旅立ちと、怪しい雲行き(1)
ガサルさんのお店で少し長居をし過ぎてしまったのか、私達が集合場所である〈北門前の広場〉へと着く頃には、既に10分近い遅刻になってしまっていた。
リリース直後の中央広場と比べれば飽くまで常識的な範囲、とは言え、今日はリアルの日曜日、夜の9時。沢山の人の姿で賑わう〈北門前の広場〉を、アレンさんを始めとした見知った面々を探してきょろきょろと見渡す。
トレイアは今日も相変わらず、見上げれば吸い込まれてしまいそうな濃い青色の空。燦々と輝く太陽に、ぐるりと立ち並ぶ砂色の建物。
広場は狩りの準備や待ち合わせ、プレイヤー同士の売買や取引をしているらしき多くのプレイヤーさんを始めとして、その上でNPCの人々、馬や馬車、荷車までもがのそのそと行き交っていて人を探すには一苦労だ。
これは、メッセージで連絡を取り合ったほうが良いような……。
……と私が思っていると、それを口に出すよりも早く、先にニアが声を上げた。
「……おっ、居た居た♪」
「えっ。どこどこ?」
「ほら、あそこ――噴水の辺り」
広場の中央辺りの一点を指差すニア。目を凝らして見ると、そこには大きな噴水があり、そしてその傍らには何組かの冒険者のパーティが居るみたい。
その一人一人を見渡していると、すぐに見覚えのある姿が目に留まる。
頭の後ろで縛ったオレンジ色に近い明るい茶髪。どーん、と大きな体躯の男性――アレンさんの後ろ姿である。
「さ、行きましょ。怒られるー」
呟くとニアは私の手を取って、それから小走りで広場の人通りの隙間を抜けていく。
私達が噴水へと近寄っていくに連れ、アレンさんの近くにいるそれ以外のメンバーの姿が見えてきた。
既に全員が集まっているみたいで、その中には、いざよいさん、すずさんといった見知った面々もいる……の、だけど。
……あれ?
なんだか、どうにも様子がおかしいような。
どことなく漂ってくる不審な気配を、きっと気のせいだろう――と拭い去りかけた、その時。
「おい。その言い方はないだろうが」
集まりの内の一人、浅黒い肌に金髪の男性が声を荒げて言い放った。
……びっくりした。
一体何事だろう?
ニアと、その後ろを歩いていた私も思わず足を止め、様子を眺める。
金髪の男性がアレンさんへと向き直り、不満げに声を上げる。
「……なあ、アレンさん。参加メンバーは7人じゃあなかったのか? 女の子二人組のローグとブリガンドとは聞いたけどさ。こんな奴が参加するなんて話は聞いてないぜ」
うーむ、と顎を擦って難しそうな顔をしているアレンさん。
「ああー……、ええとだな。一応、初期の募集の際から声をかけてはもらってたんだ、が……全く音沙汰がなかったもんで、てっきり参加しないもんかと……」
「オレは、そんな適当な奴の参加は反対だ。……他の皆は?」
金髪の男性が他のメンバーを伺うように見渡して、声を上げる。
困ったな――といった表情を浮かべ、顔を見合わせている他の面々。
……一体、どうしちゃったんだろう。
顔を見合わせた私達は、それから、どことなく漂うピリピリとした空気に居心地の悪さを感じながらもその集まりへと歩み寄っていく。
金髪の男性は、浅黒い肌、髪型は肩にかかるくらいの長めのウルフカット。耳にはちらちらとピアスが光っている……と言う、少し悪そうな風貌で、ちょっと怖い。
頭上には〈ヘーゼル〉とそのネームプレートが表示されている。
そしてもう一人――そのヘーゼルさんと揉め事になっているらしきプレイヤーさんの方は……はっきり言って、正体不明。
小柄で、その立ち姿は小学校低学年の子供くらいには小さい。……それこそ、以前会ったルーシィさんよりも、シイナちゃんやチサちゃんの二人よりも小さいほど。
そして顔立ちは、頭からすっぽりとフード付きの外套を被っているせいで全くと言っていいほど伺えない。
その背中には見たこともないような巨大な刀を携えていて、その形はいわゆる日本刀にそっくり。
その場に立つ人々の視線を集めながら物怖じもせず、金髪の男性――ヘーゼルさんを前にしても、一歩も引かぬ、と言った様子で腕を組み、ずーんと仁王立ちをしている。年季の入った麻袋のような外套はずたぼろで、なんだか孤高の旅人、といったような雰囲気が漂っている。
私達がその傍へと歩み寄っていくに連れ、その小さなプレイヤーさんのフードの隙間から何本かの長いヒゲがつんと飛び出ているのが見えた。
……よくよく見ると、頭の左右には獣の耳らしき盛り上がりが。そして顔はふわふわの、明るいグレーの毛で覆われているみたい。
あれ。
もしかして獣人、それも猫のプレイヤーさん、かな?
……そういえば、前作にもほとんど二足歩行の喋る猫のような、珍しい獣人の種族が居たような。
私がそう気付くのとほぼ同時、
「…………うわあああっっ♪ かわいーーっっ!!」
声を上げたニアがその小さな猫のプレイヤーへと駆け寄っていく。
……そして両手を広げ、抱きつこうとしたその瞬間。
猫のプレイヤーさんは半歩身を引いて刀を手繰り寄せ――……そして目にも止まらぬ速度で、刀の握り手側、柄の頭の部分を使ってニアのおでこを打った。
ごっすーん!! とスキル命中の音が響いて……ゆっくりと、膝からその場に崩れ落ちるニア。
……しーん、とした静寂。
突然の事に、その場の全員が凍ったみたいに固まっている。
猫のプレイヤーさんは落ち着いた様子で、とん、と柄を鳴らし、手慣れた風に巨大な刀を収める。
先にその静寂を打ち破ったのは、おでこを抑えたままにゆっくりと顔を上げたニアだった。
「…………なぁぁぁぁああにをするんですかっ!!! いきなりっ、出会い頭にーー!!」
「こっちの台詞だ。このド阿呆」
その外見には全く似合わない、低音の響く声で吐き捨てるように言う猫のプレイヤーさん。
私も遅れてニアの元へと駆け寄って、猫のプレイヤーさんを睨むと声を上げる。
「……い、いきなり攻撃するなんて、酷いですよ!」
フードの内側から覗くつぶらな瞳がきっと私を睨み返してくる。
「この阿呆が俺に飛びかかってきたからだろうが」
うっ…………。
この人(いや、猫か)、可愛いけど、なんだか迫力がすごい。
まるで野生の猫が威嚇をするみたいな感じ。
……でも、可愛い。
「で、で、でも……それは、あなたのキャラクターが可愛いって思ったからであって……」
若干に気圧されながらも、声を絞り出す私。
すると、猫のプレイヤーさんは私の声を遮るようにして、
「ほう。ならお前は――他人から同じようにされた時に受け入れるんだな? 初対面のよくわからん奴から抱きつかれても、それが好意からだった場合は、全て?」
…………うぐっ。
何も言い返せず、口を噤む。
……か、勝てる気がしない!
なんだか堂に入っているというか。よく考えたらニアも悪かったのでは……という気すらもしてきてしまう。
「ねえ、大丈夫?」
とにかく、蹲ったままのニアのその背中を擦る私。
「……いじめられたっすー!」
演技がかった声でニアが呟くと、
「勝手に泣いてろ」
吐き捨てるように言って視線を逸らせる猫のプレイヤーさん。
酷すぎる……。
とはいえ――この人(いや、猫か)。ニアを攻撃(迎撃?)する際に何らかのスキルを使ったらしく、刀を抜くその瞬間、右手にちらりとスキル発動の光が見えた。
多分、短い足止めのような効果を持ったスキルなのだろう。ニアのHPが減っていないのもそれが原因かな。
可愛らしい見た目からは想像もできないような、素早く的確な反応。
まるで時代劇の剣客のような、異様に渋い声。
こう見えて、実はかなり上手い人……なのかも。




