レイジー・サマー・シューティングスター(10)
「――……よしっ♪ じゃあ、ここから――こう。このルートで行きましょう。距離的に馬なんかを借りる必要もないかと――さあさ、行きますよー?」
おー。と小さく腕を上げる私と、遅れて同じく腕を上げるユウくん。
……そんなわけで、私達はユウくん、ニア、それから私の3人パーティを結成。
ニアの先導で、ダンジョン〈枯れた渓谷〉を目指し移動を始めたのだった。
✤
中央広場を出て、トレイア西北の門へと向け大通りを歩いていく私達。
「――そうそう。ちなみに折れてしまった杖なんですけど。アイテム自体は『壊れた杖』――みたいな感じで残ってますよね? 単純に武器の修理はもう試してみました?」
「はい。でも、殆ど元の値段みたいな金額を提示されてしまって」
「なるほど。であれば、〈メッセージボード〉なりでプレイヤーの職人に依頼をしてみると良いかも? ――……杖だと、木工スキル?」
「そっか……。そんな手が」
感嘆の声を上げるユウくん。ニアはそれからくるりとユウくんを振り返ると、からかうような笑みを浮かべて言う。
「――で、どうしてさっきのおたまは装備してないんです?」
「…………しませんよっ。街の中では外しています――笑われたくないですから」
頬を膨らませてユウくんが言うと、ニアが笑った。
「誰も見てないっすよー、そんなの。――……それにしたって、武器として使えるおたまなんてどこで売ってたんです?」
棒ならなんでも良いんですかね? ――呟いて、なんだか突然に――はたとその場に立ち止まった。
「どうしたの?」
私達も立ち止まると、ニアを振り返る。
ニアは……なんだか、んー? となにかを考えるようにして顔を傾げて――それから、ぽんと手を叩くと。
「……ちょっと待っててくださいねっ♪」
すぐ戻るっす――と言い捨てて、どこかへ駆けて行ってしまった。
……なに?
顔を見合わせる私達。
忘れ物か何か、かな?
二人取り残され、静けさが戻る。
「――杖が壊れちゃったのって私のせいだよね。……ごめん」
ぼそりと呟く私。
すっかり忘れていたのだけど……私達が巨大ボス〈シャドウ・エクスペリメント〉との死闘を繰り広げていた際、私へと敵の必殺の攻撃が迫ったその時――私を庇うようにその攻撃の矢面に立ったユウくんの杖が、真ん中から叩き割れていたのを、ふと思い出した。
つまり、ユウくんの杖が壊れてしまったのは私のせいでもあるのだ。
「い、いえ! さっきも言いましたけど――僕一人では確実にあのクエストを失敗していました。あの黒いモンスターは……もし僕たちが倒せなければ、地上へ這い出してきて被害が出たかもしれません。たしかに報酬は少し……がっかりもしましたけど――」
「それでもだよ。杖の補修の代金は、私が払うね。……それに、あの時は守ってくれてありがとう」
「いえ……受け取れませんっ。――クエストが進んだのはカナトさんのおかげなんです。僕たちが行動したからこそ多数の被害を未然に防ぐことが出来た――はずなんです。……カナトさんが居なければ僕はあの場で倒され、ラドガーさんとヴァルター君は――最悪、あのモンスターに殺され、亡くなっていたんじゃないか、と思います」
どこか自分へと言い聞かせるようにしてユウくんが呟くと――再びに、しんとした静けさが私達を包む。
賑やかな通りの雰囲気とは打って変わって、どことなくユウくんは意気消沈していて、元気がないように思える。
……やっぱり、クエストでなにかあったのかな?
話を聞いてみようか迷ったのだけど……どことなくユウくんの様子を眺めて――私は結局、今は話題を変えることにした。
「……そうそう。ユウくんも前作の〈イルファリア・クロニクル〉はプレイしてたの?」
「――あ、いえ。イルクロは――僕は、見ているだけでした。……父が厳しい人なんです。学生が下らない遊びにうつつを抜かすな――って」
言って、あはは、と笑う。
「しばらくはずっとその調子だったんですけど。……それでも何度かお願いをして、中学への入学の後なら、と、なんとか許可をもらったんです。肝心のイルクロは僕が中学へ入学する頃にはサービスが終わってしまっていましたけど、その時には既に『イルファリア・リバース』のリリースが発表されていたので……ずっと、すごく楽しみにしていたんです」
「そうだったんだね。あの日の翌日は大丈夫だった? 怒られたりはしてない?」
「はい、なんとか――VRのゲームって、プレイしているか寝ているかってバレにくいですからね。……けれど、翌日は本当に眠くて……危なかったです」
「……私は――実は、授業中にちょっと寝ちゃったんだよね。怒られなかったけど、多分、先生にはバレてたと思う」
言って、くすくすと笑い合う私達。
「……そうだ、カナトさんは――」
ユウくんが何かを言いかけたその時――、ニアがぱたぱたと足音を立てて戻ってきた。
「……どうもー。お待たせっすー♪」
「おかえり。何かあったの?」
「はい。えっと――ユウくん、この杖使います?」
言いながら、手元の操作パネルをとんとん――と叩くニア。
そして腰に下げた革製のポーチを開くと、そこからにゅるん――と、なにやら大きな杖が現れる。
取り出したそれはニアやユウくんの背丈よりも大きく、ずっしりとした金属製のいかにも重そうな見た目。杖には細かい装飾が散りばめられていて――高級感と一緒に威圧感も感じるような、なんとも大仰な杖だ。
……あれ? なんで、ローグのニアが魔法職用の杖を持っているんだろう?
疑問に思いながらもユウくんと二人、ニアの取り出した杖を眺める――。
〈ロッド・オブ・ナイトフォール〉
攻撃力:12 攻撃速度:とても遅い 全耐性+5
知力+30 精神+20 HP+90 MP+160
*使用者のクラスがメイジあるいはソーサラーの場合、魔力の消費を稀に半減させる。
*夜間に限り、魔法の威力をわずかに上昇させる。
推奨レベル:18 耐久:176/200
『隕石を用いて作られたと言われる古の杖。星々の魔力の残滓を宿しており、使用者の魔力を大きく引き上げるという。』
…………なに、このあからさまに強そうな装備。
魔法職用の両手杖なのに、私の使ってる斧と同じ攻撃性能なんだけど……。
ユウくんは、すごい――と呟いて、それから大きな感嘆のため息を2度3度(あたかも素敵なお店で好みの洋服を見つけた女の子のようにして)吐くと、目をきらきらと輝かせて言った。
「――……これ、〈ペルトリ神殿跡〉の激レアドロップの杖、ですよね。――どうして、こんなものをジニアさんが?」
「えっ? ……、んー。ぽろっと出たんすよね」
杖にはさほどの興味も持っていないといった様子でさらりと答えるニア。
〈ペルトリ神殿跡〉……初めて聞くエリア名だけれど、そんなダンジョン行ったっけ?




