旅の準備をしよう(1)
翌日の土曜日の夜。
予め決めていた時間に落ち合った私とニアは、それからしばらく、今日の予定について話し合った……のだけど。
例えば、トレイアの行ってない場所を探検してみる、だとか、ダンジョン『枯れた渓谷』に行ってみる、だとか、「お高い雰囲気のレストランに行って一発ぶちかます」だとか、いっそのこと水着を買って近隣の小島にあるらしい隠れた浜辺に遊びに行ってみる、だとか(後ろの2つはニアの案である)。
トレイアで遊べるのもこれで最後の日になるからと、あれも良いこれも良いなんて沢山の案が出た結果、ひとまずは目先の用事を済ませてから、ということで旅のための装備一式を先に整えることにした。
……けれど、私達は二人共、ほぼ完全に初期装備の状態。街を歩き回って一品一品を探していたらあまりにも時間がかかってしまう。
稼ぎもしたいし、お散歩もしたいし、カルマが僅かに上がるというトレイア内の祭壇巡りもしたいし。
買い物をしていたらどう考えても時間が足りないからと、以前顔見知りになったお店『ガサル東方雑貨店』で装備を一式揃えてもらえないか相談してみよう、ということになった。
✤
「……んっ。ここっすね」
相変わらずの青空が広がるトレイアの街の一角。
ぎらぎらと目の眩むような、燦々と照りつける夏の日差しに風に揺れる路端に植えられた椰子の木々。石積みの建物に挟まれた薄暗い路地はそのおかげで日陰になっていて、海の方から吹いてくる乾いた風が汗ばんだ肌を心地よく撫でて熱を奪っていく。
そんな路地の半ば、看板を見上げたニアが立ち止まる。
軒先から下げられた、古びた木製の看板には見覚えのある『ガサル東方雑貨店』という文字。
年季の入った雰囲気の石積みの外壁に、鉄の格子の付けられた小さめの窓。一見してもお店のようには見えないその建物の、黒ずんだ木製のドアをノックしてから押し開くとふわりと覚えのあるお香の香りが漂う。
……なんだか懐かしい。ガサルさんのお店の香りだ。
薄暗い店内の、店の奥の窓からは太陽の光が差し込んでいて目が眩む。銀製のランプなどの工芸品に、瓶に詰められたスパイスだとか、得体のしれない東方の品々が所狭しと並んだお店の中へと足を踏み入れると、ぎしぎしと足元の床材の木の板が軋む。
そんなお店の奥、カウンターの側から身体の大きな男性がひょっこりと現れると、こちらを伺って声を上げた。
「……おや。誰かと思えば、懐かしい顔だな」
幾何学的な模様の刺繍がされたローブ。頭に布を巻いたこの男性は、店名にもなっている店主のガサルさん。
この『ガサル東方雑貨店』は、外見もお店の中も、それから店主さんの風貌も、どこをとっても怪しげだけれど……、このトレイアではどうにも疎まれているらしい私の種族〈ノルン〉を相手にしても、きちんとした適正の価格で取引をしてくれる数少ないお店の一つだ。
「おっちゃん。お変わりないっすかー?」
ニアが声を上げると、大きな笑顔を浮かべたガサルさんも返事を返す。
「よう。ジニア、カナト――元気だったか?」
「ガサルさん。お久しぶりです――こんにちは」
「そんな物を頭から被っているから誰かと思ったぜ。……二人共、少し雰囲気が変わったか? ちょいと、貫禄がついたか」
そう言えば、以前訪れた時はフードは被ってなかったんだった。……それ以外の部分は全く変わっていない、と思うけれど。NPCであるガサルさんからは、私達は少しは成長しているように見えている……のかもね?
ともあれ、訪れたのは結構久々なのにちゃんと私達の名前まで覚えていてくれるなんて、ちょっと嬉しい。
「鳩はあれからどうなった。元気になったのか」
「……あー。奴を助けちまったせいで、今、とんでもないことに巻き込まれてて……。ほんっと大迷惑! っすー」
ニアが言うと、わはは、と声を上げて笑ったガサルさんが声を弾ませ言う。
「なんだ、そりゃ。――……で、今日は何の用で来たんだ?」
「お買い物、といえばお買い物、なんですけど。……何から話したものやら?」
ニアが一度考えるように小休止を挟んでから、口を開く。
「ええとですねー。実は早急に旅立つことになってしまいまして、装備を揃えたいんです。二人分の、良い感じの奴をセットで」
「そりゃ、随分と突拍子もない話だな。……それなりの旅の装いを一式揃えるとなると当然、それ相応の代金になるわけだが。ちゃんと払えるのか?」
「お金は……まあ、そこそこにはある感じ? っす」
言って、メニューを操作するニア。すると、じゃらっ――と重そうな金属音を鳴らして、通貨の入った小さな袋が現れる。ガサルさんはそれを手に取ると、一枚一枚貨幣を取り出し、それらの表と裏を確かめてから、驚いた様子で声を上げた。
「……おいおい――こりゃ驚いた。全部本物のアヴァリア金貨じゃないか」
「えっへっへー♪」
得意げに笑うニア。
「お前達……まだまだ駆け出しのひよっこだと思っていたが、これだけ稼いでくるとはやるじゃないかっ!! 俺も鼻が高いぜ」
わっはっは、と笑いながら大きな手のひらでばしばしとニアの肩を叩くガサルさん。
「痛い痛い。……痛いっすーっ!」
ニアが逃げるようにしてカウンターから離れる。
「……ようし。このくらいあれば、しっかりと二人分の旅の装備は揃えられるぜ。」
まだ、私の分もありますよ。
メニューを出して、それから幾らを取り出そうか? と考えて、ふと手を止める。
確か、自分の旅費は自分で支払わないといけない、と言うお話だった筈なんだけど……大体いくら位持っておけばいいんだろう?
「――ねえねえ。ニアはいくら残したの? 旅費として」
「あたしは銀貨で150枚っす。一応、念のためにやや多めに――何かあれば、宿にも泊まれますし?」
「そっか。じゃあ、私もちょっと多めにしよう」
……金貨のほうが軽いから、金貨2枚でいいかな?
手元に2枚の金貨を残して、それ以外のすべての――500枚以上の銀貨を取り出す。
ぱっと目の前にこんもりと膨らんだ袋が現れて、落下を始めるそれを両手で受け止めると、袋の中から派手な金属音が鳴り響く。
「私は……、よいしょ。このくらいの予算でお願いします」
「……おいおい……」
呟いて、ガサルさんが中身を一瞥すると
「すごいな。すべて銀貨か? これくらいだと大体500か――いや、もっとあるな。……カナトはカナトで随分と稼いだみたいだな」
それからガサルさんは、カウンターの上に置かれた秤を使って袋の重さを確かめて言う。
「間違いなさそうだな。――お前達、この短期間に一体なにをどうやったんだ? 防具もろくに揃ってないのに……」
……うう。他のプレイヤーから巻き上げたとは言えない……。私が答えに迷っていると、
「それはそれはハードな毎日でした♪」
ふーっと息を吐いて、汗を拭くような仕草と共にニアがうそぶく。
「よしよし、分かった。俺が責任を持ってお前達の装備を揃えてやる。……で、どこに向うんだ? 出立の日程は?」
朗らかに笑うガサルさん。
「明日――……じゃなかった。ええと、大体三日後の予定なんですけど」
「三日後?! ……そりゃあ、ちょっと急だな」
出立の日――パーティの集合時間は、明日の日曜日の夜、のはず。
……なぜ三日? と疑問に思ったのだけど、このゲーム『イルファリア・リバース』内では現実よりも早く時間が流れているので……多分、私達が明日集合する時間が、ゲーム内時間では大体三日先、なのだろう。
それから、うーむ、と考えるように唸ったガサルさんは、
「まあ、急げば揃えられないこともないだろうが……一応、何点か確認させてくれ。」
頷く私達を前に、身振り手振りで話を始める。
「まず俺はいわゆるなんでも屋ではあるが、売ってるのは殆ど雑貨で武器や鎧の在庫は殆ど無い。たまに冒険者のツテで掘り出し物が入ってくるくらいでな。……だが、知り合いの店を駆け回ってお前達の旅の装いを比較的安く見繕ってやることは出来る」
「当然、売り主は売り主で儲けを得るし、俺は手間賃を貰う。……それでも店の言い値で買うよりは安くなると思うし――まあ、面倒臭い価格交渉なんかは俺がまとめて代行してやる」
「次に――その上で、俺が集めたものがお前達の希望に沿うかは正直わからん。形や素材が気に食わないから返すと言われても正直困るぜ。明らかな不良品だった、とかであればもちろん返金は出来るが……どうだ、それでも問題ないか?」
「了解っす。今回はあたし達も時間がないので、おっちゃんにおまかせということで」
「はい、私も」
ニアに続いて頷く。
「良いだろう。次に、こういった物が欲しいと言う希望はあるか?」
「特には……。あっ、強いて言えばカワイイ感じの?」
「かわいい、だ? ……お前、俺にそんな感性がわかると思ってんのか。……カナトは?」
「私も、特に無いです。……私は、カッコイイ感じがいいかな?」
「また、アバウトだな。……俺の思う『格好良い』でよけりゃあ、それを揃えてくるが……」
「おっちゃんのセンスを信頼してますので♪」
「ははは。まあ、それでいいなら俺は別に構わんが。良いだろう――できる限り、お前達の希望に合うよう努力はしてみよう」




