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レイジー・サマー・シューティングスター(22)

 

「あたしじゃなくて後ろ(・・)……っ!! 後ろ、後ろ見てっ!!!」


 私がじっとニアの様子を見つめていると、ホテルの室内であるにも関わらず大声を上げるニア。



 うるさいなー、もう。


 心の中で呟きつつも、ニアのその真に迫った怯えた様子に、椅子に座ったままに後ろを振り返ってみる私。


 ――けれど、当然ながらそこにあるのは何の変哲もない宿屋の壁。それのみである。



「ねえ、ニア……本当に大丈夫?」


 視線を戻してニアを見る私。



「…………こっ、こらーーっ!!! お前っ!! ――……カナカナから離れろっ!!」


 するとニアは突然に傍らの枕を掴んだ――かと思うと、私目掛けて全力で(・・・)投げつけてきた。


 ぼふっ、と音を上げて私の顔にヒットする枕。




 …………いらっ…………。



「……ニア」


 枕を掴んで立ち上がり、ニアに歩み寄ろうとすると――



「わああああああっっ?! ご、ごめんっす――――…………あ。ちょ、待っ…………ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!! こ、こないでーーーーーーーーー!!!」



 ベッドから跳ね起きて部屋の隅へと駆け出すと、追い詰められたように怯えてもう一つの枕を構える。



 ……もう。本当に、何……??


 その尋常ではない怯え方に、もう一度しっかりと背後を振り返る。――……けれどやっぱり、私の後ろには壁があるのみ。虫が居るわけでもなければ、家具という家具すらも見当たらない。


 小さくため息を付いて、それからニアへと視線を戻すと……、




「――……ばあっ!」



 突然に、私の目の前――。


 上下逆さまになった(・・・・・・・・・)女性が、長い金髪(ブロンド)をたなびかせ――私を驚かせるような仕草と共に、おどけた声を上げた。



 ✤



「…………」


「あれっ。おーい……。カナトちゃーん、生きてる?」


 あまりの事に、言葉を失ってその場に立ち尽くす私と、そんな私の目の前で手のひらを振る金髪の女性……。


 切れ長の目に、大人の余裕を滲ませた、凛とした顔立ち――微笑みを湛えて私を見つめるその顔立ちはとても整っていて、肌は異様なほどに白い。



 一体どうなっているんだろう……と頭上を見上げると、そこにあるのは白を基調としたドレス姿の女性の胴体(・・)。腰よりも長いくらいのロングヘアには緩やかなウェーブが掛かっていて、ドレスで強調された大きな胸元に、きゅっと細まった腰……。


 美人のお姉さん、としか形容のしようのないその容姿――その下半身は私の背中側へと回り込んでいて、裾に繊細なフリルのあしらわれた長いスカートは重力に逆らうようにふわふわと大きく広がって、それからその内側から伸びる足先は透けて(・・・)、煙のように伸びている。




「――あの……、どなたですか?」


「あれ? 言うほど驚いてないわね? ジニアちゃんみたいな反応を期待してたんだけどなー」



「えっと、その。とても素敵な雰囲気なので……」


 お姉さんは、一見した限りではとても綺麗な外国の人、と言った感じ。――ただし、スカートの内側の足が無い(・・・・)ことと、それから浮かんでいる(・・・・・・)ことを除けばだけれど。



「あら。それはどうも♪」


 ふふふ、と上品に笑うお姉さん。……すると、その時――。



 ……どんどんどんっ!!!


 突然に私達の部屋のドアが強く叩かれ……そして同時、外側から何かが鍵穴に差し込まれるような、金属的な音が響く。



 ……げっ!



「やばっ……。カナトちゃん、中に(・・)隠れて!」


 声を潜めてそう言うと、自らのスカートをたくし上げるお姉さん。



 ……え。この中に入るの……。


 スカートの内側に漂う、足のような、足ではないなにかを見て戸惑う私。


 けれど……さっとベッドのシーツに潜り込んだニアを見て、私も躊躇をしつつ、お姉さんのスカートの中に潜り込む。


 ――ほぼ同時。がちゃりと錠前が外される音が響いて、部屋の扉が押し開かれる。




「……むっ……!! …………な、なんだ……?!」


 スカートの薄い生地からうっすらと動転している様子の店主さんの姿が見える。怒っているのかその顔は赤く染まっていて――それからお姉さんの姿を認めると、言葉を失って驚いている。



「貴方……女性の部屋に突然押し入ってくるだなんて。一体、どういうつもり?」


 私の頭上から、お姉さんの冷たい声が響く。



「あ、っ……、ええっ?! し、失礼致しました。 ええ……?!」


 店主さんは、わたわたとした様子で部屋の位置を確認し直して……それから言う。



「い、いや……っ、おかしいぞ?! この部屋を貸したのは、なんとも普通そうな(・・・・・)娘とそれから、甲高い声のちんちくりん(・・・・・・)の小娘の二人組みだったはずだ!」


 言って、こんもりと盛り上がったシーツを睨む店主さん。



 普通そう(・・・・)、って言われた……。


 ……まあ、そうだけどさ。


 私がしょんぼりとしていると、ベッドの中からうっすらと小さな声が響く。


「――……ちんちくりん、だと? ……たこじじい……」



 むっ、と訝しげに眉根を寄せた店主さんがベッドを睨むと呟く。


「……何か、妙な声が……」



 ごほん、と咳をして、お姉さんがその場を取り繕うと、


「最初から、私と娘の二人で借りた部屋ですわ。それから、娘は長旅に疲れて寝入っております。少し、静かにしてくださる?」



「…………は、はあ…………」


「それから、貴方のこの狼藉。一体、どうやって責任を取るおつもりなのかしら」


「は、はっ……し、しかし――確かにここから、妙な物音と……叫び声が、ですな」



 その時、開け放たれたままの私達の部屋を廊下から覗き込んだ別のお客さんが、じろりと店主さんの後ろ姿を睨む。


 ……その表情は、さっきからうるさいぞ、とでも言いたげな雰囲気。



 お姉さんの立ち姿は(腰から上は)完璧と言っても差し支えない整った容姿なので、なんだか一方的に店主さんが悪いようにも見えてしまう。


「私の娘は物音一つ上げておりません。先程からの騒音は、間違いなく他の部屋から発せられた音ですわ。……わかったのであれば今すぐに出ていきなさい!!」



「――……は、はっ。……失礼致しました!!」


 一礼をしてそそくさと部屋を出ていく店主さん。しんとした静寂が部屋に戻る。



 ……悪かったのは私達なのに……ちょっと罪悪感。


 ふう、と一息をついて、スカートの中から這い出す私。



「危機一髪――ってね」


 ふふふ、と笑ってお姉さんが囁く。それから、またふわりと宙空に浮かび上がると、



「……それにしても、本当に久しぶりの外界だわね。良く寝たーっ……」


 大きく伸びをして呟くその姿を、ニアはシーツに包まりながら、未だに警戒をした様子で窺っている。




「そんなわけで――初めまして、カナトちゃん、ジニアちゃん。私の名前は――……ひとまず、簡単に『エレオノーレ』とだけ名乗っておきましょう。 これから少しの間、よろしくね」


 自己紹介をしたお姉さんは、それからぽんと手を叩くと言葉を続ける。



「…………と、いうわけで。二人に、ちょっとお願いがあります♪」



 状況についていけていない私達。私もニアも返事を忘れたまま、間の抜けた沈黙がしばし続いて……


「……は?」「……え?」


 それから、ふと我に返ったニアと私の声が重なる。……すると、エレオノーレと名乗ったお姉さんはにっこりと笑ってから言い放つ。



「――ルセキア行きは、中止なさい♪」


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