旅の準備をしよう(6)
翌日の日曜日。
パーティの集合時間よりも少し早めにログインをした私達は中央広場で落ち合うと、武器と防具を受け取るためガサルさんのお店へと足を向けた。
トレイアは、ゲーム内時間では朝9時を回った所で、相変わらずのぱあっと晴れた青空。私達にとっては後数時間でここを発つ最後の日……そう思うと少し寂しいけれど、汗ばんだ肌を冷やす海風が心地よく、旅に出るには良い日和だ。
港の路地。〈ガサル東方雑貨店〉と看板の掲げられた重い扉を押し開けると――薄暗いお店の奥から、低い、弾むようなガサルさんの声が響いた。
「おう、来たか」
「お邪魔っす♪ 例の、どうなりました?」
「もちろん、きちんと揃えて来たぜ」
言うとガサルさんは、カウンターの奥からいくつかの麻袋を持ち出してくると、よっ、と掛け声をあげてそれをカウンターの上へと持ち上げ、私達の目の前に並べる。
「こっちがカナト、それからこっちがジニア用に誂えた装備一式だ。……っと、それから」
続けて言うと、大きな布に包まれた棒状のものを持ち出し、ごとり、と重そうな音とともにテーブルの上、私の目の前に置く。それから、布に包まれていた2本の短剣を取り出すと、今度はニアの目の前に並べて、
「――預かっていた武器も返しておこう。ぜひ、検めてみてくれ。良い感じに補修されてるぜ」
短剣を受け取ったニアが、鞘から抜いたその刃を眺めて、ほう、と小さく感嘆の声を上げる。
……隣からその短剣を覗き込むと、刃は白銀色にきらきらと輝いていて、以前見た時よりも明らかに綺麗になっているように見える。
〈補修済みの古びた短剣〉
攻撃力:5 攻撃速度:とても早い
推奨レベル:5 耐久:83/83
『長い間に渡って酷使された短剣。丁寧に補修され、手入れは行き届いている。』
〈補修済みのファレベク坑夫の短剣〉
攻撃力:8 攻撃速度:とても早い
推奨レベル:12 耐久:75/75
『はるか昔、名もなき坑夫が使用していたぼろぼろの短剣。丁寧に補修され、手入れは行き届いている。』
「どうだね」
「……すごいっすー!! 見た目も綺麗になってますけど、ダメが2も上がってるっ!」
「そうだろう、そうだろう」
満足気に頷くガサルさん。
私もカウンターの上、布に包まれていた武器を取り出すと……まるで新品のようにピカピカになった私の斧が現れる。
ボロボロに黒ずんでいた木製の柄の部分は完全に新品のようになっていて、赤錆びていた斧の頭の部分は――欠けてしまっていた部分こそはそのままだけれど、しっかりと研がれ直されていて、刃がきらきらと輝いている。
おおー。……なんだかまるで別の武器みたい。
隣から私の斧を覗いたニアも、おーっ、と感嘆の声を上げている。
性能の方は、どうかな?
〈補修済みの古びた大斧〉
攻撃力:17 攻撃速度:とても遅い
推奨レベル:5 耐久:153/153
『長い間に渡って酷使された戦闘用の斧。丁寧に補修され、手入れは行き届いている。』
ええと、元々私の斧の攻撃力は12だったはずだから……なんと、5も上がってる。
「運が良かったな。ちょうど手の空いていた鍛冶屋の見習いの若者が、随分と丁寧に補修してくれたらしい」
「ほほーっ。たかが補修と馬鹿にしたもんじゃないっすね」
「言ったろ。武器はしっかりと手入れをすると大分違ってくるんだ。ああ、それから――カナトは、その包みの布も一緒に持っていくといい」
そう言うガサルさんに、
「布も、ですか?」
私が首を傾げると、
「何やら衛兵共が、斧を持ったノルン人の少女を躍起になって探してるそうだ。なんで、街を出る際には武器を包んで隠しておくと良い。――まさかとは思うがカナト……お前、悪いことをして稼いでるんじゃあなかろうな」
冗談めかして言うと、ははは、と笑うガサルさん。
「……わっ……、わかりました。ありがとうございます」
思わずぎくりとしつつも、平静さを装って返事をする。
「さあ、旅の装備の方も試してみてくれ。急ぎなら、そこで着替えても構わんぞ」
ガサルさんが店の奥の物陰になった場所を指差すと、カウンターの上に広げられた衣服を一品ずつ眺めて、ふむ、と頷いたニアが、
「じゃあ、あたしから」
言って、装備品を手に店の奥の陰に引っ込んだ。
まさか、本当に着替えるのかな?……と私が考えていると、結局、手っ取り早く装備画面で付け替えただけなのか、ものの一分も経たない程の速度で着替えを終え、すぐに姿を表した。
ぱっと物陰から現れた、まるで別人のようなニアの姿に、思わず、おおー、と声を上げる。
目を引くのは、肩に掛けるように羽織られたどーんと大きなジャケット。黒と紫を基調とした、丈の短いローブのようにも見えるそれはいかにもなファンタジー世界らしい金糸の刺繍で縁取られていて、品の良さを感じさせる。
その内側、涼しげなシャツからはちらりと素肌が覗いていて、その下には革製のショートパンツ。
それから、ニアが元々気に入っていた変なキャラクターのスリッパは、革素材の、サンダルとブーツを掛け合わせたようなしっかりとした靴に変更されている。
装備品それぞれには小物や装飾が散りばめられていて、いかにもRPGのローグらしい、身軽でスポーティな雰囲気。以前の初期装備感の漂う“気の抜けたTシャツ+ショートパンツ姿”からはがらりと雰囲気が変わって、とっても本格的だ。
「ど、どうだね。かなり良いと思うがね!」
動きやすさを確かめるようにして小さく跳ねるニア。
「……うん。どうっすかー?」
ぱたぱた、と大きなジャケットの袖を振って私を見ると、少し照れくさそうに微笑む。
「うんっ。すごい可愛い、し、格好いい……!」
「へへー。相変わらず足がちょっと寒々しいっすけどー、まあいっか」
言って、連撃の型のようなものを披露するニア。ひゅん、ひゅん、と風切り音を上げて刃が宙を切ると、銀髪と大きな服が風にたなびく。
……いいなぁ。かっこいい。
「――性能も見た目も大満足っす♪ さすがおっちゃんですねー」
「そうだろう、そうだろう」
満更でもない、と言った様子で顎を擦るガサルさん。
「……さて、次はカナカナの番ですよ?」
……う、私もか。
「うん。それじゃあ――って、あれっ?」
なんだかふと気になって、改めてニアの全身を見返してみる。
それもその筈――ニアの黒いジャケットのフードは下ろされていて、その顔立ちと銀色の髪、それから頭上には〈ジニア・ソーンブレード〉と赤いネームプレートが晒されている。
……の、だけど。そんなニアの姿を見ても、ガサルさんは特になにかに反応するような気配はない。
「……ねえ。フードを外しても大丈夫なの?」
私がこっそりと耳打ちをすると、
「大丈夫っすよ?」
きょとんとしたような表情を浮かべてニアが言う。




