10 一家団欒の夕食です。
「それで、リンダは氷属性だった?」
「あなたったら、せめて属性は何だった? とかでしょ? 実際どうだったの?」
魔法の練習から帰り、崩れ落ちたあと、そのままではいられないので立ち上がり、馬車に置いてきた我が家の魔導書を取りにマグノリア家に伺いたいこと、氷の魔導書を持ってきてしまった、結果として、借りてきてしまったことに対する手紙をデュランあてに出した。
この世界は魔導書が高級で、貴族しか持てないから魔法に頼らない生活の基盤があり、魔道具が普及している。
手紙は魔道具で送ったので届くのにそこまで返信に時間はかからないだろう。メールみたいな感覚? 書面だからFAXかな。
送った後は湯浴みをして、できることを終えたあとは魔導書のことを記憶から追い出し、夕食の席についた。
つくなり、先ほどの会話だ。私はまだ何の報告もしていないのに先ほどの会話だ。
お父様は遠征から戻り、学園の中休みでお兄様も帰ってきている。お母様もいて、一家四人全員が揃った夕食。久しぶりの一家団欒。
前世の記憶を取り戻してから一家が揃うのは初めてで、もう親と思えないみたいな違和感があったり、以前のリンダと違うみたいになったらどうしようと思ったけど、今のところ、そんな気配はまるでない。
なんせ、お父様、アレス・バーチ伯爵は、いきなり、氷属性だった? とか言ってくるくらいだ。
どういう決め打ちなんだ。
「で、リンダ、氷の魔導書は書斎にあるままだったけど、持って行かなかったのか?」
「あの、デュラン様にお借りしました、それでお父様……」
「みんなで魔導書を持ち寄ったのよね? 氷はデュラン様が持ってきてくださったのね?」
「あ、はい、そうですお母様。それより……」
「ローレル家って治癒の魔導書あるんだ、今度見せてもらおう。光もあるとかすごいよね。まぁ持ってきてもリンダには関係なかったけど」
「お兄様、試す前から関係ないとは……だから、そうじゃなくて」
「なんだい?」
「なぁに?」
「どうしたの?」
お父様とお母様とお兄様がハモっている。何なら私も「なんなの?」とかぶせたい。
「私、氷属性って言ってないですよね? 報告してないですよね?」
三人は、少し顔を見合わせた。え、今?
「まさか……」
「氷じゃないの?」
「雷とか?」
お母様とお兄様は少し嬉しそうなのは何でだろう。
「氷ですけど……」
私がそう答えると、お父様はほらな、と勝ち誇り、お母様は、あらあらと頬に手を当て、お兄様はあーあとため息をついた。
なんなの?
「明日のおやつはじゃあ……アップルパイで頼むよ」
「かしこまりました」
お父様がメイドに明日のおやつの指定をし始める。
「パウンドケーキが良かったなぁ……雷じゃなかったから仕方ないか」
「やっぱり水属性はちょっと違うわよねぇ、シフォンケーキにしようと思ったのに」
氷、雷、水、おやつ。
うん。
「あの、私の魔法属性がなにか、賭けていました?」
「賭けていたよ。氷属性だから父さんの当たり。だから明日のおやつは父さんのリクエストで」
この家族……人の魔法属性で、かわいい娘の魔法属性で賭けを……。しかもサラッと賭けていたよと……。
「リンダの性格から氷だと思ったよ。ドライだし、ちょっと攻撃的なところも」
「ドライで攻撃的って、娘のことをもっとかわいがって下さって良いのですが」
「かわいい娘だよ。どんなリンダでもかわいい娘だ」
急に真面目に言われては、しかも本心だろうと感じられるから、怒れない。
まぁ……よく考えればそんなに怒るようなこともないか。賭けをされたからって、魔法属性が変わるわけじゃないし、別に怒る理由がないか。
ただ、強いていうなら。
「それって私にはおやつのリクエスト権はなかったんですの?」
「全員はずれならリンダに回ってきてたよ。ちなみに父さんは氷、母さんは水、アーサーは雷に賭けてた」
あったのか……でも当たっちゃってるしなぁ。皆、結構、本気で賭けてない? しっかり当てる気でいってるよね。
「おやつは全員いただけるんですよね? 私も。種類が変わるだけですわよね?」
「もちろん。外れたからっておやつ抜きなんてないよ。アップルパイは不満かい?」
「いいえ。明日のおやつが楽しみですわ」
まぁアップルパイ好きだからいいか。確かにこういうところはドライかもしれない。
ドライかもしれない?
「あれ、ちょっと待ってください。ドライだし、ちょっと攻撃的ってなんですか? それ魔法属性に関係あります?」
「あるよ。魔法属性性格診断って感じかな」
「氷はドライで攻撃的ですか?」
「うん、私が見る限りね」
父が言うには、魔法属性によって性格の傾向があるので、性格を見ればある程度その人の魔法属性は当てられるらしい。
火は明るくて熱血漢。
水は穏やかで流されやすい。
風は気ままで自由。
雷と氷は攻撃的で、雷のが人に関わっていく方、氷は引いてしまう方。
土は堅実で策士。
治癒と光は献身的。
という傾向があるそうだ。
バーチ家は父が土で母が風、兄が雷で私が氷。アグレッシブすぎないか子供達。
家族を見ても、出てくるメインキャラクターたちのことを考えても、確かにまぁそんな感じか。
性格もキャラ立ってるし、属性もバラバラで……あれ? 氷のキャラクターって、いた?
アルベルトは言ってた、属性が違う方がパーティとしてはいい。魔物にはそれぞれ弱点があるんだし、それはそう。
だけど、そういえは氷属性のキャラクターはいない。
私と同じく戦闘に参加しないティナは風属性で、四英雄の子孫に風の弓がいるから属性が被っていた。だから私も誰かと被っていたほうが、なんというか、自然な気がする。
もしかして私がいつも後半に入るなり挫折していたから知らないだけで、仲間キャラクターいたのかなぁ。ネットにそんなの、載ってたっけ?
「そういえばリンダの魔導書って買いに行く? お父様はまたすぐ仕事でいなくなるだろうけど、中休み中なら一緒に行けるよ?」
兄の提案に、私はいったん考えるのをやめた。考えてもわからないだろうし。前世に戻ってインターネットで調べることもできないし。
「魔導書、買った方がいいのですかね……お高いんでしょう?」
「まぁ高いけど、うちにあるのは保存用だし、学園で使うんだから自分のものを持っておいた方がいいんじゃないかな」
「そうよ、いずれ買うんだし、お金には困ってないんだし」
「一緒に買いには行けないが、金なら出すぞ、二冊でも三冊でも」
「そんなにいりません」
裕福だからって……。というかうちにあるのって保存用なんだ。オタクの考えで心地良いよ。
「いつ買いに行く? 早く練習したいでしょ?」
「とりあえずはデュラン様から借りた氷の魔導書がありますが、確かに早く返したいですね」
「デュラン様から借りた魔導書?」
「氷の魔導書を?」
「あのデュラン様が?」
「あのって何ですかお父様」
そういえば、持ち出した魔導書を持って帰ってこなかったことも話していなかった。
私は火、水、風の魔導書をマグノリア家の馬車に忘れてきたこと、氷の魔導書をデュランに貸してもらったことを話した。
焦ったからそうなった、ということは話さなかった。どうして焦ったのかを話したくないからね……。
「え、ねぇ、リンダが置き忘れた馬車って、マグノリア家の馬車?」
「はい」
「デュラン様に送ってもらったの? アルベルト様じゃなくて。あ、ティナ様と一緒に乗ってたの?」
「ティナ様は先に帰りましたわ。アルベルト様は別です。マグノリア家の領地でマグノリア家の馬車ですし、行きも帰りもデュラン様と一緒ですけど」
「あのデュラン様とねぇ……」
「だから、あのって何ですか」
まぁ確かにこれまでまったく接点のない人ではあるけど。場所が場所だし、変じゃないよね?
「それで馬車に三冊忘れて、一冊うっかり持ってきたんだ……」
「それは……はい。返す言葉もありませんわ、うっかりです」
「まぁ、じゃあ早く返しに行きなよ、ついでにデュラン様と買いに行ったら? マグノリア家の人が来てくれるなら氷の魔導書買えるでしょ」
兄は苦笑した。
母は微笑んでいた。
うなずいた父は、私、いや、私を見た後、メイドの方を見て言った。
「アップルパイは一つ、手土産用に用意してくれ」
かしこまりましたとメイドが応える。良かった。私もちゃんとおやつは食べられそう。
夕食を終えて自分の部屋に戻ると、デュランからの手紙の返事が来ていた。簡潔な文章だった。
『明日お待ちしています。リンダ様とはお話したかったのでありがたいです』
私が悪気を感じないように、お話ししたかったとか言ってくれているんだろうな。本当は話すこととか、私相手にないだろう。
とりあえず明日はマグノリア家に訪問が決まったので、ルナに予定を告げて、さっさと寝ることにした。慣れないことだらけで身も心も疲れたし。
そうして早々に眠った。デュランとアップルパイを食べる夢を見た。よっぽどアップルパイが食べたかったらしい。




