レイジー・サマー・シューティングスター(25)
「――……ああ、だめだわ。力を使いすぎた」
忌々しげに言ったエレオノーレさんは驚いた様子もなく、両の手のひらを広げて視線を落とす。……その両手からも欠けたままの左肩からも、うっすらとした煙が上がっている。
まるで、煙で出来ていた像が突然崩れて元の状態に戻っていくかのようにして。
「……私は、もう休むわね。二人はとにかく、メルブレヴィアへ。国境を越える頃にはまた目も覚めると思うから、詳しい話はその時に。それじゃあね」
一足飛びに言うと、そのまま破裂をするみたいに白いもやもやへと姿を変え、私の頭に付けられていた髪飾りへと吸い込まれるようにして消えてしまった。
……しんと静まり返った一室。
取り残された私とニアは黙ったままに目を合わせる。
それからニアは、深いため息を吐いてベッドへばたりと倒れ込むと、頭を抱え呟いた。
「…………あああああぁ…………。最悪、最悪、最悪っすー!! どうしてこんな事に……」
私はその場でもう一度装備画面を開いて、髪飾りの状態を確認してみる。すると……、
〈亡きエレオノーレのミスリルバレッタ〉
防御:22 火耐性+15 風耐性+15 水耐性+15 土耐性+15
筋力+56 敏捷+8 技量+8
*呪われており、外すことが出来ない。
*クリティカルヒット発生時に追加で物理ダメージを与える。
*スタミナの消費を軽減する。
推奨レベル:15 耐久:壊せない
[成長可能]
『とある高貴な女性が身に付けていた髪留め。この品には元の持ち主の魂が取り憑いており、呪われてしまっている。』
……あれ?
なんだか、少しだけ強くなってる……??
髪飾りは、強力な磁石が頭に張り付いているみたいにして私の頭にくっついてしまっていて(浮かすことくらいは出来たけれど)、物理的にも、メニューからの操作でも、外すことは出来なかった。
それから、受諾したばかりのクエストジャーナルの画面を再確認してみる。
〈[EX]深まる影〉
『目標:メルブレヴィア公国へと赴き、再びエレオノーレと会話せよ。』
……特には変化なし、かな。
私が一息を付いてパネルを閉じると、
「…………ルツァ、か。懐かしいっすねー」
仰向けになったままのニアが、ぼんやりとした声で呟く。
「私、レベル60くらいの時にレベル上げの拠点にしてたよ」
「あたしは何度か通りかかったくらいですけど。神殿や聖堂が沢山並んだ、おっきな山を背負った綺麗な街、でしたよね。……あの辺り一体の探索の中継地点みたいになってて、一時期はかなりのプレイヤーが集まってたような」
「うんうん。シェストナ山……だっけ。レベルの高めなダンジョンがいくつかあったよね」
「多分それっす。っていうか、あんな所まで行けるんですかね? あたし達のレベルで」
「山の方にはドレイクとかも居たよね。街の周りなら多分、大丈夫だとは思うけど」
はあー……、と魂の抜けたような長いため息を吐いたニアは、それからがばっ、と起き上がると……
「ま、こんな話をしていても仕方ないっすね。命を握られている以上は、ひとまず言われた通りに行ってみるしか」
言って、なにやらパネルの操作を始める。
「ごめんね。ニアまで巻き込んじゃって」
……言うと、突然にメッセージの通知が響く。
えっ……?
誰だろう? と見てみれば、メッセージの送り主は〈ジニア〉になっている。……私が顔をあげると、ニアが小さく片目を瞑って見せた。
私がメッセージを開いてみると……
『恐らく、ほぼ間違いなく、あのお姉さんはゲームのユーザーインターフェース的な物を認知することが出来ない筈なので、ここで内緒話をしましょう。 一応、解呪の線でも調べるだけ調べてみます。他にも呪われた品に困っている人は必ず居ると思うので。もしチャンスがあれば、従っているふりをしながら隙を見つけて祓ってやりましょう♪』
……ふむ?
ユーザーインターフェース、というのは、ゲームのメニューなどが表示されているホログラム的なパネル類のことかな。
確かに言われてみると、時折にNPCにリアルの事やゲームのメタ的な内容の話をしても、どうにもとぼけたような返事が返ってくる、気がする。
だとするとニアの言う通り、ゲームのNPCであるエレオノーレさんはゲーム内のゲーム的な要素を認識することは出来ない……筈。
……けれど。
もし、解呪――あるいは、強制的に祓ってしまったりをした場合、エレオノーレさんはどうなってしまうのだろう?
そう思ったとき、私はふとエレオノーレさんがちらりと見せた苦々しい――悔いの残ったかのような表情を思い出して、少しだけ胸が痛くなった。
私はひとまず「了解」とだけ返事をして、目の前のニアに視線を戻す。するとニアは小さく笑みを浮かべて、それから口を開いた。
「……で。アレン達にはとある事情で行き先が突如変わったと相談してみて、ダメだと言われたのならパーティは諦めましょう」
「うん。ちょっと……というより、かなり、言い辛いけど」
「ねーっ。 ……なんだか、やっとDPSが見つかったー、とか言って喜んでませんでした?」
はしゃぐようにして喜んでいたすずさんの姿が思い出されて……なんだか、身の縮むような気持ちになってしまう私。
うぅ……、心苦しい。
その上で、日曜になら出発できるって話が決まったばかりだったのに……。
フレンドリストをちらりと覗いてみると、アレンさんはログアウトの状態になってしまっている。――どころか、いつの間にやら現実時間が夜中の1時を回ってしまっている事に遅れて気が付いた。
げっ……。今日は早くログアウトしようって思ってたのに……。
……と、そんな私の気持ちを見透かしたかのようにニアが、
「そんなわけで、今日はこの辺で終わりましょうか。……あ、それと。さっきもちらりと話しましたけど明日――土曜の夜のうちに、旅の準備をすべて整えておきません?」
言うと、私も微笑んで返事をする。
「そうだね。そうしよう」
私は、今の服装があんまり好きじゃなかっただけに(なんだかこの制服姿が普段の私すぎて、RPGの世界を旅しているという気持ちから遠ざかってしまうのだ。折角だから、ゲームの中ではリアルの私ではなれないような自分になりたい、というか……。)、
やっと装備も一新できると思うと、今から、ちょっと楽しみ。
カルマの上げられそうな祭壇なども下調べをしておく、と言ってくれるニアにお礼を言うと、私達はそれからおやすみを言ってログアウトをしたのだった。




