キャラクターを作ろう(7)
とん、とん、とん――……と。
ズボンのポケットへと片手を突っ込んだまま、軽い足取りで階段を登っていくアドリックさん。その身のこなしは軽やかで……なんだか、いかにも〈ローグ〉と言った雰囲気だ。
歩くのが早くて……少し、追いついていくのが大変なのだけど――時々後ろを振り返りつつ、私を待ってくれているみたい。
そんなアドリックさんの背中を追いかけていくと――特に数分とかからないうちに……なんだか、妙に広い通りに出た。
†
緩やかな登り坂になった通りは、人通りも多く賑やかで――私達の傍らの、落ち着いた雰囲気の軽食屋さんのようなお店はお客さんで満席。テラス席になっている客席からは、食器の音と一緒に笑い声が響いてくる。
ぽかん、とそれを見つめている私の目の前を、値の張りそうな二頭引きの大きな馬車が蹄と車輪を鳴らし、ゆっくりと通り過ぎていく。
……えーっ……。
……いやいや。おかしくない……?
私が今来た路地には、分岐という分岐もなかったんだけど……。
じゃあ、私は一体何処から降りてきたんだろう……。
そんな私をよそに――すたすた、と登り坂を登っていってしまうアドリックさん。
きょろきょろと辺りを見渡しつつ、その後を追っていくと――すぐに視界が開けて、大きな広場へと辿り着いた。
私が生まれてきたあの広場よりは大分狭いけれど……それでも、ちょっと立派な公園ほどの大きさがあるその広場。その中央にはどーん、と――何かの記念碑のような巨大なアーチが建っている。
そのアーチを横切るようにして、反対側へと歩いていく。
アーチの足元を通り過ぎる際に、それを見上げてみると……アーチは結構な大きさで、三階建ての建物くらいはありそう。よく見ると、アーチの足元には何やら文字が刻まれていて――それを読んでみると、そこには、〈ディジェテの門〉と記されていた。
……って……。
……君がディジェテの門だったかー……。
君を探して、30分は薄暗い路地を彷徨っていた気がするんだけどなー……。
「おーい」
広場の反対側。腰ほどの高さの石積みの壁に寄りかかって――アドリックさんが手を振っている。
その壁には、アドリックさん以外にも沢山の人が集まっていて――……みんな、そこから身を乗り出すようにして、そこからの景色を眺めているみたい。
……なんだろう?
遅れて、駆け寄っていくと……。
そこへ近づくに連れ、私の視界にものすごい眺望が開けて――。
そして……思わず息を呑んでしまうような、一面の碧い海が広がった。
おおー…………!
壁の向こう側は、ほとんど直角の……落ちたら無事では済まなそうな高さの崖になっていて――その眼下にはずらりと、同じ煉瓦色をした家々の屋根が連なっている。
街を貫く大通り……その向こう側には、港と、そこへ係留されているいくつかの立派な帆船と――それから、広場からも見えていた、まるで城塞と言った雰囲気の巨大な砦が海へと突き出すように建っていて――
そこからは、蒼……というよりは翠の色のそれに近い大海が一面に広がって、太陽の光を受けてきらきらと煌めいていて――その海を囲うように遥か遠くへと続いている陸地と、湾内にはぽつぽつと浮かんでいる小さな島々がまでも、全てが見渡せている。
う、うわー…………――!
「……ねー? ちょっとした寄り道の甲斐はあったと思いません?」
にっ、と笑うアドリックさん。
「……うん……!」
すごい――!……と、思わず言いかけて……咄嗟に口を噤む。
――――と、いけない……。つい、地が出ちゃった。
咳払いを挟んで、言い直す。
「……悪くはないな」
「でしょー」
アドリックさんは――なんだか、飄々としている、と言うか……自然な反応。時折に風が強く吹いてくるのもあって――……バレては、無いみたい。
――……ふぅ、良かった。
†
それから……両手を、壁の上へと乗せて、ふう……とため息を吐く。
額に滲む汗と――それを心地よく冷やすように、柔らかな海風が頬を撫でてくる。
目の前には、はるかな水平線と、風に逆らうように空を舞うかもめ達。
良いなぁ……、ここ。
……ずっと、ここでこうしているのも――なんだか、良いかもー……。
……なんて。
いけない、いけない。
狩りの約束を忘れて、寝てしまいそうだよ。
「……いや、良い場所を教えてくれて――感謝する」
「はは。喜んでもらえたのならなによりっす♪」
…………あ、そういえば。
この街って、結局……なんて言う名前なんだろう?
――ついでに聞いておこう。
「気になっていたんだが――アドリックさん。……この街は、一体なんて言う名前の街なんだ?」
私が言うと……なんだか、キョトン――とした表情で私を見た後で、面白そうにけたけたと笑い始めるアドリックさん。
……え、何。
私、なんか変なこと言った?
「……はー。……いや、なんで知らないんすか。――……〈トレイア〉っすよ。王都トレイア――〈アヴァリア王国〉の首都っす」
「そ、そうなのか」
「自分で選んだんじゃないっすか」
「……む、いや……まあ、そうなんだが……」
キャラクター作成の際に『スタート地点』が選べるようになっていたのは気付いたけれど……。
キャラクター作成自体がなんだか、妙に長くて……疲れてきて、あんまり説明を読まずに〈次へ〉のボタンを連打していたら、何故かは知らないけどここになっていた――というのは、言わないでおこう。
†
「さてー。そろそろ、行きますかー」
「ん……、ああ」
アドリックさんは、……なにやら、手元の何もない空間を指先で叩く仕草をすると――何故か、突然……アドリックさんの目の前にポンと地図が現れて……そして、それを広げて眺め始めた。
えっ…………。
ちょ、ちょ……。
それ、どうやったの……っ?!
私がそれを聞くタイミングを伺っていると――……アドリックさんは、ふむ、と小さく頷いて、その地図を折りたたんだ――かと思うと、しゅぽんと――なんだかそれをくずかごへと放り込むような仕草で、何もない空間へと仕舞ってしまった。
え、……ええー……??
「……じゃ、テキトーに最寄りの門から出て、そこで軽く狩ってみますかー」
そう言うと、くるりと踵を返して歩き始めたアドリックさんを追いかけていく。
あー……、もう……。
聞きそびれた……くそー。
†
それから、アドリックさんは――特に迷う素振りもなく街を抜けると……私達はそれからすぐに街の城門らしい場所へと辿り着いた。
目の前には……どーん、とそびえる街の城壁。
かなり分厚く、立派に見えるその石積みの壁を貫くように――巨大なアーチ状のゲートが、内側と外側に一つずつ開かれている。傍らには迫力のある防衛用の塔がそびえていて、厩舎や兵の詰め所のような建物も見えている。
そして、城門の内側にも、外側にも……かなりの人数の、プレイヤーの集団らしき人集り。
この城門をパーティの待ち合わせ場所にしている人達が多いみたいで……作戦会議をしていたり、どのエリアへ向かうかを話し合っていたり……と、広場に集まっていたプレイヤーの集団とはちょっと違った、ピリピリとした緊張感が漂っている。
……そして、そんなプレイヤーの集団のせいで、通りには荷馬車が詰まって渋滞が起きてしまっていて……、NPCらしきおじさんが怒鳴り声を上げている。
……だめだ。
私、二度とここに来れる気がしないんだけど……。
もう、何処を歩いてきたのかすらも全くわかってないし……。
「いやー、どこも人だらけっすねー。……ま、サービス初日じゃこんなもんか」
アドリックさんはそう言うと……すたすた、と――プレイヤーの集団を縫うようにして、門を抜けて行く。
……あっ。
ちょ……、ちょっと待って……。
今、アドリックさんを見失うと、まずい……。迷子になりかねない……っ。
思わず、その衣服の裾を掴もうとしてから思い止まって……アドリックさんの銀髪を目印にしながら、付かず離れずの距離を保ってその後を追いかけていく。
はじめまして。ここまで読んでくださってありがとうございます、いすと申します。
ここまでは24年の秋頃に執筆していた箇所を、後日書き直しと追記をした部分となります。楽しんでいただけたら何よりです。ここから先は少し読み辛い部分もあるかも知れませんが、ご了承いただけると幸いです。