レイジー・サマー・シューティングスター(16)
「…………ねえ。ちょっと待ってよ。なんでニアが動画を削除できるの?」
「えっ。これはあたしのアカウントだから、ですけど……」
頭の上にクエスチョンマークを浮かべながらにニアが呟く。
私は気持ちを落ち着けるために大きな大きな深呼吸をすると、言葉を続ける。
「……あのね、ニア。最初から、きちんと、説明して」
「んー? えっと……どっから説明するべきっすかね?」
「最初から、わかりやすく」
言うとニアは、最初から、最初から……と頭を巡らせるように呟いてから、記憶を掘り返すように話を始めた。
「……ええと。この動画を最初にアップロードしたのは、ゆまりんか、ソウタか――まあ、あの辺りの誰かだと思うっす。プロフィールを覗いては見ましたが、作成されて数日しか経っていないいわゆる『捨てアカウント』で、誰なのかまでは分からなかったですね。…………その上、元動画はアップロードされてすぐに消されてしまったんです。まあ概ね、自分で消したのではないかな?と――最悪、晒し行為でBANの対象になってしまいますから」
「……で?」
「で。……その時点では動画は15分くらいの長いもので、会話はだだ漏れ。あたしたちの顔やネームプレートまで全てが丸見えの状態だったんです。――でも、安心してください♪ その時点では、まだ――たしか3000か4000程度の再生数だったので。殆どの人が見ていなかったと思います」
「…………うん。……それで?」
「はい。――ですがっ、出来る子であるあたしはその動画をこっそり保存しておいたんですよ♪ それで、動画編集アプリで上から手を加えて、顔と名前をちゃんと隠して――TOSに抵触しないようきちんと直してから、動画を短く編集し直して、そしてあたしのアカウントからアップロードし直したんです♪」
――ぴくり、と私の頬が引き攣る。
「……ふーん……。…………どうして?」
「え? ……えっと、厳密に言えば、個人を特定出来るような何かを不特定多数へと向けて公開するのはゲーム側の規約違反になるっすー。……あ、TOSとは利用規約〈Terms Of Service〉のことですね。チートや、データの盗用、誹謗中傷…………。この場合は明らかな『晒し行為』に該当するので、最悪イルファリア・リバースからのBANか、あるいは永BANになり得ます。『アカウントの停止』というやつですね――」
「そ う じ ゃ な く て … … 、 ねえ。なんで、わざわざ、ニアが、動画を、再アップロードしたの?」
「……えっ? ――だって、すっごく格好良く撮れてるじゃないですか。私達の活躍するシーンばかり集めて、再投稿をしてみたところ……実際、あれよあれよとものすごい勢いで再生数が伸びましてですね♪ あたしの編集の腕が良かったのかなー。えへへ♪ 外部のSNSなどでも爆発的に拡散されたみたいでっ! ――…………あのー、カナカナ、もしかして怒ってます?」
小さく呟いて首を傾げるニアに、無言のままに続きを促す私。
「ま、いくつか誤算もあって……私達のシーンばかりを選りすぐって切り抜いたら、私達が思いっきり悪者に見える感じになっちゃったってことですかね♪」
ぷっ、と吹き出したニアが、くすくすと笑いながらに言葉を続ける。
「――……それと、これを見たSNS側の誰かが私達の名前を書き込んじゃったんですよねー、斧がカナトで短剣がジニアじゃないか――? みたいにですね。」
「…………」
「ただしっ。どうにもそのおかげで――この私達の、かわいくて最強な姿に共鳴してくださった方々も僅かながら居るみたいでして。ちょっとしたファンも付いたみたい、というか。……もしかすると、ユウくんに迷惑メッセージを送り付けていた連中もそこら辺と関係があるのではないかな? とー……」
ニアはそれから、ぱあっとした笑顔を浮かべて私の手を取ると、
「でもって、ですよ、カナカナ。――それはそれで良くないですかっ? 二人で揃って有名PKになる、というのも、それはそれで――♪」
「こうやってプレイヤーを襲って、動画を投稿していって――押し寄せる面倒臭い奴らを千切っては投げ、千切っては投げー♪ …………そして、ゆくゆくは二人のクランも作りたいかなーーっ? なんてっ……えへへ。まだ、早いっすかねー??」
だめだ、こいつ。
頭のねじが外れている、というか……私と考えていることが違いすぎて、これ以上話し合っていても無駄だと思う。
へらへら、と笑っているニアを見ていたら、収まりかけていた涙が再びにぽろぽろと溢れてきた。
「…………やっぱり、やめる」
「……えっ?」
「もう、私、やめる」
「あの。……何をー?」
ごまかすようにして微笑んでいるニアを一瞥すると、私はすうっと息を吸い込んで、それから言った。
「もう、ニアとは絶交する。…………キャラクターも、消す。このゲームも、もうやめる……っ!」
✤
――――……と。
ここまでが今日の私に――たった数時間の間に、一度で起きたことである。
絶交する、とまで言い放ち、そしてキャラクターを削除する、と言ったのも――半分は勢いだったけれど、半分は本気だった。
「……ほんと。生まれてこの方、人様に迷惑かけてばかりで…………はい。あたしが一番いらねー奴。燃えない生ゴミ。自分でも、よっく、わかってますので……どうか。機嫌を直していただけたらな、と。…………はい」
隣りに座ったニアが、ログアウトのボタンを押せないようにと私の手を掴んだままに、妙にかしこまって言う。
「……ニアは、何が悪かったと思って私に謝ってるの」
「……えっ」
「わかってないんだ」
「あ、いえ……っ!! あの、2分10秒くらいの、高ーく跳び上がったカナカナのスカートが際どい感じにひらひらとしている箇所、です……よね?」
わかってないな。
筋力に任せてそのまま〈ログアウト〉を押そうとする私の手を、ニアが無理矢理に押し留める。
「待って待って待ってーーーーっっ!! かっ、カナカナがやめたらあたしもこのまま、キャラを消しますよ?!」
「…………」
声を上げるニアを、無言のままに横目で睨む。
出たな、脅迫。――前は、これに騙されたんだけど……。
「……と、とにかく。行き過ぎた所があったと、心の底から、反省してるんです!」
「…………本当に?」
「本当に、本当ですっ!!! これからは、きちんとカナカナに相談をしてから、…………――そのう、動画のアップロードを、します」
しないでほしいんだけど。
はあ――と大きなため息を吐いて。それから
「わかったよ……もう、それでいい」
呟いて、目元の涙を拭う。
「…………えっと……、そのう。では、ゲームは続けてくれるので……?」
「うん。……だからもう離して」
言って、ニアに掴まれている手を引っ張る。……さっきから私の手を取るニアの手のひらが妙に汗ばんでいて、ちょっと気持ち悪い。
「……ホントのホントです? 手を離した途端にログアウトしたりしませんか?」
「しないってば。……私も、ちょっと、言い過ぎたかも。――……ごめんね」
私を伺うようにしながら、ニアはそーっと私の手を離すと……、
はーっ。良かったー……。焦ったー! と独りごちるように呟いて、両手でぱたぱたと顔を扇ぐ。
そんなニアを見て、私はもう一度、大きなため息を吐いた。
――本当は、動画を編集したり、アップロードをしちゃう前に、私に相談して欲しかった。
ユウくんには、いつかは謝って、誤解が解ける時が来る――と信じたい、けど……。とにかく、このことでニアを責め続けても仕方がない。
ニアはニアで悪気があったわけじゃないし……謝ってもくれているし。
……それに、ニアの突拍子もないところや、何をしだすかわからないところは……、――口にはしないけど、結構、好きだし。
……そう。とにかく今は、今出来ることをちょっとずつやるしか無い。
そして、そのためには、まず――。
「ニア。赤ネーム、直そう」




