旅の準備をしよう(2)
「よろしくっすー♪ ……ちなみに、この予算で武器の調達もお願い出来たりします?」
ニアが言うと、ガサルさんは考え込むようにして顎を擦ってから、
「この金額でさらに武器まで、となると少し難しいな。この頃はすっかり物価が高騰しちまってて、武器も鎧も衣服も値段が上がっちまった」
……まあ、そうだよね。
革鎧のセットで金貨10枚、なんて言っていた人も居るし、その上で武器も、というのはちょっと厳しいね。
「そこでちょっと良い案があるんだが――武器に関しては、俺の知り合いの鍛冶屋に補修を頼んでみないか? お前達、手入れもせずに雑に武器を使い込んでいるみたいだが、研ぎ直しやバランスの調整等々……一度プロに手入れをしてもらうとかなり違ってくるぜ」
……なるほど。それは良いかも?
顔を見合わせた私達は頷き合うと、ニアが口を開く。
「じゃあ、そのようにお願いするっすー♪ ちょうど耐久が不安になってきていた所なのでめっちゃ助かりますっ」
「よし――決まりだな。であれば、お前達の武器は当日まで預からせてもらうぜ。……ああそれと、お前達はどこに向うんだ? 例えば、南に行くか北に行くかで格好も変わってくると思うが」
「んーと、メルブレヴィア公国、でしたっけ。……方角的には北っすね」
ニアが言うと、ガサルさんは少し考えるみたいに首をひねって、
「聞いたことがあるような、無いような……あの辺りは小国が群立しているから俺もよくはわからんが。……となると、山を越えていくことになるだろうし、季節的にも、暑くはないが寒くもない、位の格好が無難だろう。……ようし、それじゃあ早速取り掛かるとしよう。他にもまだ用事はあるかね」
ガサルさんが私達を順に見ると、ニアも何かを促すようにちらりと私を見る。
なんだろう? 私が、首を傾げてニアを見つめ返すと、
「カナカナ、ポーションや手斧の補充もついでに一緒にお願いしておいたほうが良いのでは?」
…………はっ!
完全に忘れてたっ!!
「そうだった! ……あの、ガサルさん。低級ポーションを2本と、それから……投擲用の手斧も6本補充したいです」
うむ、と頷いたガサルさんは、ポーションを2、手斧を6、……と呟いて、手元に用意した紙にメモを取った。
「……よし、承った。だが、それだと少し装備品の予算のほうが寂しくなってくるが……」
「あ……だったらついでに、素材の売却もお願いしても良いですか?」
「ああ、構わんよ。喜んで買い取らせてもらおう」
にこやかに言うガサルさんを前に、私は所持品パネルを表示させて、それから大量の素材アイテムをどう取り出したものかと悩んでから、アイテムの一個一個にチェックマークを付けていく。
せっせと画面を連打している私の仕草を見ていたニアが、私の傍らで囁くように呟く。
「……メニューから全選択も、複数選択も出来るっすよー」
「えっ。ええと……ちょ、ちょっと待ってください」
所持品パネルの中のメニューを探すと、『すべて選択』という項目を発見。それをタップしてから、取り出しの操作をすると……。
ぱっと目の前に、思った以上に巨大な袋が表れて、床の上に落ちた巨大な袋を筋力にまかせて持ち上げると――
「よい……しょっ!」
持ち上げたそれをカウンターの上へと乗せる。
ふうっ。
「これもお願いします」
「…………おい。結構な量だってのは……まあ、別にいいが――」
ガサルさんが微妙な表情を浮かべたその時、……なんだか、袋の中から嫌な匂いがした、気がした。
「カナカナ……もしかして、ナマモノを処理しなかったのでは……」
訝しげな表情で袋を睨んで、鼻を摘んだニアが呟く。
え……もしかして、本当にカニの肉?!
「ご、ごめんなさい……!!」
袋を広げて、素材やドロップ品の中に散乱した腐ったカニの肉を一個一個取り除く。
〈腐ったアワアワクラブの肉〉を入手しました。
〈腐ったアワアワクラブの肉〉を入手しました。
〈腐ったアワアワクラブの肉〉を入手しました。
いや、そんなことまで通知してこなくていいから……。
気を抜いたら泣き出してしまいそうな気持ちになりながらも、必死になってカニの肉をしまう私。……そんな私の様子を青ざめた表情で見守るニアとガサルさん。
このゲーム、嫌いになりそう。
なんでこんな所だけリアルに作ってあるの……。
「…………まあまあ。前作ではいくつめかの拡張パックで追加された魔法の冷蔵庫みたいなアイテムが当たり前のように配布されてましたからね。分からなくもないっすー……。人間ですから、ミスもありますよねー……」
私から4~5歩分の距離を取ったままに、Tシャツの襟を引っ張り上げて鼻と口を覆ったニアが、なんとも言えない表情を浮かべて目を逸らしたままに呟く。
慰めてくれるのは嬉しいけど……それならそれで、そんな反応もしないでくれない?
…………それにしても、咄嗟にバッグの中――というか、所持品リストに仕舞い直したこの肉。一体、どうすれば良いんだろう。
後でどこかに……海か、街の外に、こっそりと捨てる?
……良いよね? 別に……ゲームだし。アイテムだってデータなんだし……。
ガサルさんは、カウンターの上に跳ねたカニの汁を拭き取ってから取り繕ったような笑顔を浮かべて、
「ああ、……よし。では、残った品は俺の方で換金し、装備品を買う資金に回すとしよう。それで問題無いかね?」
「ごめんなさい……。よろしくお願いします」
✤
それから、ガサルさんへとお別れを言って店を出た私達は、時間もあるからと少しだけカルマを上げるための祭壇巡りをすることにした。
ニアはある程度回る場所の目処がついているみたいで、どこへ続いているのかもわからない狭い道を迷いもせずに抜けていく。
その後を追って裏通りをしばらく行くと、小さな広場へと出た。特になんということもないような広場には小さな泉と、こじんまりとした教会らしき質素な建物。
フラナという女神様を讃えるために建てられたらしいその教会は、一歩その中へと足を踏み入れると華やかかつ綺羅びやかな装飾が内壁に、天井に、一面に散りばめられていて、思わずニアと二人ぽかーんと口を開けてその内装に目を奪われる。
そんな教会の内部をニアと一緒に見て回っている最中――ぽつんとあった小さな祭壇に触れると、カルマを+5得ることができた。
たったの+5、だけど……千里の道も一歩から、だよね。
教会から出て、このまま二軒目に行こう、と声を上げたニアのその背中を追って、再び狭い路地を歩いている時。……ふと、なにかが焦げたような――あるいは、煙がべっとりと染み付いたような、妙な匂いが漂った……ような気がして、思わず足を止める。
けれど、周囲には特に何の変化もなく……普通の民家が立ち並んでいるだけ。
私を置いてすたすたと歩いて行ってしまうニアの背中を小走りで追いかけると……それからすぐに、大通りらしき開けた場所へと躍り出た。
……そして、そこから突然に広がったその景色を眺めて――私達は、思わず言葉を忘れその場に立ち尽くした。




