旅の準備をしよう(4)
「……なんとも悪そうな男っすねー。コイツがボスキャラですかね?」
人相画を見上げたニアが呟く。中年に差し掛かったくらいのその男性はいかにもな悪人といった風貌で、頭に布を斜めに巻いて片目を隠している。
……あれ。確か、ラドガーさんもこういうふうに布を巻いて眼帯にしていた……ような。
ニアはそれから視線を移すと、人相画の下に書き込んであった文字を読み上げる。
「なになに。……街に火を付けて回っていた実行犯の一人。眼帯をし、斧と盾を携えた賊の男。……ふうん。てことは、こいつはボスじゃあないんですかね。……じゃあ、この隣の奴は?」
独りごちるみたいに言って、その隣へと掲げられた張り紙を見上げる。私も一緒に視線を移すと……、
そこには、フードを目深に被っている頬の痩せこけた人物が描かれている。隣へと描かれた男性とは違って顔立ちを窺うことはできないけれど、人相画からはどことなく毒々しい悪人のオーラが放たれている。
「この真ん中のやつは……えーと、なになに。……フードで顔を隠したノルン人の若い女……ふむふむ。大きな斧を携えた狂人であり件の首謀者であるという疑いも。捕縛しようと試みる前にまず衛兵へと報告せよ、ですって。…………ん?」
声を出してそれを読んだニアが、それから何かを考えるように首を傾げた後で、なにやらじっと私を見つめる。
「…………私じゃないよ!?」
思わず声を上げると、
「あ、いえ! 別に疑ってたってわけじゃ……」
あはは、と取り繕うようにしてニアが笑う。
だって……だって。このトレイアに、種族〈ノルン〉を選んだプレイヤーは何百人と居る……と思うし。
それを言ったら、ユリさんだってそうだし。――ユリさんは〈シアー〉だから、斧は持っていないけれど……ノルン、女性、それから武器が斧、というだけであれば、NPCからもPCからもかなりの人数が該当するよね。
大体この絵、似てないし。
私はそう自分に言い聞かせながらも、じわじわと胸に湧き上がる嫌な予感に装備画面を表示させ装備している斧を外そうとして――、それから遅れて斧をガサルさんに預けていたことを思い出して画面を閉じると、小さくため息を吐いた。
「……えーっと、ほらほら。犯人はもう一人居るみたいですよ? ……こっちは顔が割れているみたいですねー?」
私の手を引いて、その隣へと張られたもう一つの手配書へと視線を移すニア。私もそれを見上げると……、
「なになに。……年頃にして12か13の少年、獣人フェルプスの術者。狐のそれに似た大きな耳と尾がある。植物などを操る魔術を扱う。…………あれ?」
……何も言えずに、ただ立ち尽くす私。
さあっと血の気が引いて、身体が冷たくなるのを感じる。
ここまで来ると、もはや否定のしようもなく。今、この事態の犯人としてこの王国中で指名手配をされているのは、つまり……。
ニアはそんな私を隣からじいっと見つめると、言葉を選ぶようにして呟く。
「カナカナ……そのう。もしかして、ここ最近会ってなかったのって」
「――……私じゃないよっ!!!」
ぎゅっと手を握りしめ、大きな声を上げる。
びくりと肩を震わせたニアは、しーっ、と人差し指を立てて口に当ててから焦ったような面持ちできょろきょろと周囲へ目を配る。
……しまった。
手のひらで口を覆って周囲を窺うと、何人かの通行人が足を止め、まるで恨みのこもったような目つきで私達を見つめている。
足を止めたうちの一人が、ノルンの女じゃないか、と囁くように言うと、道行く人々が一人また一人と足を止め私達へと猜疑の視線を投げかけてくる。
「――おい」
その時、一人の男性が唸るような低い声を上げると、私達を見据えて歩み寄ってきた。
……まるで熊のような体格の男性の服は所々が千切れて、煤で真っ黒になっている。その男性が私を見下ろし、睨みつけながら、一歩一歩こちらへと歩み寄ってきたその時――。
突然、ぱっと私の手を取ったニアがその場から逃げるように駆け出した。
「……待ちやがれっ!!」
背後から響く怒声。
……私はただ、ニアに手を引かれるがままに通りをひたすらに駆けていく――。
✤
「はぁーっ。びっくりした……」
路地の壁にもたれかかって、息を荒げる私達。
結局、男性はその場から追いかけては来なかった。……のだけど、それでもゆく先々で投げかけられる突き刺さるような視線に耐えきれず、私達は人気の少ない場所を探して無駄に辺りを走り回ってしまったのだった。
「……ごめん」
俯いたままに呟く私。
「いやいや。なんでカナカナが謝るんです」
ニアはそう言うと、突然にぷっと噴き出して……かと思うと声を上げて笑い出した。
……なぜ笑う。
私のせいで怖い目にあったばかりなのに。
すっかりと気持ちの落ち込んでいた私は、呆気にとられたままにけたけたと笑うニアの姿を見守る。
「……もう。何がおかしいの」
「えーっ、だって楽しいじゃないですかっ♪」
私が聞くとニアはそう呟いてからまた笑い出す。そうしてしばらく笑った後でなんだかさも楽しそうに息を吐くと、あー怖かった、と満面の笑顔で呟いた。
……意味がわかんない。
私が思わずため息を吐くと、
「……えっ。もしかしてマジでやっちゃったんです?」
なんだか、爽やかな笑顔を浮かべて言う。
「やってない……。やるわけないでしょ」
「まあまあ、落ち着いて。カナカナがそんな事をしてないっていうのは言わずともわかってますので――まず、何があったのかを説明して欲しいっすー」
言いながらに息を整えているニアに、私はもう一度息を吐くと……、
それからゆっくり出来事を整理しながら、前回のユウくんとの冒険の間に起きたことの一通りを話し始めた。
✤
「……なるほど。つまり話をまとめると――。この件……まあ、どう考えても、その地下道でちらりと見たという〈ラドガーに密輸を依頼したらしきその男〉が最も怪しいですけれど。……ではなく、なぜだかラドガーと、それからカナカナとユウくんが疑われてしまっている――と?」
こくりと頷いて応える。
「ちなみにそのラドガーという男。改心したフリをして後を付いてきていただけで、二人が寝落ちしてしまった後に街に火をかけた――という可能性は?」
「違う――、……と、思う。ラドガーさんは、そんなに悪い人には見えなかったよ」
「なるほど。……それにしても、なんだか妙な話っすよねー。普通RPGのクエストって、なんだかんだでボスに勝てれば色々と悪い結果は防げる――というのが通例のような気がするんですけど」
私もこくりと頷いて、
「うん。私達も、なんとなくボスを倒して安心しきってて……。ユウくんが言うには、クエストはまだ続いているらしいんだけど」
「昨日のあの雰囲気から察するに、良い続き方はしてなさそうですねー。……ああ、そっか――そのクエストを受けた張本人であるユウくんと連絡が取れないから、結局のところ私達には何にもわからないじゃないですか」
私も頷くと、それからしんとした沈黙が私達を包む。
俯く私。……ニアはそんな私にどしんと肩をぶつけると、
「そっか。……よしよし♪ カナカナは明らかになーんも悪くないすよ。重く考えすぎなんですって」
私の肩を抱いて言う。
「……まあ。ゆっても――こうなった以上は、尚更にトレイアに居続ける理由も無くなりましたね」
「そう、だね」
ニアはそれから、んーっ、と大きく伸びをして
「……じゃあ、特にあたし達のやることも変わらず、ってことで♪ もうちょっとカルマを回収しておきましょ」
地図を開いて現在位置を確認すると、それから私達は元々目指していた場所――この地区にあった教会へと足を向けた。




