レイジー・サマー・シューティングスター(19)
メッセージボードにてパーティメンバー募集の告知を見つけた二人は……。
うーん……。
メッセージボードの画面をじっと見つめて考え込む。
このパーティ募集告知の投稿者の名前は『アレン』さん。
よく見ると、投稿の日付自体は10日ほど前のもの。その下には、別の人が参加希望との返信をしていることが見えている。
「どうしますー?」
ニアが寝転がったままに私を見上げる。
――『ルセキア』は前作〈イルファリア・クロニクル〉の時代から沢山のプレイヤーで賑わっていたとっても大きな街だ。トレイアからは北西に位置し、かなりの距離で、徒歩や馬で行こうとすれば結構な時間が掛かった。
そしてその間にはいくつかの大きな街があった、ので……ということはつまり、このパーティに混ぜてもらえば、私は十中八九で赤ネームを脱することが出来る……はず。
同時に――パーティへと参加をすれば、ここトレイアからはしばらく離れることになる。
片道で10日も掛かるのであれば、しばらくは付きっきりになるだろうし、途中でやっぱりやめる、なんていう訳にもいかない。トレイアで友だちになった他のプレイヤーさん達とも会えなくなってしまう。
仮にルセキアへと辿り着いた後でだって、レベルも低いしお金も少ない現状では、トレイアへと帰るのだって難しいだろう。
……けれど。
動画の件を知ってしまった以上、トレイアで野良のパーティを組むのもどことなく気が引けてしまうし……それに、名前の色を見られないように気を張りながら戦ったりするのももうこりごり。
10日もあれば確実に赤ネームから脱せれる、というのなら、多少の苦労をしてでもそうしたい。
その上、ルセキアには私達のことを知っているプレイヤーさんも居ないだろうし……。一度ネームプレートの色さえを変えてしまえば、あとは名前も顔も全く隠す必要がなく、楽しく遊べるのだ。
「私、行きたい」
呟いて、ちらりとニアを窺う。
一人では不安だし、行くのならニアと一緒に行きたい、けど……。
するとニアは、どことなく不安げにしている私の視線に気付いたのか、くすりと笑って言う。
「もちろん、カナカナが行くのであればあたしもお手伝いしますよ」
「ありがとう、ニア」
「いえいえ。……しょうがないなあ♪」
ニアはそれから、よしっ――という掛け声と共にベッドから起き上がると、私に肩を寄せて
「じゃ、2名で参加希望と返信しますね?」
どことなく機嫌良さそうに、声を弾ませて言う。
「うん」
「……ええと。枠に空きがありましたらー、レベル14ブリガンド、レベル14ローグ、以上のDPS2名参加希望です、――と」
文章を打ち込んでから返信のボタンを押すと、投稿が完了――打ち込んだメッセージがボードの末尾に現れる。
「――よしっ。じゃ、後は向こう方の返信待ち、ってことで。……ヒーラー2、タンク2に私達が入ればDPS2の6人で、それなりにバランスのとれたパーティになりそうですね♪」
『DPS』とは秒間ダメージ量を意味するゲーム用語で、この場合はダメージを出すことが主な役割となる職業を指す。
〈ブリガンド〉や〈ローグ〉等々――つまり、私やニアがそれに当たる。
それから『タンク』とは敵からの攻撃を一身に受け止める守りの固い職業。『ヒーラー』はそのままパーティの回復役である。
「うん。…………あ、それとさ。旅をするなら、装備も整えたいかも」
「っすねー。お金も余ってますし、一度ガサルのおっちゃんの店でも行ってみます? ――って、うわっ」
ポン。と突然に通知音が響いてニアと二人画面を覗き込むと、『あなたの投稿に返信が付きました』との通知が表示されている。
……え、もう? 早くない?
ニアが画面をスクロールさせていくと、私達の投稿した参加希望の返信の下に、既に――ものの数分で、新しい返信が付いている。
『こんばんは、ジニアさん。参加表明ありがとーっ! 良かったら、今から港近くの大通りにある〈月明かりと海亭〉というお店にまで来れませんかー?』
そう返事をくれたのは、投稿者のアレンさん……ではなく、『すず』さんという別のプレイヤーさん、みたい。
……顔を見合わせる私達。
「――ですって。どします?」
言って、地図を開くニア。私もそれを隣から覗き込んでみる。――ニアは指を使って、地図の上に立ったピンとその周囲を確認するように上下左右に動かすと……
「…………結構近いっすねー。行ってみます? どんな相手なのかも気になりますし。一緒に居て疲れそうな奴らだったら適当に理由つけてキャンセルできますしー?」
「募集をしていた人とは別の人みたいだけど、なんでかな?」
「んー。なんとなーく、ですけど。ちょうど今、参加者で集まって初顔合わせしてた、とかじゃないです? 金曜の夜ですし。――……概ね、アレンがタンクで、すずがヒーラー、とか」
……なるほど。
「ありえそうだね。ニアは寝なくても大丈夫?」
「オッケーっす♪ ちょっとは目も覚めたので」
「じゃあ……、ちょっと行ってみようか?」
「りょっす。――んじゃ、そのように返事しておきますね」
――……と、そんなわけで。
私達はそれから、もしかしたら怪しまれるかもしれないから――と、ちょっとだけお互いの髪型を弄ると(ニアは髪を三つ編みに、私は後ろで結っただけだけれど)、
それからクロークを羽織り直し部屋に鍵をかけ、二人で日の暮れたばかりの街へと繰り出したのだった。
✤
通りは沢山の人が行き交っていて、休日の前夜らしい楽しげな雰囲気。そんな通りを行く人の流れに合わせ、街を抜けていく。
しばらくニアの隣を歩いて……それからふと潮の香りが私の鼻をくすぐった、かと思うと。
「……お。ここっすねー、〈月明かりと海亭〉」
言って、ニアが足を止める。
建物はトレイアによくある、砂色の石と煉瓦の屋根の小綺麗な民家、といった感じ。
お店の周りにはプランターに植えられた植物が並んでいて、入り口には店名の書かれた、鉄細工で作られた大きな看板が掲げられている。
ランプの明かりが煌々と漏れるお店の中からはわいわいと賑やかな話し声が漏れてきていて、開け放たれたドアからその店内をちらりと覗き込むと、殆ど満席の状態。
酒場というよりもレストランのような雰囲気。それからお店の周りは美味しそうな料理の焼ける香りで満ち満ちている。
「どこかな? ……どんな人だろ?」
お店の中を覗き込みつつも私が聞くと、ニアは苦笑するように笑って言う。
「……――本人曰く、『紫っぽい髪色の美少女』、だそうですけど」
「あはは」
それらしいプレイヤーは居ないかと伺っていると……、
「……おーいっ!」
お店の入口からは少し離れた、屋外へと置かれたテーブルの方から声が響いた。
声の元を探すと、沢山のテーブルのうちの一つ、椅子から立ち上がった女の人が私達へと手を振っている。
その頭上には『すず』とキャラクターネーム。髪は顎にかからないくらいのふわりと膨らんだ大人っぽいショートヘアで、革鎧を身には付けているけれどおへそは丸出し――身軽で、どこか踊り子を思わせるような格好。――(確かに、本人の言う通り)綺麗な人で、腰には鞘に納めた曲刀らしき武器が二本覗いている。




