レイジー・サマー・シューティングスター(24)
質問に答えないまま黙りこくるニアを見て、エレオノーレさんは……ふ、と小さく笑ってから私の首元へと両手を回すと、
「それにしても、カナトちゃんって綺麗な首をしているわよね?」
うっとりとしたような声を上げる。
――首筋にまとわりつくような、ひんやりとした感触。
多分、それはニアを脅すためのポーズ、なのだと思うのだけど……。
私を見下ろすその表情は、真に迫っていると言うか……どこか恍惚としたような感情の昂りが表れていて、身の危険を感じるとともに、私の心拍数が上がっていく。
どうにかしないと――そう思ったところで、身体に力が入らない以上は抵抗のしようがない。
私を見下ろしたままに、エレオノーレさんがその手に力を込めようとした、その時。
「――……い、行きますっ!!」
ニアが声を上げ、私の首へと絡みついていたエレオノーレさんの手がするりと離れる。
「……うん、よろしい♪」
すうっと身体が楽になって、私の意識が思考力を取り戻していく。視界の端では、完全に枯渇していたスタミナバーがゆっくりと回復を再開。それから瀕死の状態に陥っていたHPバーは激しく点滅を繰り返している。
「……大丈夫です……?」
ほう、と息を吐いたニアがポーションを取り出すと、私の口元に近づける。
「うん。ありがとう」
差し出されたそれを口に含むと、目まぐるしく点滅を繰り返していたHPバーがゆっくりと回復を始める。
それから、ポーションを飲みながらにちらりとエレオノーレさんの姿を伺って、その頭上に表示されているはずのネームプレートを探す。……けれど、エレオノーレさんにはネームプレート自体が表示されておらず、そのフルネームもレベルも、全くの不明になってしまっている。
その余裕のある態度からしても、私達の実力には結構な開きがあるのだろうけれど……。
「っていうか……なんでHPまで減ってるんです……?」
青ざめた様子で呟くニア。
「さっき一瞬、髪飾りのステータスが書き換わって。最大HPが200は減ってたから……そのせいだと思う」
「ひーっ……」
怯えるニア。ぽんと手を叩いて注目を促したエレオノーレさんが何事もなかったかのような微笑みと共に口を開く。
「……さて、カナトちゃん。ジニアちゃんは私のお手伝いをしてくれるみたいなんだけど。――あなたは?」
「はい。――手伝います」
……というより、もし断れば髪飾りが外れるまでは半永久的に呪われるわけで。YESとしか答えようがないのだけど……。
私が俯きがちに答えると、通知音が響いて『クエスト受諾』の通知が現れる。
〈[EX]深まる影〉
『目標:エレオノーレから詳しい情報を聞き出し、メルブレヴィア公国へと赴け。』
……ああ。結局、言われるがままになっちゃった。
「はい、これで決まりね♪ ――まあ、悪く思わないでよ。カナトちゃんだって、この髪留めを手に入れてからすごく強くなったって気付いてるんでしょう? あの黒い異形との戦いも見ていたけれど……あんなものと戦って死なずに済んだのだって、いくらかは私が力を貸したおかげなんだからね?」
それにしたって、脅してまでクエストを強要してくるなんてあんまりだと思う。
明らかに怪しげなアイテム名、レベル帯にしては妙に強力なステータス補正の付いたこの品を疑いもせずに装備してた私も私、なのかもしれないけどさ。
「その髪留めはね……、私が成人をした時に父から送られた品なの。当時、無駄に意地を張って女ながらに日夜剣を振るって、騎士を志していた私に……女では腕力に難もあるだろうと、そこを克服出来るような特別な魔法の力が込めてある。 一級品の素材に、一流の付与魔術師が魔力を刻んだ最高の一品なんだから」
しん、と静まり返ったホテルの一室。エレオノーレさんは順に私達を見やると、言葉を続ける。
「あの時はふてくされて尖ってばかりいたけれど……今から思い返してみれば暖かな、優しい日々があった。……そんな私の思い出の品を勝手にべたべたと触れ、厚かましくも身につけているカナトちゃんは――言うなれば、墓泥棒のようなものだわ」
言って目を閉じると、ふと笑った。
「私はね、こう見えても昔はちょっとしたお城に住んでいたのよ。けして広くはない領地だったけれど……小さな岩山の上に聳える、素敵なお城だった。周囲には厳かな森があり、丘があり、川が流れ……平和で、豊かな暮らしがあった」
過去を思い返すようにし、独り呟くエレオノーレさん。
ということは……領主様だった、ということかな?
「城からは眼下に街が見渡せたわ。……懐かしいわね。こんな風になってしまった今だけれど、目を瞑ればまだ思い出せる。……川で遊ぶ子供達の姿や、城壁の外へ広がる黄金色の麦畑が風に揺れる様……小さな湖畔に集まる動物たちから路端に転がる岩の一つまで。何もかもが可愛らしい、本当に素敵な場所だった」
もっと大事に、一日一日を噛み締めて生きればよかった。――ぼそりと、私達には殆ど聞こえないくらいの小さな声で呟く。……それから小さく息を吐くと、まるで別人のような冷たい目で私達を睨む。
「今まで、私を手にした邪な人間共は処分してきた。……カナトちゃんは、そんな今までの奴らとは少し違う――そう思ったから、特別に生かしてあげている。けれど、それがこれからも続く至極当然のことであるとも思わないで欲しい」
冷たい空気が流れ……そして、部屋は再びしんと静まり返る。
「……あの。私達がその男を見つけ出せば、呪いは解いてくれるんです?」
ニアが口を開くと、エレオノーレさんはこくりと頷いてから
「約束するわ。私には、あの男への激しい憎悪が渦巻いている。そのことに関してはっきりと白黒を付けない限りは、私は遅かれ早かれ悪しき物へと堕ちてしまう。……人に害をなすだけの存在に、ね」
そう言ってから、あるいは、もう堕ちているのかも――呟いて、自嘲気味に笑う。
「とにかく、私を近くまで運んで頂戴。二人で力を合わせれば、ルツァまでは難なく辿り着けるはずだから。……その先のことは、その時にまた考えるわ」
「ええと――気になる点がいくつかあるんですけど。まず……」
ニアが何かを言おうとした時――、
突然に、ぼっ――! と小さな音を上げ、エレオノーレさんの身体――左肩の部分が、まるで弾け飛ぶようにして掻き消えた。
「エレオノーレさん……?!」
声を上げる私。……ニアはベッドに腰掛けたままに、割れた風船に驚いた時のような表情を浮かべて怯えている。




