レイジー・サマー・シューティングスター(12)
私は、ユリさんへと挨拶を返すと、不揃いな石畳の表面に注意を払いつつも慣れない手付きでメッセージを返信していく。
『はい、元気です! ごめんなさい、テスト勉強などで忙しくて』
『そっかー。そう言えば、そんな時期だったね。……懐かしいなー、学生時代』
『あはは。』
そう言えば――ユリさんって、いくつくらいなんだろう?
大学生、と言われたら信じてしまいそうな雰囲気ではあるのだけど。
詰め込まれた家々の間を流れるような小さな用水路を、アーチ状に盛り上がった橋を渡って越えながらに……ふらふら、と足元の覚束ない私を見てニアが言う。
「カナカナ。メッセージを打ちながら歩いていると危ないっすよ」
橋には手すりがなく……もし足を踏み外せば、そのまま藻のような深い色をした水の中へとボチャン――である。
……とはいえ、それは飽くまで落ちればの話だけれど。
「あ……うん。ちょっとだけ、だから」
ポン――と続けて、通知音が響く。
『今、〈枯れた渓谷〉っていうダンジョンに挑戦しようと頑張ってたんだけど……全滅しちゃったー』
…………あれ。それって、ちょうど私達が行こうとしているダンジョン、だよね?
『私とエナちゃんで一緒だったんだけどね? 途中の洞窟で迷っちゃって……渓谷にすらたどり着けなかったよー』
エナちゃんというのはユリさんのお友達で、ちゃんとしたキャラクターネームは〈シエナ〉さん。
どことなく、ゆったりとした雰囲気のユリさんとは対象的に、きびきびとしたしっかりした人で、ユリさんとはピッタリのコンビ、と言った感じ。
ちなみにその職業は近接戦闘職である〈ウォリアー〉。
ちなみに、ユリさんとシエナさんはリアルでもお友達同士で、ある日ランチをしている際に偶然同じゲームをしていることに気付いて意気投合、友達になったんだって。
二人は、とある大きな駅を挟んで、ユリさんはこちら側のビル。シエナさんは向こう側のビルで働いているのだそうで、お互いの職場までは徒歩で10分とちょっとの距離なのだとか。それで、平日は一緒にランチをしたり休日には二人で遊んだり――と、いつも仲良くしているみたい。
『全滅……?! 大丈夫なんですか?』
『うん。私もエナちゃんも、アイテムは落とさなかったから。後は、お墓参りをして経験値を回収すれば良いんだけどね?』
このゲーム〈イルファリア・リバース〉でプレイヤーが倒されてしまうと、所持金の全額と、それから所持品・装備品のアイテムをランダムでいくつか落としてしまう他、倒された場所へとお墓が残る。
お墓には私達の魂の欠片(つまり、失った経験値だね)が残されていて、触れることでその何割か、それから落とした所持金・アイテムを回収することが出来る(ただし、落とした所持金・アイテムがNPCやあるいは他のプレイヤーに持っていかれてなければ、だけれど)。
その経験値などを回収する行為を、私達プレイヤーは通称で『お墓参り』と呼んでいる。
『ただ、洞窟に、クラッグボアー?? っていう……イノシシみたいな敵が出るんだけど、それが異様に強くてさ?』
…………そんなメッセージが表示されると、ほぼ同時。
「わっぷ――……?!」
突然に――湿った、ざらざらとした何かに顔を撫でられ、声を上げる私。
一体何事かと顔を上げると――見れば、ロープが左右の建物の間に渡されていて、そこには衣服などの洗濯物がずらり。そしてそれらと一緒に、細長いラグ(廊下か、玄関用のカーペット?)のようなものが、頭上からべろりとぶら下がっていた。
……なーんだ、びっくりした。
メッセージの画面に視線を戻すと、打ちかけていた返信内容を付け足していく。
ええと。……実、は今、から。私達、も……その、ダンジョン、に、……行こうか、って、話して、いたんです……――っと。
…………あっ。
『離して異端です。』になっちゃった。
もーっ。
私がぽちぽちと間違えた部分の文字を削除していると……――
「――…………う、うわあああああっっ!!!!!」
突如。――背後から、まるでなにかに襲われた時のような必死の叫び声が響いた。
何事かと振り返ると――ユウくんが私を見つめながらに、はあっ、はあっ! ――と大げさに息を荒げて、胸を抑えている。
…………え、何?
……私?
ぱちくりと瞬きをして、きょろきょろと辺りを見渡し特には何事も起きていないことを確認すると、首を傾げてユウくんを見つめ返す。
「どしたんです? いきなり――」
同じく足を止めたニアが声を上げた。――かと思うと、
「…………って――おーい。 カナカナー、頭、頭っ」
見えちゃってるぞ♪ ――言いながらに、ちょいちょいと上を指差す。
えっ?
……何が?
顔を上げて、古びた石造りの建物の隙間から覗く青い空をぼうっと眺めると、爽やかな風が吹き抜けて――汗ばんだ首筋から熱を奪っていく。
ふとその事に違和感を覚えて……さっと頭を撫でると、触れたのは私の頭髪だった。
――同時。
ニアの言っている意味に今更ながらに気付いて――そして、すぐさまに、肩へとかかっていたフードの両端を掴んで、それを被り直した――のだけど。
……ユウくんはそんな私を、あたかも鬼を見るかのような表情で睨んでいる。
――不味い。……今度こそ――絶対に、見られた……!!
ぎゅうと、フードの両側を握りしめ、思い切りに引っ張って顔を隠す。……けれど、どれだけ強く握ったところで時間が巻き戻せるわけではない。
一歩、二歩……。私達から距離を取ったユウくんがごくりと音を上げて息を呑むと、杖を取り出し、私達へと構えて臨戦態勢を取ってから言った。
「――…………騙したんですね。……そうか。嘘だったんだ――最初から、何もかも。……全部……」
絞り出したように声を上げる。その表情は必死で、冗談を言っているようには見えない。
私は……どう返事を返せばいいか分からず、ただその場に立ち尽くし、黙りこくる。
「いや、騙したって」
小さく吹き出したニアが笑って言うと、ユウくんは尚もじりじりと後退りながらも言葉を続ける。
「……聞いたことがあります。トレイアには二人組の、特別に悪名高いPKが居る、って」
「は?」
「女の子の見た目で、一人の武器は斧、一人は短剣――。聞いていた通りです。――……なんで、疑ってかからなかったんだろう」
自分自身に言い聞かせるように呟くと、それからきっと私達を睨んで。まるで何かの映画のクライマックスのような――どこか大げさな表情を浮かべて、大きな声を上げる。
「…………あなた達だったんですねっ!!!」
きちんと説明しないと――そう思って、とにかく口を開く。
「……ユウくん、あの――話を聞いて。……それは、勘違いで――あのね、これには。ちゃんと理由があって」
けれど、混乱とショックで上手く言葉がまとまらない。……ユウくんはそんな私を冷たく一瞥すると、ニアへと視線を移して言った。
「ジニアさん。名前を晒してください」
「はあ」
興味もなさそうに応えると、躊躇をすることもなくフードを下ろすニア。
その内側からニアの顔立ちと、つんと尖ったエルフ族の耳が現れ、銀髪がふわりと広がって風に揺れる。
〈ジニア・ソーンブレード〉――その頭上に現れたネームプレートは、ルビーのような、そして薔薇のような――見間違いようのないほどの深く赤い色を湛えている。
「満足しました?」
にっこりと微笑むとニアが言う。
ユウくんは、ふん――と鼻を鳴らして、それからぎゅうと杖を握りしめると。
「――……あなた達は以前から散々に騙し討ちや初心者狩り――街の近隣で卑劣なPK行為を繰り返していたそうですね」
「……だ・か・ら・あ。 少しは話を聞けってんですよっ! ……こっちには、こっちの事情が――」
言いながらに歩み寄ろうとするニアへと、杖を突き出したユウくんが大きな声を上げる。
「近寄らないでください!!! ……今からこの場で衛兵を呼ばせてもらいます。 立ち止まって、両手を上げてください――従わないようであれば、魔法を使って拘束します」




