レイジー・サマー・シューティングスター(17)
「ニア。赤ネーム、直そう」
決心をしたように私が言うと、ニアは考えるように首を傾げて言う。
「えっ? …………えーと、あたしは、別に…………。あのー、どのみちプレイしてたら遅かれ早かれ、赤くなりますしー」
ならないよ。
「直そうよっ。ニアだって、悪い人みたいに言われるのは嫌でしょ?」
「えー……。……んー……?」
困ったみたいにはにかんだその表情から、どうやらネームプレートの色は気にもしてないらしい事が伝わってくる。
「…………とにかく私は、ニアが悪く言われるのは嫌なの。私だって、プレイヤーキラーだなんて思われたくない。――格好良い、傭兵になりたいもん」
「あー……、その設定、まだ引き摺ってるんです?」
そう言うニアを横目でじっと睨む。
「いや、手伝いますよっ?! 手伝いますので。よーしっ、それじゃあ、脱・赤ネーム! イェイ♪ ――……ってわけで、手っ取り早くカルマを上げられるクエストでも調べてみましょうか。……と、その前に薄暗くなってきたんで、どこかに移りません?」
見れば、夕暮れ時に差し掛かった空が薄っすらとした紫色を湛えている。辺りでは街灯がぽつぽつと灯され始めて、街の雰囲気が変わり始めた。
とはいえ、広場は未だに多数のプレイヤーで賑わっている――というよりもむしろ、さっきよりも増えたようにすら感じられる。
「……うん。でも、どこに?」
私が聞くと、うーんと唸って顎に手を当てる。
「んー、飲食店、というのもやかましそうですし」
このゲーム〈イルファリア・リバース〉をお話を楽しむ場所として使っているプレイヤーは思いの外多く、そのためおしゃれな雰囲気のカフェやレストラン、それからVR世界であるとはいえ擬似的にお酒が楽しめる酒場は、特に今日のような現実で金曜日の夜などは、多くのプレイヤーでごった返すのだ。
どこかじっくりと相談が出来る良い場所はあったかな? と記憶を掘り返していると、はっと何かを思いついた様子のニアが笑顔を浮かべて、
「……あっ、そうだ。――こんな時にうってつけの、良い場所があるじゃないですか♪」
そう言って立ち上がり、私の手を取ると、橙色のランプが灯され薄暗くなりつつあるトレイアの広場を抜けていく。
✤
ニアに手を引かれて賑やかさを増しつつある雑踏の中を抜け、しばらく行くと小さな広場に出た。
その中央には大きな石像。どーんと広場を見下ろすようにそびえた、腰に手を当てマントを羽織ったその男性の彫刻の傍を通り過ぎると、これまた大きな建物の前で足を止めるニア。
「しばらくぶりですねえ、ここも」
私達の目の前にはどこか見覚えのある、4~5階はありそうな立派な石造りの建物。蔦の這う明るい砂色の外壁にはいくつかのバルコニーが突き出ていて、ランプに照らされたどっしりと重そうな両開きの木製のドアのその隣には『ホテル・デュカ』と書かれた手作り風の木製の看板が掲げられている。
…………あ、懐かしい。
ここは確か、私とニアがアバターの外見設定に使った思い出の場所だ。
「てわけで、カナカナ。クロークで服装を隠して……それから一応、斧をしまっておいてもらえます? 目立つので」
うん。と小さく返事をし、装備画面から斧を外すと、服装が見えないように外套をひっぱる。
それから小さく咳払いをしたニアが木のドアを押し開けると――橙色のランプで照らされたホテルのロビーが目の前に広がった。
外壁と同じ砂色の石造りの屋内。中央に置かれた革のソファにはシルクらしいきらびやかな服装に身を包んだ男女が二組、歓談に盛り上がっている。入り口にほど近いテーブルにはやっぱり身ぎれいな服装の観光客らしきグループが一組、こちらはこちらで政治らしき話題に盛り上がっているみたい。
その奥の受付カウンターには見覚えのある恰幅の良いおじさんが、エプロンを着たおばさんと話をしながらに高らかな笑い声を上げている。
私達がカウンターへと近づいていくと、ちらりと私達を見留めたおばさんは小さく挨拶をしてから足早に歩き去って行った。
私達に気付いた店主さんは、どこか訝しげな表情を浮かべて、私達の身なりをじろーりと上から下へ眺めている。
口を開く前から、『追い出したい』と顔に書いてあるみたいな渋い表情を前に、私が身を固くしていると……ニアが先に口を開いた。
「こんばんは。お部屋は借りれますかしら」
聞いたことのないような甲高い声音で言うと、なんだか可愛らしく首を傾げる。
え……、誰?!
隣のニアを、思わずじっと見つめてしまう私。
ごほん、と咳払いをした店主さんが険しい顔を浮かべて言う。
「当方は由緒正しきホテルでありまして……ご予約は頂いていますかな」
「生憎ながら、予約はしておりませんの。もう足が疲れちゃって……」
ニアが懐から金貨を数枚取り出すと、じゃらり――と一際に重々しい金属音が鳴り響く。それを見て手のひらを返したように、にっこりとした笑顔を貼り付けた店主さんの声のオクターブが一つ上がった。
「ああっ、いえ――……これは失礼を致しました、お嬢様方。ニ名一部屋、一泊で40銀貨から、ですが……どのような部屋がお好みで?」
それを聞いたニアの口元がぴくりと動く。
「たっk――…………、ええと。以前は銀貨が30枚じゃありませんでした?」
一瞬地声が出かけたニアを見て、思わず小さく吹き出して笑う私。
「――……これはこれは。以前にもお泊まり頂いたお客様、でしたかな」
フードを被っているニアの顔を覗き込むようにして店主さんが言う。
「誠に勝手ながら、近頃は物価の高騰もありまして値段を改定したのです」
「………………。――であれば、その40銀貨のお部屋をお貸しいただけるかしら」
ニアは、はあ……と忌々しそうにため息を吐いた後で、金貨を一枚差し出して言う。
……あれれ。ニアのことだから値段の交渉を始めると思ったのに、今日はおとなしいね。
店主さんはにこにこ笑顔のままに金貨を受け取って、それからカウンターの奥から鍵を取り出すと、お釣りの銀貨をニアに手渡して言った。
「――それでは、お部屋にご案内を。手荷物などがあれば、一緒にお運びいたしますが――よろしいですかな」
ロビーの脇から二階へと伸びる階段を登っていく店主さんの後を付いていく私達。2階の廊下の端で立ち止まると、部屋の扉を開いて言う。
「朝には簡単な朝食もご用意しておりますので」
そう言ってニアに鍵を渡すと、会釈をしてから階下に戻っていった。
扉を小さく開けたままに店主さんが去っていくのを確認したニアが、それから扉を締めてフードを外すと、クロークを脱いで壁の金具へと掛けると、
「……。ふぃーっ。つっかれたー」
ふらふらと部屋の奥へと歩いて行き、その真ん中へと置かれた大きなベッドの上にぼふっ、と身を投げ出す。
「ばたばたすると、怒られるよ?」
私もその隣にクロークを掛けると、メニューを操作して銀貨を20枚取り出して寝転がっているニアへと手渡す。
ベッドへと突っ伏したままに、あざっすー、と呟くニアを横目に窓際へ歩いていくと、そこからちらりと外を眺める。
すっかりと薄暗くなった石像のある広場は無数のランプでオレンジ色に照らされていて、なんだかちょっと幻想的。広場も、その周囲にあるお店も、広場へと広げられた沢山のテーブルと椅子も人で一杯――沢山のプレイヤー達でごった返している。
……確かに、40銀貨は結構な出費だけど。これだけ静かに話をできる場所は、他にはないかもね?
カーテンを閉めて、椅子に座って一息をつくと私も少しだらけた姿勢で――テーブルの上に両肘をついて、腕の上に顎を乗せて――ゲームのメニューを表示させてみる。
現れた操作パネルを前に、さてどうやってクエストを探したものだろう?
首を傾げていると、ぼそりとニアが言う。
「……やばい。眠くなってきたっすー」
「…………あのね。」
「えへへー。…………クエストだけ探したら、今日は終わりにしませんか?」
「うん。――ねえ、普通にクエストを達成してもカルマは上がらないんだよね?」
「んーっと……前作ではそうでしたね。普通のモンスター討伐やクエスト達成で上がるのは、飽くまで街での名声や近隣のNPCからの評判であって、カルマとは無関係だった筈っすー」
「ならさ。どうやってカルマを上げるの?」
「それ専用の特殊なクエストをこなす必要があった筈――と言ってもそれも前作での知識なので。まずはそこから調べてみますかー」
眠そうな声で言いながら、寝転がったままにメニュー操作を始めるニア。




