旅の準備をしよう(3)
カルマを上げるため、街を探索するカナトとジニアは……。
薄暗い路地を抜けた途端、差し込んだ陽の光を手のひらで遮りながら……ぼうっとその場に立ち尽くして辺りを見渡す私達。
……そこにあったのは、ぽっかりと街の中に開いた空間。
ただただ広がる黒く焦げた瓦礫の山と、もともとは街があった跡……。
物見のための石塔や、しっかりとした石積みの家はその姿を残しているものもあるけれど、建物のうちの殆どは尽く焼けて崩壊――炭と化した木の柱の骨組みだけが、ぼろぼろに崩れながらもかろうじて残っているような状態だった。
……そんな街があった箇所を貫く大通りを、服を煤で汚れさせた人々や、瓦礫を運び出す荷馬車がせわしなく行き交っている。
私はぽかんと口を開けてその景色を眺めながら――理解の追いつかない頭で、きっと火事があったんだ、と考えて……それから、ふとあることを思い出した。
数日前にログインしていた際に、会ったばかりのユウくんと、そしてラドガーさんとした冒険のこと。
街中を歩いていたユウくんがなんとなしに引き受けたクエストを、私が成り行きで手伝うことになって……、それで、ええと……どうしたんだっけ。
……落ち着いて、落ち着いて。
私は心を覆い尽くす動揺を抑えつつ、あの時起きたことを一つ一つ思い出していく。
……そうだ。
それからヴァルター君という男の子の行方を追ってトレイアの地下道へと侵入した私達は、その奥深くでラドガーさん率いる賊の集団を見つけることに成功して……それから、ラドガーさん達に囚われていた男の子、ヴァルター君を救い出すことに成功した、のだけど……。
その場に突然現れた〈シャドウ・エクスペリメント〉という大ボスが、私達やラドガーさんを無差別に攻撃し始めた。そこで、私達とラドガーさんは一旦手を組んで、ボスと相対することになって……。
ところが、お酒の密輸の手伝いで雇われていたラドガーさん達が運んでいた酒樽の一つが、ボスの攻撃によって部屋中に撒き散らされて……同時、その謎の液体に燭台が倒れかかった途端、ものすごい勢いでその液体が燃え出して――その酒樽に入っていたのはお酒なんかじゃなかったことがわかって。
それから私達はボスと戦いながら、街へと大量に運び出されてしまったその怪しい可燃物の入った樽の存在を衛兵たちへと知らせるために、ヴァルター君をその場から逃がすことに成功。
その後、私達は力を合わせてボスをなんとか倒し、それからラドガーさんの漕ぐ舟に乗って地下道から脱出したものの……すっかりやり遂げた気分になった私とユウくんは、舟に揺られながらに寝落ちをしてしまって。
…………あれ?
それで、その後はどうなったの?
ぼうっとその場に立ち尽くし、頭をぐるぐると巡らせる私。……するとその時、そんな私を現実へと引き戻すみたいにして
「すげーっ。めっちゃそれっぽいっすー!!」
ニアが、感心をしたみたいに声を上げる。
「……えっ?」
ニアの言っている意味が分からなくて思わず聞き返す私。ニアはぱちくりと目を見開いてそんな私を見つめ返すと、
「ん? ……すっごいリアル――ホンモノっぽいなー、って意味っすけど」
「え――……っ、あ、うん。そ、そうだよね」
たどたどしく返事をする私の様子がどこかおかしいと気付いたのか……ニアは私の顔を覗き込むと、どこか訝しむような目つきで、
「カナカナ……一応言っておくけどこれ、ゲームの中の出来事っすからね? あくまでゲームはゲームとして一線を引いて――あんまり深く考えないほうが良いっすよ?」
「うん。大丈夫」
笑顔を繕って返事をすると、安心をしたように微笑んだニアは、
「――さ、さっさと次の祭壇を探しましょ♪」
ぼうっと立ち尽くしていた私の手を取って、焼け焦げた通りを歩いていく。
軒先があったらしき場所で頭を抱えて座り込んでいる人、瓦礫の上で何かを探している人。見物をしているらしき市民、すげーっ、と歓声を上げる冒険者のパーティ。酔っ払っているのか、ふらふらと体を揺らして通りを歩いている人。
瓦礫の山が並ぶ通りには様々な思惑を抱えた人々が行き交っていて……どうにも、そんな行き交う人達が恨めしい目で私を睨んでいるように思えてしまって。私は顔を伏せ、フードを目深に被り直して、ただただニアの後を追っていく。
……うん。
やっぱり、私達のクエストが街にまで被害を及ぼすなんて、そんなこと、あるわけ無い。
大体、私達はボスの討伐には成功してるわけだし……。
例えば……実はこの一帯は最初からこうだった、とか。あるいは、私がしばらくお休みしていた間になにかイベントが起きた、だとか。
そういう、別の理由だと考えるのが自然だよね?
……
それからしばらく通りを歩いていくと、ふと足を止めたニアが呟いた。
「……んー? なんですかねー、あれは」
顔をあげると、通りの上――何かを取り囲むように、沢山の人集りが出来ている。
そこには、いわゆるNPCであるトレイアの市民たちや、プレイヤーと思しき冒険者たちも押し寄せていて――その人集りのせいで資材などを運んでいる人たちがそこを通れず、ちょっとした混乱が起きてしまっているらしく、辺りからは、押すな、だとか、危険だから近寄るな――と言ったような怒声が響いてきている。
「失礼しまっすー♪ ……すみませーんっ」
ニアは私の手を引いたままに、その人集りを強引に押しのけながら、中央へと向けて抜けていく。
そしてその先で視界に広がったのは……通りの真ん中に開いた大穴だった。
テニスコートほどの大きさもあるその大穴はもともとあった通りの大部分と、それから周囲にある民家をいくつか飲み込んで広がっていて……なんだかまるで、家の雪崩でも起きてしまったかのような、非現実的な光景が広がっている。
その周りを厳しい顔立ちの衛兵達が取り囲み、槍を片手に声を上げ、見物人を押し留めている。
「……何があったんだ、こりゃ」
私達の傍らの、トレイアの市民らしき格好をした誰かが呟くと
「地面の下でとてつもない爆発があったらしいですよ」
そのまた隣に立っていた人が、なんだか独り言を呟くみたいに返事をした。
「なんだい、そりゃ。……ここから火柱が噴き出した、とでも言うのかね」
「いえ。街に火を掛けたのは、やはりよそ者――北方のならず者連中だという話です。油の入った酒樽をこの一帯にばらまいて、一斉に火をつけたのだとか。……あちこちに張り出された手配書はもう見たでしょう?」
私は話に聞き耳を立てつつ、ちらりと横目でその二人を窺うと……そのどちらもがあまりこの地区には直接の関係がなさそうな、少し身ぎれいな人たちだった。
「それは知ってるが……なら、この大穴は大火となんの関係があるんだ。偶然同じタイミングで発生したということもあるまい」
「さあ……私は、そこまでは。だが相手は獣人にノルンの蛮族です。何をしでかしても不思議じゃない」
疑問を呟いた人はそれきり相手に興味をなくしてしまったみたいにして、それ以上のことを喋らなかった。
「見に行ってみますかー、その手配書とやら」
同じように彼らの会話を聞いていたらしいニアが呟くと、それから再び人をかき分けて来た道を引き返していく。そして人集りを抜けると、辺りをきょろきょろと見渡して……それから何かを見つけると、あったあった♪――と呟いて、私の手を引っ張っていく。
そこにあったのは、石壁の残骸の上に大きく張り出されたポスターのような張り紙。ニアは、その前で立ち止まって
「ほらっ。カナカナ、みてみてー。これが犯人ですって」
おかしそうに笑いながらに言うと、掴んでいた私の手を少し大げさにぶんぶんと振る。
「うん、うん」
小さく返事をして顔をあげると、そこには少し雑なタッチで描かれた男性の人相画があった。




