レイジー・サマー・シューティングスター(15)
この映像の視点となっているプレイヤーは、相手方のナイトの人(確かキャラクターネームをソウタさん)のものだ。
彼の周りには、オレンジ髪の男の子や、赤髪の大きな槍を背負った男性。それから紫色のブロックチェック柄のシャツを着た少しガラの悪そうな男性……。
そして画面の中央にはどーんと黒いTシャツの女の子と、それから学生風の女の子――つまり、ニアと私が映っていて、
映像を一見した限りでは、私達は何らかの話し合いをしているように見えている。
……と、その時。
ぱっと映像が飛び――かと思うと突然、隣に立っていた筈の赤髪の男性がまるで弾けるようにして吹き飛ばされ、砂埃を巻き上げて派手に地面を転げた。
視点のプレイヤーが驚きとっさに振り返ると、学生風の女の子(つまり、私)がいつの間にやら両手斧を抜き放ち――まるで何かのホラー映画のモンスターのようにゆらりと揺れ動いて、
取り囲んだプレイヤーを縫うように走り抜けると、地面へと転げていたその男性へと踏みつけの追撃を行う。
――……ずるい。
そう思って、唇を噛む。
会話の内容や、私が別のプレイヤーに押された部分などは完全に切り取られているから、これでは何も知らずにこの映像を見た人からは私が一方的に不意打ちを仕掛けたようにしか見えてこない。
そして映像のコメント欄には、まさしく私が思い描いた通りの受け取り方をした人達が残したと思われるコメント群が、滝のような勢いで流れてくる。
**『後ろを振り返った途端に不意打ちって、やることが汚え!』
**『ベテランが、初心者エリアで狩りをしてる最中の低レベルパーティを狙い撃ちって……。ホント最悪』
**『死ぬほどVRゲームをやり込んでなきゃこの身のこなしはありえないわ』
**『かわいそう……。どうしてプレイヤーを攻撃しようなんて思えるの?』
**『低レベル帯で女の子のアバター使って初心者狩りって、そこまでするか普通?』
**『こいつらのキャラネームとID割り出して、有志集めてPK狩りしようぜ』
**『俺も踏まれたい……!』
**『ここのチャジスト→スマ→ストンプのコンボ上手すぎ。何度やってもこの速度では真似できん』
**『テンポが良くて癖になる』
**『ブリってこの一瞬でHPごっそり削れるのか? 不人気だから弱いのかと思ってたぜ』
**『これだけのプレイヤースキルがあるならもっと良いことに活かせばいいのに』
…………等々。
流れるコメントはかなりの速度で、とてもではないけれど全てを読みきれるものではない。
当然ながらその内容は、私達への憎しみが込められたような内容のものばかり。
少し読んだだけでも胸がぎゅうと締め付けられるような痛みを覚えて――私はそれらをできるだけ目に入れないようにと意識的に視界から排除する。
――そうして、本格的に戦闘が始まった。
映像はかなり意図的な編集をされていて、ひたすらに私達が攻撃を繰り返す場面のみが切り貼りされ、それから、私達が攻撃を受けた場面などは全てカットされている。
一人倒れ、二人倒れ、三人倒れ、四人倒れ……。
視点のナイトのプレイヤーが後衛を守ろうと必死に立ち回るのだけれど、その彼を出し抜くようにして彼の仲間たちは排除されていく。
それ負け方はもはや圧倒的で――見ている私ですらも、攻撃をしている私達が悪く見えてくるほど。
……そういえば、このナイトの人。『録画している』とか、『運営に報告する』とか、そんなこと言っていたっけ。
酷いよ。……こんなことまでするなんて。
**『ブリの子、避けすぎで草』
**『なんかよくわからんのだけど、上手ければ一方的に殴れる感じ?』
**『買って自分でやってみろ、こうはならない』
**『トレイア某所でこいつっぽい奴なら見かけたな』
**『斧持った奴の名前はカナトらしい』
**『俺も蹴られたい……!!』
**『やってることは汚いけど、上手いのは認めざるを得ない』
「……ねえ、何人がこれを見てるの?」
絶え間なく流れていくコメントの速度が気になって、ニアに聞いてみると、
「えーっと。再生数は、にひゃ――……っじゃなくてえっと、2.6って、書いてあるから……――つまり、[2.6人]ですかねー?」
わざとらしい作り笑いを浮かべて答える。
……絶対、嘘だよ。
小数点があること自体おかしいし、こんなにコメントが付くわけ無いもん。
確かに、再生数には2.6と書かれているけど……その後に小さくMというアルファベットが見えている。
Mは多分、単位だから……ええと、2600人、とか?
「……なんで、すぐに教えてくれなかったの」
「えっ? えっと……、カナカナには、言わないほうが良いかなー? と思いましてー……。――あっ! ……ほらほら。見てくださいよっ、例えばこのコメント。『面白そう、ゲーム買ってくるわ』、ですって。この動画を見てゲームも買ったーって人、かなり居るっぽいっすよ♪ やったぜっ☆ お手柄ですよ、あたし達!!」
「…………」
「ね? 必ずしも批判的な意見ばかりじゃないんですってば。戦うカナカナが可愛い、格好いい、って言っている人もたくさんいますし。――ほら、この人も。『二人共めっちゃ可愛い』、ですって。――その上、顔は見えていないんですから。気にしすぎですよう」
……そういうこと。
なんだか、この頃に身の回りで起きたおかしなことに、全て合点がいった。
妙な噂――斧と短剣のプレイヤーキラー。騙し討ち。初心者狩り。
……私。いつの間にか私の知らないところで、ものすごく、悪者にされていたんだ。
こんな風に噂になったら……もう、名前も、顔も晒せない。
友達も作れないし、他のパーティにも入れない。――頑張ってカルマを上げて赤ネームからは脱却しても、きっと、いつまでもいつまでも元PKだって噂される……。
――その時。なんだかすごく、言いようのない悲しさが押し寄せてきて……堪えていた涙が溢れた。
「……もう、やだ。私、このゲームやめる」
「――ちょっ……、ちょ、ちょ、ちょ!! ……もうっ、だから見なければよかったのに!!」
突然に泣き出した私に驚いたのか――慌てふためくように言いながら、私の背中を擦るニア。
「見るとか見ないとかじゃない。……ニアのばか……せめて、一言教えてくれればよかったのに……っ」
「……もうっ。なんでこんなところだけいきなりに豆腐メンタルなんですか?! 前作のランカーやってたら、誹謗中傷なんて嫌でも慣れるじゃないですかー……」
「……目に入れないようにしてたもん……」
「他人の反応なんてどうでもいいじゃないですか。こんなのすぐに流れて行って、みんな忘れちゃうんですから。過剰に反応しなければいいだけの話っす。――放っておきましょ?」
「もう、いい――ゲーム、やめる……。私達だって、悪かったし」
「――いやいやいやいや。どう考えてもあたし達は悪くないですよっっ!!」
……わかってる。
これは、ニアに八つ当たりをしても仕方がない事だ。
この動画は――きっと、私達に負けたのが面白くなかったのだろう彼らのうちの何人かで、作成し、アップロードされたものなのだろう。
そして彼らの意図通り、動画は沢山の人達に見られ、私達を一方的な悪人に仕立て上げることに成功した――。
……結局、私達はゲームの中では勝ったけれど、別の手段でやり返されてしまった、というわけだ。
ずーん……。と落胆している私の様子を見かねたのか。ニアはなにやら、ふう、とため息を吐いて――
「……わかりましたっ。カナカナが嫌なら、この動画はもう消します」
言うと、何やら私の目の前で画面をぱたぱたと操作して、それから[アップロードした動画を削除する]というメニューをタップした。
すると確認のダイアログが現れ、ニアの指先がその中の[はい]と書かれたボタンに触れると――私の目の前で、動画の削除が始まった。
10%、20%、と増えていったその待機バーが100%を示すと、『削除が完了しました』という文字が画面に表示される。
「――……はいっ。これで綺麗さっぱり♪ ……さあさ、こんなことは忘れて、ぱーっと遊びましょっ――そうだっ。気分直しに、今からでも行きませんか? 〈枯れた渓谷〉♪」
言って、動画が表示されていたパネルを閉じる。
何が起きたのかわからず……ただ唖然として、ぼうっとパネルのあった場所を見つめ続ける。




