期レベルがある程度高めに設定されているのよね。育てる機会が少ないから。

 それでも最初強くてもアルベルトが弱いとだんだんクリスとかも弱くなるという不思議な仕様だけど。


 あそこで邪教のものの動き……。そんな設定あったんだ。


「リンダ様」

「はい?」

「あの……そんなに考え込まなくとも、まだパーム領で邪教のものの動きがあるというだけです」

「あぁ……そうですよね、私に何かできることもないですし」

「あ、いえ、そういうわけでは」


 デュランが私の方に体を傾け、立ち上がろうとしたタイミングで、部屋の扉を叩く音がした。

 お茶とアップルパイが来たようだった。

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