レイジー・サマー・シューティングスター(11)
「……もう、馬鹿にしないでください。ぽろっと落ちるような品ではないことくらい、僕でも知ってますよ。この杖――〈ロッド・オブ・ナイトフォール〉は、トレイア周辺エリアでも特別に難度の高い大型レイドボスの目玉とも言えるようなドロップ品だったはずです」
レイドというのは急襲や襲撃というような意味を持つ英単語なのだけれど、このゲームにおいては少なくとも20人程度から、果てには50人・100人と言った大人数で非常に高難度な敵やエリアを攻略する行為を指す。
そういった強大な敵を相手に、場合によっては半壊や全滅を繰り返し、何度も何度もチャレンジを繰り返すことになる。
そのため当然、その報酬はいわゆる雑魚敵のドロップ品とは比べ物にならないほどの飛び抜けた性能で有ることが多く、そしてその報酬を受け取れるのはロット(くじ引き)に勝った参加者のうちの数名のみ。
……だとするなら、さらりとニアが取り出したこの杖は、そこまで簡単に手に入れられるような一品ではない、筈なのだけど。
ニアはなんだか、まるでそんな話は初めて聞いたとばかりに、へー。――と感嘆の声を上げると、それからくくく、となんだか意味深な笑いを漏らした後で、
「――……で、どうします?」
ユウくんへと向き直って呟く。
「……え? なにがですか?」
「使います? 気に入ったのなら持ってっちゃっていいっすよ♪」
「――……ええっ?! あの……ジニアさん。価値、わかってますか? マーケットでも[金貨70枚]はくだらない値段がつけられている一品ですよ、これ……」
わたわたと手を動かして、ユウくんが声を上げる。
ちなみに、金貨70枚は銀貨で7000枚。
私達レベル10代のプレイヤーが現実時間で2~3時間頑張って手に入る額が大体10~30銀貨くらいなので、金貨が70枚というのは明らかに個人で払える額ではない。
もし、そんなに高価なアイテムを取引できるプレイヤーが居るのだとしたら――きっと、どこかの大型クランのリーダーさんか、あるいは幹部メンバーなどの人達がクランのお金で武器を購入し、選り抜かれた精鋭プレイヤーへと貸与している、のかも。
このゲーム〈イルファリア・リバース〉(及びその前作のイルファリア・クロニクル)では、プレイヤースキルの飛び抜けたプレイヤーは、数人から数十人分の戦力になることも多く、
そしてそんなプレイヤーが一級品の装備を手に入れれば、それこそ鬼に金棒――一騎当千とまでは言わずとも、相当なクランの戦力の補強になるのだ。
杖の価格を聞いたニアは少し考えるようにして、それから私を見ると、
「んー。…………と一応、これはあたしとカナカナの二人で手に入れたものなので――カナカナ、これ、あげちゃってもいいです?」
「? うん、良いよ」
突然に話を振られた私もまた首を傾げながら答える。
……というか、そんな装備いつ落ちたの? 全く記憶にないんだけど。
「……あはは。なんだか、夢みたいです」
言って、自分の頬をつねっているユウくん。
「――その、それでは飽くまでお借りしておくということで受け取らせてください。ジニアさん、カナトさん。本当に、ありがとうございます……!!」
「いえいえ♪」
ずっしりと重そうな――高級アイテムの風格を漂わせたその杖を受取るユウくんの姿を、通りを行くプレイヤーの何人かが興味深げに眺めている。
……なんだか知らないけど、新しい杖が見つかって良かった。守ってもらって何もお返しもできないんじゃ、心苦しいしね。
「うわー……っ。これ、今まで使ってた杖の二倍か、三倍は重いですっ……!」
少し練習が必要かも――言いながらにその黒く重そうな杖を掲げたユウくんの姿を見ていて、ふと妙な既視感が脳裏によぎった。
…………あれっ?
この杖、なんだか……どこかで見たことがある気がする。
……どこかで、……どこかで誰かが、同じものを持っていたような。
……んー……。
ちょっと前。何日か前だったような……。
なんだか、何かを思い出せそうで――
「……それじゃ、今度こそ狩りにでも行きますか♪」
「――――あっ!!!」
ニアの声に被せるように突然に大きな声を上げたのは――他ならぬ私である。
「びっくりしたー。なんです? いきなり」
びくりと肩を震わせた二人の視線が私に集まる。
「……あのね…………? ごめん。私、ポーションと、手斧がない……」
なんだか色々とあって、完全に忘れてたーっっ……。
「えーっ……。今更言いますう? それ」
「……ごめんっ」
横目で私をじいっと私を睨むニアに、手を合わせて謝る私。
「……ま、近くで買えるんじゃないです?」
「はいっ。ちょっと位遅れても、まだまだ時間はありますよ」
ほくほくとした笑顔を浮かべてフォローを入れてくれるユウくん。それから、しょうがないなー、と言いたげな表情を浮かべたニアが地図を開くと、その地図を覗き込む私達。
「…………ふむぅ。えっと、ここを突っ切った反対側の通りに鍛冶屋があるみたいですね。……鍛冶屋でも売ってますよね? 手斧って」
言いながら、大通りの脇――私達の立っている場所から程近くの、薄暗い脇道を指差すニア。
「うん……多分」
「じゃ、ポーションはあたしのを分けますから。とりまで手斧だけ補充していきましょ♪」
「……ごめんね。ありがとう」
――と、そんなわけで。
私達は大通りを折れ、地図を広げたニアを先頭にほど狭い横道の中に入っていく。
……ちなみに……本当のことを言うと、一度広場の方に戻って銀行にお金を預けたり、アイテム整理をしたいんだけど。
……うう、さすがに今更言い出せる空気じゃない……。
――というのも、私の懐には数百枚に及ぶ大量の銀貨と、それから数枚の金貨が入ったまま。
それから、何日か分のモンスターのドロップ品などが完全に放置されたまま〈所持品〉の中へ収められていて、その中にはカニの肉もあったりするので……。
…………ああっ、あんまり想像はしたくないかも。
このゲームにはアイテムの重量もあるし、万が一倒されてしまえば所持金の全額をその場に落としてしまうから、色々と不安もあるのだけど――とはいえ、今日はニアも居るし、ユウくんも居る。
きっと、大丈夫……だよね?
✤
荷車一台がやっと通れるくらいの路地。左右には石造りの民家の壁が並んでいて、道は緩やかなカーヴを描きながら奥へと続いている。
路地には、大通りの近く辺りにはちょっとおしゃれな雰囲気のお店の看板がかかっていたりしたのだけど。少し奥へと進んでいくと、辺りはしんと静まり返り、そして無骨な古びた家がただただ建ち並ぶようになった。
道は場所によっては薄暗く、不揃いなぼこぼことした石畳は気をつけないと足を引っ掛けてしまいそう。陰った場所には雨水が溜まっていたりもする。
その上時折に、左右へと折れる狭く複雑な脇道があったりとして――私一人だったらひたすらに迷ってしまいそうな、迷路のような空間。
トレイアでは、大通りを少し外れると、こういった隠し通路のような道が網目のように張り巡らされている。
私達はそんな、どこか吸い込まれてしまいそうな不気味さを潜ませたトレイアの裏通りを、先頭にニア、その後ろに私、そのまた後ろにユウくんと連なって、奥へ奥へと歩いていく。
……と、その時。ポン――という、メッセージ通知の音が鳴り響いた。
びくっ、と肩を震わせたのは私だけで、他の二人には聞こえていないみたい。
見れば、メッセージの送り元は〈ユリ〉さん。少しドキドキとしながらもその中身を開くと――
『カナちゃん、久しぶりだね。元気だった?』
……その本文を見てなんだか、胸のつかえが下りたみたいな、ほっとした安堵の気持ちが湧き上がった。
ユリさんは私と同じ種族〈ノルン〉のプレイヤーで、以前から時々に私を誘ってくれたり、遊んでくれたりをしている、社会人のお姉さんだ。
職業は〈シアー〉。回復や強化魔法が使えて、その上でふんわりとした雰囲気の優しい人だから、私もユリさんと一緒に遊ぶのはとても楽しい、のだけれど……この頃は都合が合わなくて、しばらくの間はお話も挨拶もしていなかったのだ。
怖いメールを見たり、怖い人達に襲われたり、沢山のプレイヤーに追いかけられたり。そんなことばかりだったから、もしかしたらユリさんにも嫌われていたらどうしよう――なんて、心の何処かで不安になっていたんだけど……単純に、私の考えすぎだったみたい。
私一人で勝手に不安になってて、なんだか馬鹿みたいだね。
勇気を出してさっさと声をかけてればよかった。




